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減税・経済再開のトランプ氏vs賃上げ・環境のバイデン氏

=米大統領選候補の経済政策を比較=

2020年10月20日

内外政治経済

研究員
芳賀 裕理

 2020年11月3日の米大統領選まで残り2週間。全米の世論調査では、民主党のバイデン前副大統領の支持率が再選を目指す共和党のトランプ大統領を上回っているが、4年前を思い出すとまだまだどうなるかは不確実で、決戦 の行方は予断を許さぬ状況が続く。

 今回の選挙戦の最大争点は、全米で死者が21万人を超えた新型コロナウイルス対策であり、両氏が激しい論戦を展開中。しかもマスク着用を嫌っていたトランプ氏自身が感染したため、事態は一層混沌としてきた。

写真新型ウイルスに感染、軍医療センター入院中のトランプ氏
(写真)トランプ氏のツイッター(@realDonaldTrump)

 その一方で、経済についても両氏の政策には隔たりが大きい。どちらが勝利を収めるかによって、米国はもちろん日本や世界全体が受ける影響が変わってきそうだ。そこで本稿では、両氏の掲げる経済政策の違いを分析する。

 なお、両氏が主張する政策が法制化されるためには、連邦議会上下両院での可決が必要。このため、大統領選と同時実施の連邦議会選にも注目したい。上院(定数100、現有議席=共和53、民主45、無所属2)では33議席が改選期を迎え、与党共和党が過半数を維持できるかがポイントになる。仮に民主党が逆転すれば、トランプ氏が再選しても議会対策は相当難しくなるだろう。一方、全議席改選の下院(定数435、現有議席=共和199、民主235、欠員1)では、民主党優位は揺るがないと予想される。

経済政策(全般)図表

(出所)各種報道を基に筆者


写真第1回テレビ討論会
(写真)トランプ氏のツイッター(@realDonaldTrump)

1.コロナ対策・財政政策

コロナ対策・財政政策図表

(出所)各種報道を基に筆者

1-1.トランプ氏のコロナ対策・財政政策

 米国が新型ウイルスの感染者・死者で世界最多を記録する中、雇用情勢も急激に悪化。4月の失業率は14.7%まで上昇し、過去最悪となった。再選を目指すトランプ氏は雇用悪化が命取りになる判断し、経済の早期再開を目指した。

 このため、トランプ氏は家計への現金給付や中小企業への資金支援など、3兆ドル規模の経済対策を打ち出した。米政府の年間歳出の6割に相当する大盤振る舞いであり、追加経済対策にも社会保障の財源として労使が負担する「給与税(社会保障税)」の減税などを盛り込んだ。

 これに対し、米議会予算局(CBO)は2020年度の政府債務が過去最悪の26兆ドルまで拡大すると警告を発した。対国内総生産(GDP)比では126%になり、第2次大戦直後の最悪期(1946年=119%)を上回る異常事態に陥るからだ。

 雇用政策には、トランプ氏のスローガン「America First」が露骨に反映している。外国籍IT技術者などの専門職について、米国で就労するために必要なビザなどの発給を2020年末まで停止。それにより、米国民52万5000人分の雇用が確保されると訴える。

 このほか、トランプ氏は①10カ月以内に1000万人の雇用を創出する②100万社の中小企業を生み出す③中国から100万人の雇用を取り戻す―などを公約に掲げ、国内産業の振興により、過去最悪となった雇用情勢の早期回復を目指す。

 また、トランプ氏はオバマ前政権のレガシー(政治的遺産)である医療保険制度改革(オバマケア)の廃止を目指す。共和党保守派は、オバマケアは医療関連歳出の拡大をもたらし、保険に加入するか否かの自由を個人から奪うと主張する。それを全面的に受け入れる形で、トランプ氏は前回2016年大統領選から撤廃を訴えてきた。

 既にトランプ氏はオバマケアの一部を改定し、加入義務を事実上撤廃。2020年6月には、オバマケア無効化を連邦最高裁に要請した。ただし、コロナ禍の終息に目途が立たない中、医療費確保に苦悩する低所得層を中心にトランプ批判は一段と強まっている。

1-2.バイデン氏のコロナ対策・財政政策

 バイデン氏のコロナ対策はトランプ氏と対照的だ。まず、早期の経済再開には慎重な姿勢をとり、各州に対して制限措置の即時解除を求めたトランプ氏との差別化を図る。「だれもが検査、予防、治療を無料で受けられる態勢の整備」などを柱とした提言も発表した。

 また、バイデン氏はトランプ氏が専門家の科学的な助言を軽視し、感染拡大を招いたと痛烈に批判する。政権奪還後には、トランプ氏による世界保健機関(WHO)脱退の決定を撤回する考えを示している。

 雇用政策では、トランプ氏と同じく国内産業の強化を掲げる。政府による米国製品購入を拡大するとともに、老朽化したインフラの改修で中間所得層に新たな雇用を生み出す。こうした施策に4000億ドル、さらに電池や人工知能(AI)、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーなどの最先端技術分野の研究開発に3000億ドルを投じ、500万人の雇用を創出するという。

 また、連邦最低賃金を現在の7.25ドルから15ドルまで引き上げ、支持基盤の労働組合に配慮する姿勢を鮮明にした。追加経済対策でも、州が行う失業給付に対し、連邦政府による支援拡大を表明。トランプ政権下で拡大した格差の是正に取り組む姿勢をアピールする。

 また、バイデン氏は副大統領としてオバマ前大統領に仕え、その後継者を自認する立場から、オバマケアの拡充を公約。新型ウイルスの影響で失業し、民間保険に加入できない人が増える中、①高齢者医療保険制度(メディケア)の対象年齢を65歳から60歳に引き下げ②個人向け医療保険への補助金拡大③薬価も引き下げ―などを提唱した。

写真マスク着用で演説中のバイデン氏
(写真)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)

2.税制改革

税制改革図表

(出所)各種報道を基に筆者

2-1. トランプ氏の税制改革

 1期目のトランプ氏は「トランプ減税」と呼ばれる大型減税を断行し、経済の活性化に成功した。グローバル競争が加速する中、法人税率を最高35%から21%まで大幅に引き下げ、再選後も維持する方針だ。トランプ氏は個人所得税の最高税率も39.6%から37%に引き下げている。

 しかし、こうした減税措置は企業・富裕層への優遇だという批判が強い。しかも、トランプ氏自身に所得税逃れの疑惑が浮上するなど、税は今回の大統領選で大きな争点になった。一方、トランプ氏は再選後に給与税を撤廃し、相続税の免除措置も延長する方針を表明。コロナ禍で政府債務が拡大しても、減税路線を改める考えはないようだ。

 また、トランプ氏はキャピタルゲイン(株式売買などによる所得)の最高税率23.8%の引き下げを目指す。このため、株式市場には総じてトランプ氏再選を期待する声が多い。

2-2.バイデン氏の税制改革

 これに対し、バイデン氏は企業・富裕層への増税の必要性を訴える。具体的には、法人税率を現在の最高21%から28%まで引き上げるほか、節税を防ぐ企業向け「代替ミニマム課税(AMT)」を復活させる方針。1億ドル以上の利益を上げる企業を対象にするという。

 また、バイデン氏は工場を海外移転した企業への課税を強化する一方で、国内で雇用創出や投資に貢献すれば税を優遇するとしている。米企業の国内回帰を促す税制改革であり、今回も激戦が続く「ラストベルト」(=さび付いた工業地帯)諸州での労働者層票の取り込みを狙う。

 前述したバイデン氏の掲げるオバマケア拡充には、向こう10年間で7500億ドルが必要になる見通しだ。このため、トランプ氏の減税路線を中止し、逆に富裕層への増税で財源を賄うとしている。

 さらに、キャピタルゲインでも撤廃を目指すトランプ氏とは対照的に、バイデン氏は最高税率を23.8%から39.6%に引き上げる。民主党のカーター政権当時の1977年以来の水準になり、株式市場では警戒感が強まり始めた。

 給与税については現在、13万7700ドルを超える所得は免除されている。バイデン氏はこの上限を維持しつつも、40万ドルを超える分には追加の給与税を課す。給与税の撤廃を目指すトランプ氏とは対照的だ。

 相続税に関しても、トランプ氏は免除措置の延長を公約する。一方、バイデン氏は延長期限が切れる2025年に相続税を復活させる方針。児童税額控除(CTC)では、バイデン氏は現行の子ども1人あたり2000ドルを8000ドルに増やし、2000ドルを維持するトランプ氏と一線を画す。

 所得格差解消の観点から、バイデン氏は個人所得税の最高税率も引き上げるべきだと主張。その増税分で社会保障などの財源を充実させるほか、社会問題化した学生ローンの借入額を課税所得から除外する。

 さらに、バイデン氏は人種間の格差問題にも取り組む。賃金格差をめぐる提訴を容易にする法律を制定するほか、融資や住宅購入機会を公平にする保護制度の導入、人種差別的なゾーニングを削減した自治体に対する3億ドルの資金提供などを表明した。

3.金融政策

 金融政策については、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が事実上のゼロ金利政策を少なくとも2023年末まで維持するとの見通しを示す。トランプ、バイデン両氏ともに異論はなく、FRBの政策スタンスを支持する姿勢だ。

4.通商政策

通商政策図表

(出所)各種報道を基に筆者

4-1.トランプ 氏の通商政策

 2017年の大統領就任演説において、トランプ氏は通商政策について「We will follow two simple rules: buy American and hire American」(シンプルな2つのルールを守る。つまり米国製品の購入と米国人の雇用だ)と強調した。今回の大統領選にもこの方針で臨んでいる。

 中でもトランプ氏は対中政策を最も重視し、中国を「大国間競争」の競合国と位置づける。政治・経済・軍事のあらゆる分野で米国の優位確保を掲げ、習近平政権と激しく対立する。

写真2017年11月、大統領就任後初めて訪中したトランプ氏
(写真)トランプ氏のツイッター(@realDonaldTrump)

 トランプ氏は「米国第一主義」を大義名分に、保護主義的な貿易政策を推進。中国からの輸入品に対し、容赦なく制裁関税を課してきた。また、中国がサイバー攻撃やスパイ活動によって米国の技術を盗み、中国に進出した米企業に技術移転を強要しているとも主張する。

 さらにトランプ氏は、次世代通信規格5Gをめぐり中国に主導権を握られる事態を危惧する。このため、中国の通信機器大手ファーウェイなどを米欧から排除する方針を示し、対中交渉で揺さぶりを掛ける。仮に再選を果たした後も、交渉をディール(取引)にすり替える、お得意の手法を多用するだろう。今回の選挙戦では、前述した通り中国から100万人の雇用を取り戻し、取り戻した米企業には税控除で報いると公約した。

 こうした中、安倍前政権はトランプ氏と良好な関係を維持してきた。米政治学者で有力コンサルティング会社ユーラシアグループ社長のイアン・ブレマー氏は「トランプ氏が同盟国を非難しても、日本は安倍・トランプ関係のおかげで回避できた」と指摘する(米誌タイム)。トランプ氏が2期目に突入した場合、菅義偉首相が安倍晋三前首相のような信頼関係を築けるか否かが、日米関係のカギを握りそうだ。

4-2.バイデン氏の通商政策

 バイデン氏は2020年8月、民主党全国大会の指名受諾演説で、「I will be a president who will stand with our allies and friends(同盟国・友好国とともに立つ)」と述べ、米国第一主義のトランプ氏との違いを鮮明にした。党大会が採択した政策綱領には、「同盟関係は米国の安全保障にとって代わるもののない基礎だ」と明記され、日米安保を含む同盟関係を重視する姿勢だ。

 対中政策については、バイデン氏も厳しい姿勢をとる。中国政府による不公正な貿易や知的財産侵害などから、米国の労働者を守るとアピールしている。例えば、中国政府・企業の為替操作やダンピング(不当廉売)などに対し、断固とした措置を講じるとしている。同盟国と協力しながら習政権にルール順守を迫り、従わない場合には責任を負わせるという。ただし、他国に高率の関税を課すトランプ氏の手法には批判的な立場をとり、違いが見られる。

 中国の不公正貿易を念頭に、バイデン氏は人工知能(AI)や再生可能エネルギーなど最先端技術の研究開発に3000億ドルを投じると公約。「2-2.バイデン氏の税制改革」で紹介したように、海外へ工場移転した米企業の国内回帰を促す税制改革を目指し、医療や電子機器、食品などの分野で中国への過度な依存を改める。

 また、中国の人権問題についても厳しく追及する構えだ。香港の自治侵害問題では市民の民主的な権利を支持し、自治を脅かす中国政府当局者に制裁を科す方針。また、多数のウイグル族が不当に拘束されているとして、問題解決に向けて国際社会の結束を図ると訴えている。

 その一方で、バイデン氏はトランプ氏の関税を取引材料にしたディールを批判。さらに、気候変動や核拡散の問題では中国と協力する道を探る姿勢を示す。対日政策については不透明な部分が多いが、アジア太平洋地域において日本や韓国、オーストラリアとの同盟関係をさらに深めていくとしている。

 ただし、クリントン政権(1993~2001年)に代表されるように、労働組合からの支持を背負う民主党は、対日通商政策では伝統的に強硬姿勢が目立つ。このため、日本政府の一部には「トランプ政権より手強くなる」(政府関係者)との警戒感も生じている。

 日本が主導的な役割を果たし、発効した環太平洋経済連携協定(TPP)について、トランプ氏は2017年に「永久に離脱する」と表明した。バイデン氏が副大統領を務めたオバマ前政権はTPPを推進したが、同氏は態度を明確にしていない。

 これに関しては、バイデン氏が全米最大の労働組合である米労働総同盟産別会議(AFL-CIO、組合員数約1250万人)から厚い支持を受けたためと見る向きが多い。一般的に労組は雇用を脅かされる自由貿易に反対のため、当選後のバイデン氏がTPP加盟を検討する場合、火種となる可能性もある。

5.産業政策

産業政策図表

(出所)各種報道を基に筆者

5-1.トランプ氏の政策

 今、米経済がコロナ禍で深刻な打撃を受ける中、気を吐いているのが巨大IT企業4社、すなわちGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)である。

 このうち、アマゾンの最高経営責任者(CEO)ジェフ・ベゾス氏は、トランプ政権に対する批判報道を続ける米紙ワシントン・ポストのオーナーでもある。トランプ氏は同紙やニューヨーク・タイムズ紙などの記事を「フェイクニュース」とたびたび侮辱し、その延長線上でアマゾンにも批判の矛先を向ける。

 今、世界市場を牛耳るGAFAに対しては、国内外から批判が高まっている。民主党が多数支配する米下院も先に、GAFAがデジタル市場で独占的な力を使って競争を妨げていると結論付け、事業分割などの規制強化を提言する報告書を公表した。今回の大統領選でも争点になる可能性がある。

 一方、トランプ氏はアップルのティム・クックCEOとは親密に会談するなど、GAFAとの関係は複雑だ。巨大IT企業について質問されると、「独占という点については何かが起こっている」と述べるにとどまり、米株高の原動力であるGAFAに一定の理解を示す。米政府は主要IT企業に対し、独占禁止法を基づく調査を広範囲に行っているが、解体などを求めるには至っていない。

 トランプ氏は大統領選でもSNSのツイッターを愛用する一方で、ツイッター社は同紙の投稿に警告を発した。このため、トランプ氏は2020年5月、SNS投稿に対する運営企業の介入阻止を目的とした大統領令に署名した。それにとどまらず、SNSプラットフォーマーへの規制を強めるため、通信品位法230条の撤廃、あるいは見直しも求めている。

5-2.バイデン氏の産業政策

 オバマ前政権はシリコンバレーと蜜月時代を築いていたが、今回のバイデン氏はGAFAに厳しい姿勢を示している。アマゾンなどに対し、一定の課税を提案。フェイスブックなどを念頭に置きながら、巨大IT企業の解体についても「真剣に検討すべきことだ」と述べている。

 とりわけSNS規制について、バイデン氏は厳しい態度をとる。政治広告や情報操作された動画を掲載するか否かをめぐり、フェイスブックと衝突してきたからだ。同氏はユーザーが投稿したコンテンツに対する法的責任を免除する、通信品位法230条の撤廃を表明。大統領選の2週間前に政治家の出した広告の事実確認(ファクトチェック)をするよう、フェイスブックに呼び掛けた。

 米国が中国に次ぐ世界第2位の温暖化ガス排出国でありながら、トランプ氏は2019年11月、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を国連に正式通告した。その理由については、米国民にとってコストが掛かり過ぎるなどを挙げる。

 対照的に、バイデン氏はトランプ氏と対決した先のテレビ討論会で、「真っ先にパリ協定に復帰する」と公約した。また、同氏は脱炭素社会の実現に向け、地球温暖化に関する政策目標を発表。環境関連のインフラ投資に向こう4年間で2兆ドルを投じ、2035年までに電力部門の二酸化炭素(CO2)排出ゼロを目指すという。環境問題でトランプ氏との差別化を図り、対決姿勢を一層鮮明にしている。

 今、バイデン氏優勢の世論調査結果が報じられているが、追い込まれたトランプ氏が想定外の奇策に打って出る可能性もある。米大統領選では11月の投票日の1カ月前に選挙結果を左右する出来事、いわゆる「オクトーバー・サプライズ」が起こるというジンクスがある。今回のサプライズはトランプ氏の新型ウイルス感染で終わりなのか、それとも...。

 前回の2016年大統領選は大方の予想を覆し、トランプ氏が大接戦の末、ヒラリー・クリントン元国務長官を破った。今回もトランプ、バイデン両氏のどちらが勝つのか予断を許さない状況。本稿で論じたように、両者の経済政策には大きな違いがあり、米国や日本、世界全体に及ぼす影響も異なる。それぞれが勝利を収めたケースを想定して準備をしておきたい。

芳賀 裕理

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