デジタル教科書は主役になるか ~利点と課題を探る~<リポート>
教科書の主役が紙からデジタルに交代する転換点となるのだろうか。今年2月14日、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の作業部会が、デジタル教科書を「正式な教科書」にすることを柱とした中間まとめ案を策定した。学習指導要領次期改訂が実施される2030年度から導入する方針も示した。一方、デジタル化で先行した海外では、紙の良さを再評価する動きもある。デジタル教科書を巡る最新の動向をリポートする。
「代替」から「正式」に
デジタル教科書とは、紙媒体ではなくパソコンやタブレット、スマートフォンなどのICT(情報通信技術)機器で利用する教科書だ。学校教育法では、デジタル教科書は紙の教科書の「代替教材」と位置づけられている。紙の教科書と同じ内容を同じレイアウトで電子化したもので、紙の教科書の代わりとして使うことができる。
文部科学省は2023年、紙とデジタルをハイブリッド(組み合わせ)で利用する方針を示し、24年度に小学5年から中学3年を対象にデジタル教科書を本格導入した。英語は全ての学校で、算数・数学は約6割で導入された。
中間まとめ案では、デジタルを「正式な教科書」として教科書検定や、無償配布の対象とし、教育委員会ごとに紙かデジタルかを選択するとした。一部が紙、一部がデジタルで作られたハイブリッドな形態の教科書も認めるとしている。
なぜ今、デジタル教科書なのか。中間まとめ案は、AI(人工知能)の急速な進化などでICTが社会に浸透したことや、デジタル技術を活用した対話型の学びなどの重要性を挙げた。学ぶべきことが多様化して教科書のページ数が増加する中で、デジタル化による軽量化で児童・生徒の負担を軽減できる効果にも配慮した。
児童はデジタルに手ごたえ
デジタル教科書には、インタラクティブ(双方向性)な機能を生かしたクイズ形式の学習ができることや、わからないことを検索で手軽に調べられるなど、さまざまな利点がある。動画や音声によるマルチメディア教材の活用は、理解を深める上で有効だろう。
文科省が2020年度に実施したアンケートで、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」の視点から授業の達成度について児童に聞いたところ、デジタル教科書の方が手ごたえのある授業だったと感じる児童が多かった。
授業方法に関する児童・生徒による評価
(出所)文部科学省の「学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する 実証研究事業」の成果について(2020年度)を基に作成
指導の効率化も
教員にもメリットがある。デジタルなら教材の一括管理や児童の理解状況の可視化などが容易で、児童・生徒の達成度に合わせた指導を行いやすい。生徒がどこでつまずいているのか把握しやすく、的確な指導による授業の効率向上が期待できる。社会的にも紙資源の節減のほか、印刷・製本・輸送などが不要になるため、二酸化炭素(CO2)排出量の削減など、環境負荷の軽減にも寄与する。
先行した諸外国の教訓
とはいえ、デジタル教科書もいいことずくめではないようだ。先行して導入した諸外国でさまざまな課題が浮かび上がっている。韓国では2011年に「スマート教育」政策が始まった。一部で学習効果の低下や生徒の集中力の欠如などが指摘されたほか、教員のIT(情報技術)スキルの低さや家庭環境の格差など、デジタル学習の普及に向けた課題がいくつも出てきたという。
完全デジタル化を推進したスウェーデンでは読解力の低下が指摘され、再び紙の教科書を一部復活させた。ノルウェーやアメリカの一部でもデジタル依存の影響を検証する研究が進められており、デジタル化に慎重な意見も根強い。
これらの事例は、技術を過信し、肝心な教育の内容や理念がなおざりなれば、教育の質を維持できなくなることを示している。
「読む」と「記憶」は別物
デジタル化で留意したいのは、「読むこと」と「記憶すること」の質的違いである。さまざまな研究で、紙に書かれた文章を読む方がデジタル画面で読むより、理解力・記憶定着率ともに高いとする結果が報告されている。特に、長文の読解や構造的な理解が必要な科目では紙の方が優れているという見解が多い。
言語脳科学が専門の酒井邦嘉東大教授は、「人間の脳の特性を踏まえると、学習に最も適しているのは紙媒体だと言える」(読売新聞=2025年4月25日)との見解を示している。人の脳は、いつ、どこで、誰が、何をしたかをエピソードとともに覚えるため、紙の教科書なら、どのページのどこのあたりに書かれていたか、その時の手触りはどうだったかといった手がかりが多く、記憶を定着しやすいという。
デジタル教科書には、画面を見つめることによる目の疲労など身体的な負担もある。各家庭の経済状況に応じたネット環境の有無など「デジタルデバイド」の問題も軽視できない。経済格差を教育格差に直結させない配慮が求められよう。
使い分けが重要
文科省が今年4月に発行した「デジタル教科書をめぐる状況について」によると、アンケート調査で紙とデジタルの使いやすさを質問したところ、小中学生は紙の教科書 について「書き込みやすい」「自分の学んだことを残しやすい」と感じていることが分かったという。一方、デジタル教科書は「いろいろな情報を集めやすい」「図や写真が見やすい」などの項目で評価が高かった。
技術進歩による社会のデジタル化、IT化の流れはとどまるところを知らず、教育も例外ではあり得ない。紙とデジタルのいい面を併用することが、最も現実的だろう。学習の初期ではデジタル教材で子供の興味を高め、理解を深める段階に進んだら紙教材で知識の定着を図るなど、教える側が上手に使い分ける必要がある。
学習者用デジタル教科書と紙の教科書の使用感の比較
(注)小学校中高学年と中学生の3万455人が回答
(出所)文部科学省委託のアンケート調査「学習者用デジタル教科書の効果・影響等の把握・分析等に関する実証研究事業」(2024年度)を基に作成
教科書を「知のパートナー」に
教科書について考える上で大切なのは紙とデジタルの二者択一ではなく、「どちらも効果的に活用する」視点だ。デジタルも紙も、それぞれの特長を最大限に引き出して子どもたちの学びを豊かにする方策を探る不断の努力が求められる。
技術向上による利便性に安易に頼るのではなく、子どもたちにとってどのような学びが有用なのか、真剣に考え続けねばならない。紙とデジタルの活用を通じて、教科書を単なる「情報の器」ではなく、学びを深め、考える力を育む「知のパートナー」へと進化させたい。
ビジネス現場にも応用を
ビジネスの現場でも、オンライン会議やデジタル資料が主流となる中で、「紙で読んで考える」「書いて整理する」ことの重要性が再認識されつつある。「会議の前に紙の議事録を読み込んだら議論の全体像がつかめた」「頭に浮かんだ考えを紙に書き出したら、いいアイデアがまとまった」といった経験のある人も多いのではないか。
ビジネス書や技術書でも、「紙の方が集中して読める」「マーキングや付箋を使いやすい」といった声が紹介されている。教育での知見を応用して、ビジネスのパフォーマンス向上につなげたい。特に若手社員の研修や自己学習には、デジタルと紙の併用が有用ではないだろうか。