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「笑顔」で暮らせる街づくり/坂井市(福井県)

コンパクトシティが地方を救う (第16回)

2018年10月01日

地域再生

HeadLine 編集長
中野 哲也

 「さかい」市を取材して歩いてきた。と言っても、大阪府にある政令指定都市の堺市ではなく、福井県北部に位置する坂井市のことである。人口は約9.2万人で県内自治体では福井市に次ぐ。名勝の東尋坊や最古の天守を誇る丸岡城、日本遺産に認定された三國湊など、魅力あふれる観光スポットも少なくない。こうしたキラーコンテンツを活用しながら、坂井市は「だれもが『笑顔』になり、みんなが住みたくなる街づくり」(坂本憲男市長)という実に個性的な行政を推進している。

 2006年3月、坂井市は三国町、丸岡町、春江町、坂井町の旧4町が合併して発足し、面積は約210平方キロに達する。東京・山手線の内側(約63平方キロ)を3個分以上のみ込む広さであり、市全体でのコンパクトシティ化は現実的ではない。

 坂井市も「市街地の立地条件や場所が異なるため、国土交通省が提唱するコンパクトシティ構想をそのまま本市に当てはめることは困難。ただし、超高齢化社会を迎えるにあたって、自家用車に頼らない生活圏の構築は必要であるため、地域医療の充実や商店街の振興、二次交通の充実など様々な取り組みを実施していきたい」(坂本憲男市長)という。

 坂井市は坂井町の本庁舎のほか、三国、丸岡、春江の各町に支所を置く。将来は旧4町に必要な機能を残した上でそれぞれを結ぶ「ネットワーク型コンパクトシティ」を視野に入れるべきだろう。

 このうち三国町には、国内外から観光客が押し寄せる東尋坊がある。約1キロにわたる断崖絶壁から日本海を見下ろすと足がすくむ。また、遊覧船から見上げる岩壁も迫力満点。火山岩の柱状節理(マグマが冷えて固まる時にできる五~六角形の柱状割れ目)がこれほど大規模に続く奇跡的な地形は、世界でも極めて珍しいという。

20181002_01.jpg20181002_02.jpg20181002_03.jpg東尋坊

 三国町は江戸~明治時代にかけて北前船の寄港地「三國湊」として繁栄した。今も往時の面影が残り、文化庁から先に日本遺産の認定を受けた。明治初頭に来日したオランダ人技師、G・A・エッセルが設計した「三国港突堤」(通称=エッセル堤)は優美なカーブを描き、今なお九頭竜川の氾濫を防いでいる。また、エッセルが設計した小学校の外観は郷土博物館「みくに龍翔館」として忠実に復元された(エッセルは「だまし絵」で有名な天才画家エッシャーの父である)。日本の夕日百選に選ばれた、サンセットビーチに沈む夕陽も三国町の自慢の一つだ。

20181002_04.jpg三國湊のレトロな町並み

20181002_05.jpg旧森田銀行本店

20181002_06.jpg九頭竜川(左)と日本海(右)の間に突き出るエッセル堤

20181002_07.jpgみくに龍翔館

20181002_08.jpg日本海に沈む夕陽

 古い町並みの一角で、家族の絆(きずな)によって伝統を守り続ける提灯職人と出会った。創業230年「いとや」の畑峰雄さん(63)である。妻と娘二人と力を合わせ、一つ一つに愛情を込めて絵付けしながら、年間1200~1300個もの提灯を作り上げる。秋の祭りシーズンを控えた8~10月は超繁忙期になり、作業は朝から深夜にまで及ぶという。

 畑さんは「一日8時間の仕事では利益が出ない。晩御飯を腹三分にとどめ、16時間働くこともあるから、はやりの"ブラック企業"かな」と苦笑する。長時間労働だけでなく、「納期を考えると眠れない」「(提灯の売り上げがほとんどない)冬場の資金繰りは大丈夫か」「今年は忙しいけど来年は仕事があるのか」...。常に心労が絶えない。

 それでも、畑さんは「70歳まで現役で頑張り、孫が継いでくれるなら創業300年に向けた礎(いしずえ)を築きたい」と還暦を過ぎてなお意気軒昂。提灯職人のDNAを受け継いだ二女の小島まりやさんは「このままでは家族のだれかが体を壊すのではないかと心配。冬場も稼げる絵付け体験に力を入れ、将来は欧州など海外でも販売したい」と経営の多角化を視野に入れる。

20181002_09.jpg20181002_10.jpg20181002_11.jpg「いとや」と畑さん一家

 このように三国町は魅力あふれる街だが、人口減少の荒波からは逃れられない。だが過疎化が進む中でも、街の再生を目指す若き経営者が現れている。伊藤俊輔さん(30)もその一人である。高校時代に起業の夢を抱いて関西大学商学部に進学。経営の基礎を学ぶ一方で、関大発祥の日本拳法に取り組んで全日本学生拳法選手権大会(団体)で三連覇。大阪でキャンパスライフを満喫していたが、急に地元が恋しくなって卒業後にUターン。福井商工会議所(福井市)に就職し、様々な経営者と交わりながら6年間ビジネスの実際を学んだ。

 実は、伊藤家は江戸時代に庄屋として活躍した名家であり、伊藤俊輔さんは11代目に当たる。5代目の伊藤五右エ門は初めてお国入りした越前福井藩主・松平茂昭をもてなすため、鯛や大鰯を載せた「舟盛り」を考案。それが全国に伝わったという。

 また、五右エ門は屋敷を開放して「隠居処(いんきょじょ)」と名付けた娯楽施設を営み、北前船で寄港した船員や地元の漁師らに集い・語らい・楽しむ場を提供していた。

 故郷に帰ってきた伊藤さんは祖先が営んでいた娯楽施設の復活を思い立ち、2017年4月に新形態の温泉旅館「みくに隠居処」を開業した。三つの宿泊室にレストランを併設。2階のテラス席では、サンセットビーチの絶景を楽しみながら、新鮮なアワビやサザエ、イカなどのバーベキューを楽しめる。「海釣り」「魚のさばき」といった体験教室も開催しており、利用客は自分で釣り上げた魚をすぐに調理して味わえる。

 伊藤さんは故郷の再生への思いを熱く語ってくれた。「三国町は身近な海とともに発展してきたのに、いつの間にか海が遠い存在になっていた。郊外に出現した大型商業施設が地方のテーマパークになり、市民が地元の良さを忘れたからだ。どこに行っても全国チェーンの店があり、日本の街はコモディティ化して面白さを失っている」―

 「お客様が釣って調理するというモデルを普及させたい。他の店に真似してもらって大いに結構、相乗効果で人を集められる。非日常的な風景を国内外に発信できれば、周遊滞在型の観光がビジネスとして成立し、三国の街も必ずよみがえる」―

20181002_12.jpg伊藤俊輔さんと「みくに隠居処」

20181002_13.jpg 海岸部の三国町から内陸に入ると、坂井市は異なる"顔"を見せてくれる。丸岡町のシンボルは、全国に現存する12天守のうち最古の天守を誇る丸岡城である。織田信長の家臣・柴田勝家の甥・勝豊が1576年に築城。1934年に国宝に指定されたが、1948年の福井地震で倒壊してしまった。関係者の必死の努力により、倒壊材が元通り組み直されて1955年に修復。今、地元は「再国宝化」を求めて熱心な運動を展開している。

20181002_14.jpg最古の天守を誇る丸岡城

20181002_15.jpg天守からの眺望

 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」―。これは徳川家康の功臣・本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てた手紙である。短い文章の中に、①妻へのリスペクト②家内安全③息子(お仙=後の初代丸岡藩主・本多成重)に対する愛情④馬を育成する重要性―といったメッセージが凝縮されており、「日本一短い手紙」や「手紙文のお手本」と称される。

 坂井市と公益財団法人・丸岡文化財団は日本の優れた手紙文化を維持するため、日本一短い手紙(1~40文字)を一般公募する「一筆啓上賞」を主催。住友家初代・住友政友が丸岡出身という縁から、住友グループ広報委員会が特別後援する。第26回となる2018年のテーマは「先生」(応募締め切り2018年10月26日)。丸岡城の斜め向かいには「日本一短い手紙の館」があり、過去の応募作品などが多数展示されている。

20181002_16.jpg日本一短い手紙の館

 丸岡町山間部の竹田地区は過疎化に悩まされてきたが、坂井市や地元関係者の尽力によって個性的な観光スポットが登場した。「竹田水車メロディパーク」の二連水車は地区のランドマークになり、廃校になった小中学校校舎は体験型宿泊施設「ちくちくぼんぼん」に生まれ変わった。また、「千古の家」は中世末期の建築とされる福井県内最古の民家。地方豪族の生活がしのばれる貴重な史料である。

20181002_17.jpg竹田水車メロディパーク

20181002_18.jpg体験型宿泊施設「ちくちくぼんぼん」

20181002_19.jpg千古の家

 丸岡町上久米田にある「越前竹人形の里」では、匠(たくみ)の技をじっくり見ることができる。竹人形職人の山岸高音さん(50)はイラストやアニメが好きで京都の美術学校で絵画を学び、故郷の福井市に戻ってこの道に入った。

 山岸さんによると、手の込んだ人形の制作には1カ月以上かかる。傑作の一つである芸妓の頭には極細の竹が4000本も使われており、完成までに5カ月を要した。

 このため、山岸さんは「採算のとれない芸術性の高い人形を作るためには、干支などをデザインした汎用品をたくさん作って収益を上げなくてはならない」という。また、「1ミリ径の竹を削って3本にできるまでに5~6年かかるから、若い人が入門してもなかなか定着しない」と話し、後継者育成を課題に挙げる。

20181002_20.jpg竹人形職人・山岸高音さん

20181002_21.jpg芸術性の高い越前竹人形

 坂井町には坂井市役所の本庁舎があり、市政の中心になる。坂本憲男市長(71)は旧三国町長を経て、個性豊かな旧4町の合併をまとめ上げて2006年に坂井市の初代市長に就任、現在4期目である。インタビューに応じていただくと、「合併前の旧町名のほうが全国的に知られており、大阪府の堺市と間違えられてしまう」と話し、知名度向上を課題の一つに指摘した。

20181002_22.jpg坂井市の坂本憲男市長

 このため、坂井市はシティセールス推進課を設けるなど、情報発信やPR活動を積極的に展開している。その東京の拠点となるのが、レトロな風情が人気の戸越銀座商店街(東京都品川区)に開いた「坂井市アンテナショップ」。店内に新鮮な野菜や魚介、名産の油揚げや蕎麦(そば)、日本酒などが並び、11月上旬からは高級食材の越前ガニも入荷する。オープンから2年、常連客も増えてクラシックな商店街にすっかり溶け込んでいる。

20181002_23.jpg坂井市アンテナショップ(東京都品川区・戸越銀座商店街)

20181002_24.jpg常連客も増えたアンテナショップ

 このほか、坂井市は福井銀行、福井信用金庫とともにリコージャパン(RJ)と「地方創生に係る包括的連携に関する協定」を締結。RJ は坂井市が東京・丸の内で実施したイベントを企画・運営したほか、坂井市内での里山保全活動や観光資源再発掘事業なども支援している。

 ところでコシヒカリは福井県が発祥であり、坂井市は質量ともに有数の米作地帯としても名高い。また、越前おろし蕎麦やソースかつ丼などソウルフードも充実しており、グルメも飽きることのない土地柄である。

20181002_26.jpg坂井市は有数の米作地帯

20181002_25.jpgソースかつ丼(左)と越前おろし蕎麦(右)

 坂本市長は3期目に市政運営のキーワードとして「笑顔」を打ち出した。その理由を訪ねると、「人は支え合うことで喜びあい、頑張ることができ、それが『笑顔』となり、人の心を豊かにする。『笑顔』が街への深い愛着と誇りを生み、これがふるさとへの思いにつながる」という。

 坂井市・三国港と福井市内を結ぶローカル線「えちぜん鉄道」(坂井市などが出資する第三セクター)の駅名板にも「笑顔で暮らせるまち」と書いてある通り、アポ無し取材に対しても市民は飛び切りの温かい「笑顔」で迎えてくれた。

20181002_28.jpgえちぜん鉄道(三国港駅)

 しかも、「笑顔」は単なるスローガンではなく、ユニークな政策も講じられている。坂井市は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の若手お笑い芸人「パナマ海水浴場」と契約。パナマは今年4月、「坂井市専属住みます芸人」になり、当地へ移住。市内で開かれる祭りやイベントなどで司会を務めたり、漫才を披露したりして市民に「笑顔」を提供している。

 パナマはボケ担当の阿部拓也さん(25)とツッコミ担当の石田真都さん(25)のコンビだ。ともに吉本総合芸能学院(NSC)の38期生で芸歴3年目。同期約400人のうち1年後の卒業までに300人近くが脱落したという狭き門をくぐり抜け、2016年にプロになった。

 ところが、仕事はほとんど無くて給料も出ない。このため、カラオケボックスやパチンコ店のアルバイトで生活費を稼ぐという苦しい生活を続けていた。

 今は坂井市から毎月定額の手当てが出るし、仕事も格段に増えた。市が用意してくれた空き家に住み、家賃は住人5人で分担するから一人月2000円で済む。ただし、寝室にエアコンが無いため、猛暑の今夏は「仕事の無い日、夕方5時まで寝ても疲れが取れない」(阿部さん)―。だが、コメや野菜は近隣農家が差し入れてくれる。釣りの得意な石田さんは早朝、民宿の船に同乗させてもらい、おかずの材料を調達する。取材前日の食卓にはお手製のアジの一夜干しとカワハギの煮付けを並べたという。

 敬老会などお年寄り向けのイベントが多いため、「最初はお客さんの心をつかめず、スベリまくっていた」(石田さん)―。それでも、「なるべくお客さんをいじらない」(阿部さん)「大きな声でゆっくり話す」(石田さん)といったコツを次第につかみ、ネタも東尋坊や丸岡城などを題材にした御当地モノを作り上げた。最近はスーパーで買い物をしていると、「パナマさんや、がんばれ!」と声を掛けられる。市民の声援を励みにして「笑顔」を提供しながら、よしもとの大先輩「中川家」を目標に修業を積む毎日だ。

20181002_29.jpg「パナマ海水浴場」阿部拓也さん(左)、石田真都さん(右)

20181002_30.jpg(写真)筆者 PENTAX  K-S2

中野 哲也

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※この記事は、2018年9月28日発行のHeadLineに掲載されました。

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