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「100年繁栄」目指す宇都宮市/観光資源が豊かな「坂の街」長崎市

コンパクトシティが地方を救う (第3回)

2015年04月01日

地域再生

HeadLine 編集長
中野 哲也

 「コンパクトシティ」と言ってもその定義は様々であり、全ての自治体に当てはまる「模範解答」は存在しない。当然、街ごとの実情に即した政策が求められる。平地が大半を占める宇都宮市(栃木県)と、山が迫り坂の多い長崎市(長崎県)の地勢は対照的だが、奇しくも両市は「ネットワーク型コンパクトシティ」を目指している。単なる中心市街の復活にとどまらず、中心と周辺の整備拠点、あるいは拠点同士を公共交通網で結びながら、人口減少・少子高齢化を乗り越えようとしている。今回は個性豊かなこの二つの県都を取材して歩いた。

「餃子」が最強の観光コンテンツ  宇都宮市

 東京駅から東北新幹線でわずか50分。北関東最大の都市、宇都宮市(人口約51.8万人)の玄関口であるJR宇都宮駅で降りると、ユーモラスな「餃子像」が出迎えてくれる。この街は餃子こそが最強の観光コンテンツであり、市内全域に「餃子」の看板が立ち並ぶ。その数は宇都宮餃子会の加盟店だけで80に上り、非加盟店を加えると350あるいは400に達するといわれる。

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 宇都宮餃子会が運営する「来らっせ」を訪ね、事務局長の鈴木章弘さん(42)に案内していただいた。ここは幾つかの名店の餃子を同時に楽しめるスポットであり、市民や観光客が月平均2万5000人も集まり、推計月45万個の餃子が飛ぶように売れる。宇都宮餃子の起源には諸説あるが、戦後の中国からの帰還兵や旧南満州鉄道(満鉄)の職員・家族が大陸の味を懐かしみ、当地で再現したらしい。小麦粉や豚肉、ニラ、白菜といった餃子の具材が宇都宮で入手しやすいこともあり、専門店が市内に続々と生まれ、家庭でも定番メニューになった。

201504_コンパクト_2.jpg 宇都宮餃子会のスポークスマンを務める鈴木さんはコメを食さず、餃子を「主食」と言い切る。朝から食べ始め、普段は一日に餃子二食、多い時は五食にも。「栄養価が高く、バランスも取れた『完全食』だし、飽きが全く来ないんです」と笑みを浮かべる。

 老舗の一つ「宇都宮みんみん」の調理場で名人芸を見せてもらう。焼き上げる時間は通常7~8分だが、「その日の天気や温度、湿度、具の野菜の状態によって微妙に違う。納得のいく餃子を提供できるまでには10年かかる」―。蓋をしてしまうから、「ジリジリ」→「チリチリ」といった音の微妙な変化で焼き上がりを判断するしかない。

 餃子の一世帯当たり購入額(総務省家計調査)をめぐっては、宇都宮市と浜松市(静岡県)が激しいバトルを演じている。一昨年、宇都宮が3年ぶりの日本一に輝いたが、昨年は浜松がその座を奪還した。しかし、この統計は消費者が惣菜として購入する餃子が対象であり、外食分は含まない。

 このため、鈴木さんは「1位でも2位でも気にしない」という。ただし、現状に満足しているわけではない。「"大阪のタコ焼き""広島のお好み焼き""札幌の味噌ラーメン"の域にまで、宇都宮餃子の知名度を引き上げたい。そのためには、万事遠慮がちな宇都宮市民が『餃子が大好き!』と胸を張って言えるよう、意識革命を起こさなくては・・・」-

「SMAP型」コンパクトシティを目指す佐藤市長

 宇都宮市の佐藤栄一市長も無論、大の餃子好き。専門店に冷蔵餃子を買いに行き、自宅の冷蔵庫で欠かしたことはない。宇都宮市もこれから人口減少が本格化するが、市内には観光資源が乏しいため、餃子を「国内外からの観光客など滞在・交流人口を増やすための武器」に位置付けている。

201504_コンパクト_3.jpg 実業界から政界に転じた佐藤市長は向こう5年間、市民の居住性向上に全力を挙げると同時に、「100年繁栄都市」を政策目標に掲げる。短期と長期の「複線」行政である。「市民受けする目先の人気取り政策に走れば、市債残高をいたずらに増やすだけ。財政面でまだ余裕のあるうちに改革を断行する。これは民間企業も同じではないか」と指摘する。

 宇都宮は広い市域(約417km2)を抱える。しかもその8割が平らで「市内各所に人と建物が張り付いている」ため、行政の効率は良くない。少子高齢化が加速すれば尚更だ。そこで佐藤市長が掲げているのが、「ネットワーク型コンパクトシティ」である。中心部を都心拠点、工業団地を産業拠点などと位置付け、拠点間は公共交通で自由に移動できるようにする。

 ただし、宇都宮には街を横断する鉄道がなく、JR線で東西に分断されてきた。このため、宇都宮市はJR宇都宮駅東口から東部の工業団地を結ぶLRT(次世代型路面電車)を建設する。来年着工し、東京五輪に間に合うよう2019年開業を予定している。

 LRTやバス、オンデマンドタクシーなどによって、佐藤市長は「SMAP」型のコンパクトシティを目指すという。「一人でも十分やっていける5人のメンバーが集まり、強力な国民的アイドルグループを形成している。それにならい、市内の拠点の一つひとつに独自の顔を持たせ、LRTなどで結んでネットワーク化する。それによって強力な光を放つという都市構造を目標にしたい」―

 東京駅から新幹線で50分という地の利は、宇都宮市に都市間競争力をもたらす。建材として有名な大谷石(おおやいし)の産地である大谷地区など、素敵な観光スポットも抱えているが、東京から近過ぎて「通過都市」になってしまうリスクもある。このため、佐藤市長が先頭に立って「住めば愉快だ宇都宮」というPR作戦を展開。大都市と宇都宮の両方に仕事や暮らしの拠点を置き、そこを行き来しながら、ライフスタイルを充実させるという「ダブルプレイス」(二地域生活)を提唱する。人口減少時代に立ち向かう、意欲的な取り組みとして注目を集めそうだ。

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「軍艦島」や「世界新三大夜景」も・・・長崎市

 徳川幕府が断行した鎖国政策の下でも、長崎市の出島だけは外国との接点となり、貿易港として繁栄した。古くから西洋文化が流入したため、市内にはグラバー邸や眼鏡橋など観光客を引き付けるスポットが少なくない。だが恵まれた環境に安住するなら、激化する都市間競争で後れを取る。市は危機感を募らせ、新たな観光資源の開発に取り組んでいる。

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 長崎港から南西約19キロの海上に浮かぶ端島(はしま)。その独特な外観から「軍艦島」の通称で呼ばれ、「どうしても上陸したい」という観光客が国内外から集まる。この島は41年前の海底炭鉱閉山で住民が一斉に引き払い、時計の針が止まったまま無人の廃墟と化している。軍艦島では三菱が海底炭鉱として開発を進め、本格操業した1891年から閉山の1974年までに1500万トン超の石炭を掘り出し、日本の近代化に貢献した。

 軍艦島は周囲わずか1.2キロの非常に小さな岩礁だが、最盛期には約5300人が住んでいた。1916年に完成した日本初の鉄筋コンクリート造りの高層アパートは、石炭採掘に関わる従業員やその家族向けの社宅。幹部社員用の社宅は小高い丘の上に立ち、「全室オーシャンビュー」のリゾートマンションといった趣である。このほか、学校や採炭施設などが閉山当時のまま遺されており、島全体が「タイムカプセル」。近年、軍艦島が新たな観光資源として注目されるようになり、世界文化遺産への登録運動とともに、アジアからの観光客も急増している。

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 軍艦島とともに、長崎市が新たな観光コンテンツとして売り込んでいるのが、稲佐山(標高333メートル)からの夜景である。東京タワーほどの高さだが、山に囲まれてすり鉢状の長崎市街を一望できるため、眼下には宝石箱をひっくり返したような光景が広がる。反対側の東シナ海を望む夕景も旅行者のハートをがっちり掴む。長崎が2012年に香港、モナコと並ぶ「世界新三大夜景」に認定されると、中国や韓国などから見物客が押し寄せるようになった。昨年、長崎に寄港するクルーズ船は過去最高の75隻を記録し、今年は120~130隻が見込まれるという。

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「市民の下駄」はどこまで乗っても120円

 長崎市は観光資源に恵まれ、その新たな開発も進めながら、交流・滞在人口の増加に努める。だが、定住人口は50万人を割り込んでいる(約43.3万人)。

 平らな宇都宮市とは対照的に、長崎市の地形はすり鉢型で平地が少ないため、斜面にも住宅を建てる「坂の街」として繁栄してきた。しかし、日銀長崎支店の佐藤聡一支店長は「高齢化により、坂の多い傾斜地から平地への移住が進みつつある」と課題を挙げる。その一方で、「すり鉢はいわば天然のコンパクトシティ。中心部の街の賑わいや機能性が高まる潜在力がある」と指摘している。

 コンパクトシティを目指す上で、長崎市には心強い援軍が存在する。宇都宮市はLRT新設に挑戦しているが、長崎市内には昔ながらの路面電車(長崎電気軌道)が健在なのである。4系統で市街地の各エリアを結び、日中でも5~6分間隔で走っているから、市民にとってはまさに下駄代わりだ。

 私企業による経営だが、全区間均一の運賃は1984年から実に25年間も100円のまま据え置き。2009年に120円へ値上げした後、昨春の消費税増税後も変わらない。どこまで乗っても120円、一日乗車券なら500円で何度でも自由に乗降できる。東京都や大阪市、仙台市などから廃止車両を譲り受け、丁寧に修繕した上で使うなど、知恵を働かせて低運賃を維持する。また、市内ではバス路線網も充実しており、地方都市としては運賃が格段に安い。

201504_コンパクト_8.jpg201504_コンパクト_9.jpg 長崎市の田上富久市長はこうした公共交通網をフル活用しながら、宇都宮市と同様、「ネットワーク型コンパクトシティ」を目指して街づくりを推進している。まずコミュニティにしっかりとした自治を求め、自分たちでできなければ隣のコミュニティ、それでも不可能なら中心部に行くというイメージである。「企業や大学、病院なども含めて全員参加型になる時、最も暮らしやすい長崎独自の街づくりが完成する」―

 例えば、長崎市は全国の県庁所在地の中で市立図書館の整備が最も遅れていたが、ITの活用などにより、「全国で最も効率的で利便性が高い」と自負する図書貸し出しネットワークを築き上げた。大型図書館を市の中心部、それに次ぐ規模の図書室を比較的大きな公民館、小型の図書室を小さな公民館にそれぞれ設置。小さな図書室しかないエリアの住民でも、大型図書館から読みたい本が届くという仕組みである。

外資系保険会社のコールセンターが集中

 田上市長は「長崎には豊かな自然や個性的な文化があり、落ち着ける時間が流れ、人と人の絆も存在する。ただし、仕事がない。『地元に戻りたい』という若者は多いのに、それに応えられるだけの雇用を用意できない」と打ち明ける。「市内に工場を誘致しようとしても、長崎は東京から見れば西の端にあり、水の事情が良くないから、なかなか実現しなかった」―。コンパクトシティを目指す上でも、雇用創出が喫緊の課題である。

 ところが近年、「西の端」という長崎市のデメリットが企業の目にはメリットとして映るようになった。東京一極集中では大規模災害が発生した時、事業を続けられなくなるため、事業継続計画(BCP)の中で一部業務を長崎市内に移管しようというわけだ。とりわけコールセンターの適地として、外資系保険会社の進出が活発化している。人口対比で市内には高校・短大・大学が多いため、優秀な女性の人材を大都市に比べて低い人件費で集めやすいという要因もある。

 メットライフ生命保険は長崎ビルを東京、神戸と並ぶコールセンター拠点に位置付け、約1400人を雇用し、うち85%を女性が占める。顧客からの問い合わせから、保険商品の契約、保険料の収納、保険金の支払いまで一貫して対応している。コールセンターのオペレーターは引っ切りなしに掛かって来る電話をとり、常に明るく丁寧に対応しなくてはならない。このため、オフィスには暖色を基調にしたカラフルなデザインを採り入れ、オペレーターのストレスを軽減する。また、オペレーター同士の顔が真正面から向き合わず、「互い違い」になるよう席を配置。ストレスを感じず、しかし孤独感も無いような工夫が凝らされている。

 オペレーター出身の長崎カスタマーセンターの神谷麻紀センター長は「オペレーターの体調管理に最も気を遣う。家庭環境を把握した上で、顔色が優れなければ『早く帰りなさい』と声を掛けるよう努めている」と話す。このほか、事業所内に託児所を設けるなど、同社は働く女性を強力に支援する。総務・ベンダーマネジメント部総務室の緒方直樹室長は「オペレーターが少しでも快適に仕事ができるよう、オフィス環境には最大限の配慮を行う」という。

 「どんなに行政が旗を振り、企業誘致に成功を収めても、市民の間から起業マインドが生まれなければ地方は再生しないし、コンパクトシティも実現しない」―。そう考えながら歩いていると、民間の若い力で故郷を元気にしようという芽を長崎市内で見つけた。

 熊井英哲さん(33)は静岡県内でバーテンダーの修行を積んだ後、「女性でも気軽に入れるような英国風パブを故郷の長崎市内で開店したい」と思い立ち、7年前にスコッチウイスキーの「聖地」である英国スコットランドに向かった。あいさつ程度の英語しか話せなかったが、小さな町の観光案内所で安宿を紹介してもらいながら、「アポ無し」で蒸留所を30軒以上も回って歩いた。スコッチの長い歴史を学び、製造現場をつぶさに観察しているうち、本場のパブでウイスキー論を展開できるほどの知識と英語力が身に着いた。

 2009年夏、長崎市内でバーを開いた後、JR長崎駅前に念願の英国風パブ「Mallaig」(マレイグ)をオープン。今では三店舗のオーナーである。熊井さんはこう確信している。「世界に通用するバーテンダーを一人でも多く育て上げ、店を持たせてやりたい。そうすれば長崎に独自のパブ文化が興り、愛して止まない故郷に恩返しができるはずだ」―。江戸時代以来の異文化に対する長崎市民の好奇心は健在であり、それが街の再生に大いに貢献するだろう。

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(写真)筆者 PENTAX K-50 使用

中野 哲也

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※この記事は、2015年4月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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