AIで将棋が進化、最後は棋士の地力

《この記事で分かること》

Q 現在、将棋界でAIはどんな役割を果たしている?
A 戦法や局面の研究には欠かせない。終盤ではAIの判断が絶対視されるほど重要になっている。
Q AIを使えば誰でも早く強くなれる?
A 知識は得られるが、AIでは地力が身につかない。一定の実力に達するまでは自分で考えることが重要だ。
Q 将棋の魅力は減っていく?
A AI評価値の表示などで対局の状況が分かりやすくなり、ファンが増えつつある。将棋は、AIにない人間ならではのミスや駆け引きがエンターテインメントとして面白さを生んでいる。


 現在の将棋界に対してAI(人工知能)はどのような役割を演じているのだろうか。ルールが明確なボードゲームは、すべての局面において勝つための指し手が理論的に存在する。将棋はその代表格の一つと言え、AI活用が早くから進んだ。そんなAIと棋士の関わり方について、日本将棋連盟の瀬川晶司理事に聞いた。瀬川理事は「戦法や局面の研究にAIが欠かせない」と語る一方で、「自分で考えなければ地力が身につかない」と指摘し、一定レベルに達するまではAIの活用を控えるよう推奨する。

 将棋界の経験は、人とAIのこれからの付き合い方に関して、さまざまな場面や領域で参考になる点が多いに違いない。

インタビューに答える瀬川理事【2025年11月、東京・千駄ヶ谷の日本将棋連盟】

完全解明

 ボードゲームで勝つための手順をすべて解明できた状態を「完全解明」という。この解明はコンピューターの計算能力が影響するため、ゲームの状態数が膨大になればなるほど解明が難しくなる。オセロは2013年に完全解明された。

 なお、ゲームの状態数は、オセロが10の28乗、チェスは10の47乗、将棋は10の62~69乗と言われる。チェスや将棋はまだ完全解明には至っていない。

 コンピューターと将棋の関係は、1967年に日立製作所が詰め将棋を解かせたことに始まる。約半世紀の研究を経て2005年に「Bonanza」が公開され、07年に渡辺明竜王(当時)と対局。最終的には渡辺竜王が勝利したものの、一時はコンピューターに追い詰められる展開となった。また、Bonanzaを開発した保木邦仁氏は「将棋のルールしか知らない」といい、実力は初心者以下だったという事実も話題を呼んだ。2013年には、Bonanzaを参考に開発された「Ponanza」が公式戦で現役プロ棋士を破り、AIの実力はさらに高まった。

守りよりもバランス

 そして現在。AIは将棋界で戦術研究などに当たり前に使われるようになっている。では、AIの導入で将棋界にどのような変化が起こったのだろうか。まず将棋の戦略が変わったという。瀬川理事は「守備重視からバランス型になっている」と語る。これまでは、将棋を戦争ゲームと捉え、王を囲いで守る「穴熊」などの戦略が主流だった。これは王が「流れ弾」に当たらない、言ってみれば意表を突いた戦法で負けないようにするためである。

 しかしAIの登場により指し手の研究が進んだ。流れ弾に当たる恐れが少なくなり、守備に偏った戦略は評価が下がる傾向にある。今は守りよりも、全ての駒が活用しやすい形が高く評価される。逃げ道を多く確保して流れ弾を避ける、攻守のバランスを取った戦略が主流になっているのだ。

終盤でAI判断は「絶対」

 こうした戦法や局面の研究においてAIは欠かせないと瀬川理事はいう。よく現れる局面をAIを使って参考にしたり、自分の対局を分析して良しあしを確認したりする。AIがなかった時代は感覚に頼るしかなかったが、いまではAIを信用できる指標として使える。特に終盤ではAIの判断は「絶対」とされる。

 AIにより、対局前の過ごし方も変わったという。かつては「将棋は人生経験が出る」と言われ、前日でも映画を見たりスパに行ったりして翌日の対戦に備えることもあった。しかし現在は前日もAIを使って研究する。

 相手が知っていて自分が知らない局面がある場合、局面を知っている側が圧倒的に有利となる。そのため、AIを使って研究した局面を増やす必要があり、会場に向かう電車の中でもスマホで研究する。「まるでテスト前の学生のようだ」と瀬川理事は笑いながら話してくれた。

インタビューに答える瀬川理事【2025年11月、東京・千駄ヶ谷の日本将棋連盟】

地力がものをいう

 ただし、将棋を学び始めたばかりの頃からAIに依存するのは問題がありそうだ。アマチュアとしてはかなり強いレベルである奨励会の級位者レベルでも、「AIを使うのはまだ早い」と瀬川理事は言う。なぜなら、AIが知識を与えてくれても地力は鍛えられないからだ。

 対戦していれば、研究できていない局面は必ず現れる。この時は地力がものをいう。AIの活用によって早くステップアップできそうに思えるが、人間は自分で考えなければ地力は身につかない。またAIは戦略の「理由」までは教えてくれない。なぜその手が良いのかは自分で理解しなければならない。瀬川理事は「たとえAIが100%良いと評価しても、理解できない手は指せない」と語る。そのため、「今でも、まずはできるだけ自分で考えてからAIにかける」ことを意識しているという。

将棋道場が減少

 また、AIの導入により新しい戦略が通用する期間は短くなっている。以前は新戦略を思いつけば1〜2カ月は通用したが、今では使った翌日には対策が採られてしまう。まるで一度きりの新商品になってしまったかのようだ。さらに、AIによって指し手の評価が明確に出るため棋風が没個性化しやすくなったという。AIが導き出す複数の候補の中から「好み」を選ぶ程度しか個性を発揮できなくなっている。

 コンピューター将棋の発展とオンライン化により対局や指導する環境にも変化が出てきている。オンラインでどこでも対局できるようになったため、町中にあった将棋道場は減少傾向にあるという。副次的な問題として、「指導の方法」にも課題が出ている。道場では、いわゆる「接待将棋」のように指導者があえて間違った手を指し、生徒の反応を見るといった育成方法があった。こういった指導者がいなくなれば、AIなどを活用した新しい育成方法を考える必要があるだろう。

ファン拡大の要因に

 瀬川理事がAIを活用し始めたきっかけは、「AIにどうやっても勝てない」と感じた時だったという。この時、職を失うかもしれないと思ったが、そうはならなかった。その理由は、「AI同士の対局は面白くないが、人間にはミスがあるからこそ面白い」と語る。さらにAIによってファンが拡大しつつある。

 プロが対局する局面を見ただけでは、素人にはどちらが優勢なのか分からない。そこに、AIによる評価値が表示され、一気に分かりやすくなったのだ。テレビの将棋番組でもAIによる評価値が表示されている。しかも、一手の間違いでAI評価の勝率が99%から1%まで下がることもある。このあたりの醍醐味(だいごみ)がファン拡大の要因の一つだろう。

心を動かすエンターテインメント

 AIの影響を早くから受けた将棋界では、棋士は職を失うことなく、むしろAIをうまく使いながら共存している。今や局面の研究にAIは欠かせないパートナーとなっており、戦法の質や研究スピードの面からも、AIを使わないという選択肢はほとんどない。さらに、移動時間でもスマホで研究できるようになったことで準備の幅が広がっている。そして、AIで研究された手を知っているかどうかが勝敗を分けるため、対局直前まで継続的な研究が欠かせなくなっている。

 それでも、AIとの付き合い方は、まずは地力をつけ、自分の頭で考えられるようになってからが良さそうだ。さもなければ、AIを使えない場面で人間が何もできなくなってしまうからだ。これは、将棋以外にも当てはまるだろう。

 自動運転などさまざまな領域でAIによる自動化が進み、人が働かずとも暮らす未来が見えてきた。そんな時代に人に求められるのは何なのか。人と人の駆け引きは、AIにない醍醐味を生む。瀬川理事が「心を動かすエンターテインメント」と指摘する将棋は、娯楽の選択肢として人々を楽しませ続けるに違いない。

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新西 誠人