AIは社会の仕組みを変えるか

 急速に進化・普及しつつある人工知能(AI)は産業の構造や形態、雇用・労働に大きな影響を及ぼそうとしている。どこまで進歩し、私たち人間の働き方にどのような影響を与えるのか。日本経済研究センターの岩田一政代表理事・理事長にAIの進歩に対する備えを聞いた。(共著 主任研究員 小林悟)

岩田一政理事長

新たな産業革命となりうる

――昨今のAI革命は、過去の産業革命とどのような点が異なるか。

 第1次産業革命では、人力・馬力によって行ってきた肉体労働が蒸気機関に置き換えられた。第2次産業革命にあたる自動車・電力革命は、工場の電化、家庭や街のガス照明が電球に置き換えられる等、幅広い経済活動・生活様式に変化をもたらした。労働力を一部代替したかもしれないが、変化によるプラス効果が勝り、総じてみると新技術は労働に対して補完的だったと言える。一方、インターネットに始まるデジタル革命は、製造業においてグローバルな分業体制を加速させ、米国など先進国における製造業従事者の雇用を脅かし、所得格差を拡大させた。

 このように、これまでの産業革命は新技術が労働者を代替する場合においても、その範囲は限られていた。しかし、AI革命は、その活用方法にもよるが、幅広い労働者が代替される可能性がある。技術的な理由により、まずは事務職など(ホワイトカラー)を置き換えられると考えられる。その後、ロボットの量産技術が確立し、現場職や技術職など(ブルーカラー)の雇用を脅かし始めるだろう。

人間の知能を超えるか

――AIはどこまで進化すると考えられるか。

 AIが人知を超越し、人の手を介さない自己進化を始めるシンギュラリティ(技術的特異点)にまで達するのかどうかについては、経済学者の中でも意見が分かれている。例えば、ロバート・ゴードン教授(ノースウエスタン大学)は、2021年にAI技術は既に頭打ちになっており、経済に対して大きなインパクトを与えないのではないかと論じている。私の個人的な見方では、AIはまだ進化の途中であり、社会に与える影響はさらに拡大するのではないかと考えていた。

 生物史におけるカンブリア紀では、海中の酸素濃度が高まり、生物が目を備えたことにより、爆発的な進化が促され、アノマロカリスのような捕食生物まで誕生した。現在のAI進化の勢いは、まさにカンブリア紀のようで、データ(酸素)をもとにすさまじい勢いで続いている。カンブリア紀と同様、AIの進化が行き着く先はまだまだ想像しきれない。

開発競争は米中が先導

――AI業界で中国の存在感が高まっている。その原動力は? 

 世界のAI関連のエンジニアに占める中国人の存在感が高まり続けている。優秀な中国人は米国の大学院で学んでいるため、中国企業における人的資本は米国企業のそれと比べても全く劣後していない。そのため、AI開発の最先端を走っている米国に中国はついていくことができている。

 中国人がAIに強い関心を示したきっかけの一つに、グーグル傘下のディープマインド社が開発した囲碁のAIソフト「アルファ碁」がプロ棋士を打ち破ったエポックメイキングなニュースが挙げられる。中国における伝統的な競技である囲碁において人間が敗れることは、多くの中国人にとって衝撃的だった。さらに、アジア人から有名なAI人材が輩出されたことも、中国におけるAI熱に火をつけた。

 グーグルチャイナ元社長の李開復(リー・カイフー)氏はその筆頭で、彼の著書「AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order=AI超大国:中国、シリコンバレー、そして新世界秩序」はスタートアップを目指す中国人学生のバイブルとなっている。中国政府による資金面でのサポートのみならず、中国人の熱意も中国のAI開発を加速させる原動力となっていると言える。

米テック企業、テクノ・リバタリアニズムにまい進

――AIとの向き合い方は国・地域で異なる。その背景は?

 米国における大手テック企業のトップは、(テクノロジーと新自由主義が融合した)テクノ・リバタリアニズムという思想をもとに、創造的技術破壊やロビー活動にまい進している。テクノ・リバタリアニズムは、政府による過度な規制を批判し、AI等のテクノロジーをもとに効率的な経済を実現し、自由原理優先主義(リバタリアニズム)を目指す思想である。

 米国ではAIという新技術が経済を効率化させ、人は真に創造的な活動のみに従事する世界が実現すると信じられている。もちろん、多くの労働者がAIに置き換えられるため、テクノ・リバタリアンたちは、AIが生み出した付加価値を広く分配する「ベーシックインカム(注1)」を導入することを提唱している。

 テック企業の経営者は、AI開発によるイノベーションが、SFで描かれるような真のリバタリアニズムを実現できると強く信じているようだ。そのような思想と米国の国策が相まって、米国におけるAI投資が加速していると評価できる。

 デジタル革命が結果として経済格差を拡大したことを鑑み、市場原理のみには頼れないとする国家群も存在する。その最たる例は中国であり、国家主導でAIを開発し、管理されたデータベースでその普及を推進するというスタンスを貫いている。欧州では、法の支配の考え方のもとで規制というガードレールを敷設したうえで、秩序のあるAI開発を推進しようとしている。台湾では、AI技術を民主主義体制強化のために活用すべきとの観点から、シンギュラリティではなくAIのプルーラリティ(多様な活用方法)に注目すべきであるとしている。

日本凋落の再現を危惧

 日本の政策スタンスは、米国と欧州の中間に位置し、AIがすべての労働者を代替できるような極端な世界にならないようにコントロールしようとしている。もっとも、日本におけるAI関連投資への国家予算は、米国企業や日本の一部企業の投資額と比べて、極めて少額であり、国家としての主導力が疑われる。このままでは、かつて世界を席巻した半導体産業の凋落(ちょうらく)が再現されるのではないかと危惧している。

 さらに、日本ではデータベースの統一化は周回遅れとなっており、テコ入れが欠かせない。この点、個人情報のポータビリティ、マイナンバーの活用促進や、電子カルテの統一化等が強く求められる。企業部門においても、各社でカスタマイズされたシステムが情報の統一化の障壁となっており、政策的な議論が必要だろう。AI時代は、データは力の源泉となることを強く認識すべきだ。

ローマ時代に学ぶ

――AIは働き方をどう変えるのか。

 米国が目指すテクノ・リバタリアニズムの終着点においては、イーロン・マスク氏が指摘するように、既存の労働の多くがAIに置き換わり、人間は趣味と仕事が一体化しよう。古代ローマ帝国では奴隷が労働に従事し、ローマ市民がパンとサーカスに興じていたが、AI社会はそれを再現することになる。

 古代ローマ帝国が滅亡したという史実をもとに、こういった社会をディストピアとみなす意見が存在する一方、社会制度がうまく適応する場合には、ユートピアになる可能性も秘めており、現時点で結論付けることは難しい。AIが生み出した余暇を、子育てやリスキリング等、人間的に重要な活動に割けるならば社会厚生は改善され、ユートピアになることもある。

 もっとも、AIがホワイトカラーとブルーカラーの労働力の多くを代替することは間違いない。前述したベーシックインカムの導入等、社会制度の抜本改革を行わない限り、社会は不安定化するだろう。AIが生み出した付加価値をどのように分け合うのか、という国民的議論が欠かせない。

欠かせない学び直し

――AI社会における人的資本投資とは

 報道によると、米国では、AIによる脅威にさらされるホワイトカラー労働者が、配管工のようなブルーカラーに転じ、所得アップを実現している例があるとされている。この例は極端かもしれない。もっとも、職業訓練などリスキリング(注2)の仕組みが社会的に実現していることが前提となる。

 日本企業では、社内研修やオンザジョブトレーニング(注3)による人的資本投資が行われてきたが、AIが労働者に求められる技能を激変させるもとで、時代に取り残される可能性がある。日本においても、社会人が大学院で学び直すことや、AI人材育成のためのマイクロサーティフィケーション(注4)など、産学が連携して人的資本を蓄積するような仕組みをつくることが早急に求められる。

〔略歴〕
岩田 一政(いわた・かずまさ)氏
1970年東京大学教養学部卒業、経済企画庁(当時)入庁。経済協力開発機構(OECD)、同庁経済研究所主任研究員を経て同大学教養学部助教授、91年同大学教授。内閣府政策統括官、日本銀行副総裁、内閣府経済社会総合研究所所長を経て、2010年から公益社団法人日本経済研究センター代表理事・理事長。

注1=「ベーシックインカム」は、すべての個人が、無条件に、一定の額の金額を定期的に受け取ることができる制度。
注2=「リスキリング」は、社会構造の変化に伴い、今後必要となる新しい業務・職種に適応する技術や知識を改めて習得することを指す。
注3=「オンザジョブトレーニング」は、日常の仕事を通じて必要な知識・技術・技能・態度などを身につけられるよう、意図的・計画的に指導することを指す。もっぱら、職場の上司や先輩が実務を通じて新入社員や若手に指導・教育を行う。
注4=「マイクロサーティフィケーション」は、短期間で特定の専門スキルや知識を習得・証明する小規模な認定制度。

《インタビュー要旨》

岩田一政・日本経済研究センター理事長のインタビュー要旨は次の通り。

・人工知能(AI)革命によって、まずは事務職などホワイトカラーが影響を受け、その後ロボット量産技術が確立し、現場職や技術職などブルーカラーの雇用を脅かすだろう。
・AI開発について米国は民間主導、中国は国家主導、欧州は規制重視。日本は米欧の中間だが、投資が少額、データ整備の遅れが懸念される。
・ベーシックインカムの導入など社会制度の抜本改革、AIが生み出した付加価値の分配に関する国民的議論が欠かせない。
・日本は大学院での学び直しやAI人材育成に向けたマイクロサーティフィケーションなど、産学が連携した人的資本蓄積のための早急な仕組み作りが求められる。

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榎 浩規