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母の免許返納後、地方で「足」を確保するには?

=高崎市は「無料乗り合いタクシー」導入検討=

2020年03月04日

地域再生

研究員
今井 温子

 先日、東海地方に住む古希を過ぎた母と電話で話していると、何気なく筆者にこう切り出した。「もう今年は運転免許を返納しようかと思ってるんだよ。わたしより少し上の高齢者の事故が多いしね」―

 淡々とした口調には、筆者に心配をかけまいという心遣いがにじみ出ていた。クルマで外出するたびに楽しい思い出を電話で報告してくれていた母のことを考えると、複雑な気持ちになった。しかし、高齢者による自動車事故のニュースを見聞きするたび、筆者も不安を覚えていただけに、「そうだよね」と同意するしかなかった。

 地方の大半の公共交通機関は、都市部ほど利便性が高くない。母の住む地方ではバスが1時間に2本通る程度。スーパーに買物へ行くにも、バスならマイカーの倍の時間をみておく必要がある。しかも、買い物をした後で重い荷物を持って帰るのも大変。地方で生きていく上でクルマは生活必需品なのだ。

 特に母は普段から習い事で外出する機会が多く、その際には主に自分で運転している。今後、免許を自主返納してクルマに乗らなくなると、家に引きこもりがちになり、生活に張り合いがなくなるかもしれない。しかし、だれかに迷惑をかけるリスクを考えれば、「返納するのが一番の対策」と母なりに結論を出したのだろう。

 実際、高齢者の免許の自主返納は増えている。警察庁の運転免許統計(平成30年版)によると、70歳以上では2018年に37万5791件に上り、2015年と比べて4割近くも増加した。それでも運転しなければ生活できない高齢者は少なくない。だから、とりわけ地方の交通弱者に対しては、行政による「足の確保」が欠かせなくなっている。

 こうした中、群馬県高崎市が先進的な取り組みを検討していると聞き、取材にうかがった。高崎市は2020年6月のスタートを目指し、高齢者の移動を支援する「おとしよりぐるりんタクシー」の導入を市議会に諮る計画だ。具体的には、公共交通機関が不便で高齢化率の高い3地域(倉渕、榛名、吉井の各地区)で全国初となる無料乗り合いタクシーを運行。利用者は「事前登録」や「予約」が要らず、タクシーは30~40分間隔で各地区の中を巡回する。

 これに先立ち、高崎市は2019年6月、JR高崎駅西口から中心地の商店街を回る「お店ぐるりんタクシー」を導入済み。今回は、この仕組みを前述の3地域に応用するわけだ。市は「だれでも利用でき、ルート上ならどこでも乗り降り自由にできる。免許返納者を含めたお年寄りの足としてだけではなく、その外出機会を増やす介護予防にもなるのではないか」(長寿社会課)と期待する。

図表「おとしよりぐるりんタクシー」に先行して実施中の「お店ぐるりんタクシー」
(提供)高崎市役所

 高崎市以外の自治体でも、新たな移動サービスの提供や実験が活発化している。例えば飯田市(長野県)などでは、一定年齢以上で運転免許を自主返納した人に対し、タクシー・バスの回数券を配布する。大田市(島根県)などでは、予約すればタクシーが自宅からバス停まで送ってくれ、しかも運賃は安価な定額、あるいは割り引きするサービスを実験的に行っている。

 一方、政府も交通弱者対策として、MaaS(Mobility as a Service=ITを用いて交通機関をシームレスに結び付けることで、人々が効率よくかつ便利に使えるようにする仕組み)を活用できないか研究を進めている。例えば、国土交通省が支援する春日井市(愛知県)は、利用者の移動距離に応じて手段を多様化する実証実験を行い、クルマの自動運転や電動ゴルフカート、電動車イスなどを使い分ける。それにより、お年寄りが気軽に外出できる環境などを整備しようというわけだ。

 母の住む地域でもMaaSの検討が進められているようだ。今度、帰省した際には利用できるかどうか、地元自治体に一緒に調べに行こうと思う。これからも母が積極的に外出し、筆者も母から楽しい話を聞かせてもらいたいからだ。母が運転免許を自主返納しても笑顔を失わなければ、遠く離れて住む筆者は安心できるし、親子の絆(きずな)を深めることができると思う。

今井 温子

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