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トリプル被災地を駆けめぐるスーパー医師

潜望鏡 第7回

2015年07月01日

地域再生

HeadLine 編集長 
中野 哲也

 「○○さん、きょうは4月23日です。桜の花はもう終わりですが、これから鯉のぼりの季節になりますね」―。大きな声でゆっくりと声を掛けているのは、福島県にある南相馬市立総合病院の小鷹昌明(おだか・まさあき=47)医師。ベッドの上の女性は言葉を発しないが、視線を真っ直ぐにして先生の顔をじっと見つめる。

 この女性は60代後半。パーキンソン病を患い、寝たきり生活が続いている。脳内ドーパミン(神経伝達物質)の減少によって発症するが、その原因は現代医学でも分からない。この家では娘が働きながら難病の母の介護を担い、老いた父の面倒もみている。高齢化社会で急増中の光景だが、一点だけ他の街とは違う。巨大地震、巨大津波、原発事故に見舞われた「トリプル被災地」なのである。

 埼玉県出身の小鷹氏は獨協医科大学卒業後、同大学病院で神経内科医を務めていた。准教授まで順調に昇進したが、「管理職である教授を目指すことに意味があるのだろうか...」と思い悩む。2011年3月11日の東日本大震災の後、南相馬市など福島県内を視察し、マンパワーが決定的に不足している被災地の医療現場を目の当たりにする。

 決断に時間はかからなかった。大学病院を辞めて南相馬市へ移り、翌年4月に市立総合病院で診療を始めた。東京電力福島第1原発の北23キロに位置する「原発に一番近い病院」である。小鷹氏は「最初は1年ぐらいのつもりだったけど...」と苦笑するが、今や南相馬で抜群の行動力を発揮し、21世紀の「赤ひげ先生」として市民から愛されている。
    
 人口6.3万人の南相馬市内でパーキンソン病患者は80人に上るという。自宅で父や母、夫や妻の介護をしながら、病院に連れて行く家族の労力は並大抵でない。そこで小鷹氏は超多忙な病院診療の合間を縫い、毎週木曜日に往診を始めた。使っている電気自動車は、小鷹氏が面識もない日産自動車のカルロス・ゴーン最高経営責任者(CEO)に直訴し、提供してもらったという。

 元船乗りの男性は「南氷洋まで出かけたし、スエズ運河は何度も航行したんだ」-。家を空けてばかりだったが、今は70歳を過ぎたパーキンソン病の妻の介護に専念する。小鷹氏から「罪滅ぼしなんですよね」と言われると、男性は照れくさそうに下を向いた。往診を受ける家庭は介護と震災復興を両立させ、放射能という「見えない敵」とも闘う。ヘルペス脳炎を患う妻の介護に従事する男性は「家内を病院に連れて行けば半日仕事になる。先生が往診してくれるから、私の負担は80%も減った」―
 
 患者の家族は二週間に一度の往診を待ちわびており、先生が到着すると近況を一生懸命に報告する。小鷹氏の勧めによってパーキンソン病の妻を病院に預け、13年間に及ぶ介護生活で初めて温泉に行ったという男性はこう話した。「痰(たん)が喉(のど)に引っかかりはしないかと、一日24時間家内から目を離せない。温泉に浸かって本当に久しぶりにゆっくりできた」―

 小鷹氏の活動は医療分野にとどまらない。大震災後、中高年の男性が引きこもり、アルコール依存症に陥る姿を見て、HOHP(ホープ=引きこもり お父さん 引き戻せ プロジェクト)を立ち上げた。「男の木工教室」や「男の料理教室」などを小鷹氏がプロデュースし、お父さんたちに生きがいを見つけてもらい、自信を回復させようというわけだ。

 小鷹氏は、千年以上の歴史を持つ伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」に参加しようと決意し、乗馬を一から習得。昨夏、甲冑(かっちゅう)に身を固めて騎馬武者デビューを果たした。休日を返上し寝食を忘れて地域に溶け込もうとする姿を、市民がリスペクトしないわけない。今や、地元経済界から推されて南相馬市物産振興会の会長でもある。

 名刺には「エッセイスト」の肩書きもあり、南相馬から情報や洞察を精力的に発信する。今年4月、精神科医の香山リカ氏との往復書簡をまとめて刊行した(「ドクター小鷹、どうして南相馬に行ったんですか?」七つ森書館)。スーパーマンのような活躍だが、気負ったところが全くない。「元々の街の文化を活かしながら、地元の人と一緒に楽しんでいるだけです」―。このさわやかな笑顔が、困難に立ち向かう市民に勇気を与える。

201507_潜望鏡_1.jpg(写真)筆者 PENTAX K-50 使用

中野 哲也

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※この記事は、2015年7月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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