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商用地熱発電のふるさと

=地熱を活かした街づくり/岩手県八幡平市(上)=

2019年08月02日

地域再生

主任研究員
伊勢 剛

 2019年1月、岩手県八幡平市で松尾八幡平地熱発電所が新たに稼働した。これは岩手地熱(本社岩手県八幡平市)が運営し、出力7000kWを超える。その規模の地熱発電所は、国内で22年ぶりという。実は、八幡平市は1966年に商用の地熱発電が日本で始まった地である。再生可能エネルギーの一つとして再び期待が高まっている中、「地熱を活かした街づくり」を進める八幡平市を訪ねた。

 雄大な岩手山のふもとに広がる八幡平市は、十和田八幡平国立公園の一角を占める岩手県内有数の観光地。冬はパウダースノーに憧れるスキー客、春から秋にかけては美しい自然を求めるトレッキング客でにぎわう。

 車で新緑の八幡平樹海ラインを抜けると、木々の間に高さ46メートル、直径45メートルの巨大な円筒形の冷却塔が姿を現した。自然の風を利用し、発電に使った蒸気を冷やして水に戻す装置で、日本初の商用地熱発電を始めた松川地熱発電所のシンボルだ。

20190725_01.jpg松川地熱発電所シンボルの冷却塔

 「稼働して半世紀と、歴史ある発電所なので、設備の維持管理が重要です」―。発電所を運営する東北自然エネルギー(本社仙台市)の丹内正典(たんない・まさのり)雫石事業所副所長が説明する。発電機を回すタービンには時速200キロメートルの猛スピードで蒸気が当たるので、定期的な点検が欠かせない。その上、地下から噴出する蒸気は純粋な水ではないので、冷えると配管などに不純物が結晶化して詰まってしまう。それらを取り除くのも大事な仕事だ。

 なぜ松川に国内初の地熱発電が造られたのか。理由の一つは世界的にも珍しいとされる地質構造にある。普通、温泉地で井戸を掘ると熱水と蒸気が一緒に噴出する。しかし、松川の地下には硬い岩石層があるため、蒸気だけが噴出するのだ。そのため、熱水と蒸気を分離する装置が必要なく、低コストで発電ができるという。

20190725_02.jpg松川地熱発電所の蒸気井

 実は、この発電所の役割は電力の供給にとどまらない。地元にとっては重要な観光資源でもあるのだ。敷地内にあるPR施設「松川地熱館」では、最初に蒸気が噴出した時の様子を記録したビデオや、1993年まで稼働していた初代タービンなどを見ることができる。2018年には約5000人が訪れたという市内有数の観光スポットだ。

 周辺には火山活動の歴史が分かる焼走り(やけはしり)溶岩流や、引退した競走馬の牧場などがある。これらと発電所の見学を組み合わせると、学校向けの学習プログラムや、一般向けの環境ツアーを企画しやすい。地元自治体にとっては単なる発電所を超えた存在なのだ。

20190725_03.jpg東北自然エネルギーの丹内正典さんと松川地熱館

 農業分野との相乗効果も高い。その代表例が発電所から供給されるお湯を暖房に使う「熱水ハウス」である。温度や湿度、養液供給量、換気などはインターネットを通じて自動的に制御。付加価値の高いバジルなどを生産する。市が策定した「地熱を活かしたまちづくりビジョン」によると、蒸気を活用した野菜の加工や調理も検討されている。

20190725_04.jpg熱水ハウス

 その八幡平市で、2019年1月に2カ所目となる松尾八幡平地熱発電所が稼働した。出力は約7500kWで、一般家庭1万5000世帯分の消費電力に相当する。5月31日現在、市内の世帯数は1万530世帯なので、計算上はすべての家庭の電力を賄える。

 しかし、半世紀前から地熱発電が根付いていた同市でも、新規の建設は容易ではなかった。そもそも、この20年間は日本全体で地熱発電所の建設が滞っていた。ところがここにきて風向きが変わった。実は5月には秋田県の山葵沢地熱発電所(出力4万6199kW)も営業運転を開始するなど、再び地熱発電が「ホット」になっているのだ。それはなぜか。

(つづく)

(写真)筆者 RICOH GRⅢ

伊勢 剛

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