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企業価値向上メカニズムとは

 分析が示す中長期投資の重要性

2024年10月29日

内外政治経済

研究員 河内 康高
主席研究員 遊佐 昭紀

 企業価値の向上は、経営者にとって昔も今も至上命題である。同時に現代の企業には、地球環境や人権などさまざまな社会課題への配慮が求められている。企業価値向上と社会課題への対応は、「二律背反」するように受け取られがちだが、企業が社会課題の解決に積極的に取り組むことは、ひいては企業価値向上に資するのではないか。われわれはこうした仮説のもと、さまざまな財務データをもとに検証を試みてきた。本稿はこうした一連の分析の第2弾である。

ESGと企業価値の関係性

 社会課題に積極的に取り組む企業を選別する指標として、東洋経済CSR企業白書が公表する企業ランキングに着目し「ESGスコア」として活用した。CSRは企業の社会的責任のことで、ESGは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)に配慮した事業運営や投資行動を示す言葉だ。このスコアが良い企業は、環境や社会に配慮した企業経営を実践していると評価できる。

 われわれは、今年4月の研究リポート「ESG経営と企業価値―事業変革の影響も検証―」で、主要企業のESGスコアと経営指標の変遷などを分析し、「ESGスコアが良い企業は企業価値が向上している」という一定の関係性を見いだすことができた。

 ただ、ESGを重視した企業の取り組みにより、具体的にどのような経路をたどって企業価値が向上しているのかは未解明だった。今回は宿題とも言える「企業価値向上のメカニズム」について解明していく。

二つの仮説

 メカニズムを明らかにするに当たり、二つの仮説を立てた。

【仮説1】ESGスコアが高い企業は、事業ポートフォリオの変革を促すため、短期的な株主還元より中長期的な成長投資を重視している

【仮説2】事業ポートフォリオの変革を実行できた企業は、中長期の成長投資と収益性の高い事業構造を両立できている

  

 下図はデータに基づく分析を進めるにあたって、ESGスコアの高い企業が、二つの仮説に沿った企業行動を経て、中長期的な企業価値向上を達成するメカニズムを想定して描いたものだ。前回のリポートでは、AからCに直結する関係性を明らかにした。今回はAからB(仮説1)、BからC(仮説2)の経路を解明していく。

 同時に、想定した経路を逸脱し、下図のD(短期的行動)やE(再考)の領域にドロップアウトしていく企業の存在にも留意した。

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ESGスコアと中長期投資

 では、仮説1の分析を進めていこう。

【仮説1】ESGスコアが高い企業は、事業ポートフォリオの変革を促すため、短期的な株主還元より中長期的な成長投資を重視している

  

 企業の財務情報や開示資料を分析したところ、ESGスコアの高い企業は、社会課題解決を経営のミッションに掲げているケースが多かった。社会課題は短期間では解決が難しい。このため、中長期的に戦略を考え、継続的に投資をすることが重要である。このためESGに高い意識を持つ企業は、社会課題解決を目指した中長期的な投資によって事業ポートフォリオの変革を進め、結果として企業価値を高めていると推察される。

 ESGスコアが高い企業は本当に、短期的な企業価値向上(例えば株価上昇)につながる株主への利益還元などより、中長期をにらんだ設備投資や研究開発投資を優先する傾向があるのだろうか。これを数値的に裏付ける定量分析を行った。

投資と配当の関係

 定量的な分析による検証に際して、今年4月のリポート「ESG経営と企業価値」で使用したESGスコアの層別分類(H層企業、L層企業)を用いた。H層企業はCSR白書の順位の上昇幅が大きい100社(ESGスコアが上昇している企業群と定義)であり、L層企業は逆に順位の下降幅が大きい100社(ESGスコアが下降している企業群と定義)である。

 まず、H層企業とL層企業について、それぞれ配当と投資の特徴を分析した。散布図(配当伸び率と投資伸び率の関係性)のうち、左は横軸が「研究開発費の伸び率(2015→22年度)」、右は「設備投資額の伸び率(同)」で、縦軸は「配当の伸び率(同)」だ。上にH層企業群のデータを、下にはL層企業群をプロットした。

 各図で右上の第1象限に多く分布しているほど、「研究開発投資」「設備投資」の増加と「配当(≒株主還元)」の伸びを両立している企業が多いことを意味している。H層企業群の方がL層企業群より、第1象限に多く分布していることがわかる。

241029_2.JPG配当伸び率と投資伸び率の関係性(出所)ブルームバーグを基に作成

設備投資不足の企業も

 さらに、より傾向を正確に捉えるため、これらの散布図に45度線(赤線)を引いて次の図「投資・配当に関する3分類」のように分類をした。45度線より上の企業は「配当>投資」という企業行動を行っている。

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投資・配当に関する3分類(注)投資=研究開発投資または設備投資(出所)ブルームバーグを基に作成

 このうち①の領域に属する企業は、利益配分は配当優先だが「投資額の伸び率」はプラスである。投資増加を維持していることから、配当を増やしながら中長期の投資を実行していると判断できる。

 これに対し、②の領域に分類される企業は「利益配分で配当を重視する一方で、投資を抑制する」企業行動を取っていることを意味する。一橋大学の伊丹名誉教授(経営学)は、多くの日本企業が近年、配当を重視しすぎて十分な設備投資や研究開発投資を確保していない傾向があると指摘している。こうした投資不足の企業は中長期の成長を果たせず、企業価値を損なうリスクが高いと判断していいだろう。

H層は成長投資に積極的

 こうした着眼点のもと、H層企業とL層企業における②の領域(配当重視・投資抑制)の企業構成比を確認したところ、H層企業の方がL層企業よりも少なく、H層企業は投資に積極的なことが確認できた。

 以上のことから、仮説1で示した通り「ESGスコアが高い企業(H層企業)は、短期的な株主還元よりも、中長期的な成長投資を重視している」傾向があると評価できる。

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②の領域(配当重視・投資抑制)の比率(出所)ブルームバーグを基に作成

 

仮説2の検証

 次に、仮説2の検証に移る。

【仮説2】事業ポートフォリオの変革を実行できた企業は、中長期の成長投資と収益性の高い事業構造を両立できている

  

 積極的な研究開発や設備投資によって事業ポートフォリオを変革した企業は、「業界優位な技術力の育成」などによって収益性の高い事業構造が確立し、企業価値向上を実現できているのだろうか。

 この検証には、早稲田大学・佐藤克宏教授(経営戦略)が考案した「事業ポートフォリオ評価マップ」を活用した。評価マップは縦軸に「成長性」を示す売上高成長率(各年度直近2期平均)を、横軸に「稼ぐ力」を示す数値(ROIC-WACC)をとっている。

241029_5.JPG事業ポートフォリオ評価マップ(出所)経済産業研究所を基に作成

 ROICは投下した資本に対する利益率で、WACCは資本調達のコストである。資本の利益率が調達コストを上回れば、稼ぐ力がプラスであると見なせる。

 この二つの数値がそろってプラスになった状態が右図のステージ3(赤枠部分)である。ここに位置する企業は、成長性と稼ぐ力が伸びている。つまり「収益性の高い事業構造を有する企業」だと言える。

ステージが上がるほど伸び率も上昇

 この評価マップに沿って、主要な製造業企業の各種データをもとに、2022年度時点のステージを割り出した。その上で、各ステージの企業で15年度から22年度にかけて①研究開発費②設備投資額③営業利益の伸び率―がどのように変化したのかを確認した。

 その結果、次の図に示したようにステージ1からステージ3へと上がるほど、研究開発費・設備投資額・営業利益のいずれも伸び率が高い傾向にあることが分かった。ステージ3の企業は、研究開発費や設備投資を継続して増やしてきた結果、事業変革を通じて収益増加につながっていると推察できる。中長期の投資によって収益性の高い事業構造を創り出してきたと言えるのではないか。

241029_6.JPG2022年度ステージ別の研究開発費(左)、設備投資額(中央)、営業利益(右)の伸び率(製造業377社)(出所)ブルームバーグを基に作成

 以上の定量分析から、仮説2「事業ポートフォリオの変革を実行できた企業は、中長期の成長投資と収益性の高い事業構造を両立できている」が成り立つと考えられる。少なくとも、企業価値向上のために継続的な設備投資や研究開発投資が重要なことは疑いない。

中長期目線の投資家

 ここまで、定量分析によって仮説1と仮説2を検証した。さらに仮説の確からしさを補強して定性的に裏づけるために、投資家・株主の立場から企業価値をシビアに評価している金融機関2社にヒアリングを実施した。

 その結果、投資家が中長期的な企業成長を極めて重視していることが分かった。株主利益を図るため、状況によっては増配や自社株買いを要求することもあるとする一方で、増配などが企業の成長の芽を摘みかねないと判断すれば、マイナスの評価を下すケースもあるとした。

 こうしたヒアリング結果は、本稿の定量分析の結果と概ね合致している。

ヒアリング項目

A社

B社

①企業評価

・短期的な業績改善よりも5~10年先の中長期な企業成長を重視

・成長期待値が高い企業は中長期的な視野で投資家から評価、成長期待値が低い企業は短期的な売上・収益に目が行きがちに

②自社株買いや増配

・世の中の風潮に流されるのではなく、どれくらいの水準が自社にとって適正かを説明できることが重要

・株価マネジメントをしっかりと行う経営陣という評価もあれば、成長投資の芽を摘んでいるのではという否定的な評価もある

③成長投資

・M&Aや設備投資、研究開発投資ではシナジー効果を重視

・成長投資は企業のトラックレコード(過去実績)により評価

・成長期待の高い企業は投資の積み増しを期待。成長期待の低い企業は選択と集中が必要。ただし、必要な投資を削っても大丈夫かという目線も

金融機関へのヒアリング
 

投資継続を「当たり前」に

 今回行った検証を通じ、社会課題に高い意識を持つ企業は中長期的な投資を継続することで事業ポートフォリオの変革を進め、結果として企業価値向上を実現するプロセスを示すことができたと考えている。

 言い換えれば、企業価値を高めるには、「将来を見据えた投資の継続が欠かせない」ということになる。

 企業価値向上のメカニズムは今回検証した経路以外にも多数あろう。ただ、社会課題に高い意識を持つことを端緒に企業価値向上のメカニズムが回り始める可能性を示せたことは意義深い。今後も、さまざまな視点から企業価値向上に関する分析を進めていきたい。

主席研究員 遊佐 昭紀

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※この記事は、2024年10⽉8⽇発⾏のHeadLineに掲載されました。

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