AI時代、最重要は経営者の意識改革
AI(人工知能)が急速に進化し、使い方が企業経営の巧拙を分ける時代になろうとしている。そうした中でAIが社会でどのように使われ、どのような効果を上げるのか、不透明な部分もある。ICT(情報通信技術)研究の第一人者であり、ユニコーン企業(評価額10億米ドル以上の未上場ベンチャー企業)の社外取締役も務める森川博之・東京大学大学院工学系研究科教授に、企業がAI時代に対応するには何が必要なのか聞いた。森川教授は「AIをビジネスに密接に関連づける意識変革が経営者に最も重要」と強調した。(共著 研究員 仲村 直人 主席研究員 田中 美絵)
森川博之教授【本人提供】
「分からない」を前提に走る
――AIの普及は、生活パターンから企業経営まで変化させる?
AIによって世の中がどう変わるか、誰も分からない。40年前にパソコンが登場した時、「夢の機械」と言われた。「生産性が飛躍的に上がる、仕事の仕方が大きく変わる」などと言っている人はいたが、当時から現在のような普及や日常生活での使われ方を予測できた人は、ほとんどいなかった。分からないことを前提に走りながら、AIへの対応を考えていくしかない。
AIに関する議論は複数の大企業の経営陣としているが、AIを活用した経営やビジネスへの影響などの先行きについて結論は出ない。ただAIは確実に普及し、世の中を大きく変えるとの認識を経営陣がまず持ってもらうことが重要だと思う。
ビジネスに役立てるには...
――影響は限定的とみる懐疑派も存在する。
一般に価値の創造と価値の獲得には違いがある。AIなどの技術で新しい製品やサービスを実現するのが価値創造であり、それらがビジネスとして実際に収益に結びつくのが価値獲得。AI、特に生成AIは、現時点ではハルシネーション(幻覚。事実ではない情報を「もっともらしく」作り出してしまう現象)も無視できず、ビジネスに役立っているとは言えない。本格的に役立つようになるには、いろいろな場所や立場の人に使ってもらうことが重要な段階だ。AIを使い倒すことが必要であり、そうしないと何が経営やビジネスに役立つのか、発見できないだろう。
研究室の学生でも、AIを本当に使い倒しているのは数名。チャットGPTやジェミニ、クロードなどいろいろなAIがあり、それぞれ特徴、強みが違う。学生はそれらを使い分けて利用し、研究シミュレーションまでAIで行っている。私も彼らに使い方を教わっている。ただ、使い倒すためには1人あたり1カ月に数万円くらいの支出が必要で、予算もそれなりにかかる。AIを真に有効活用するために不可欠と考えている。
共感力が不可欠
――企業の現場や経営は、そこまでAIを活用していないのでは。
「テトリス」型経営が求められると訴えている。テトリスは、パーツを回転させてきちんとパズルの穴にはめていくゲーム。AIも企業もパーツと考えると、うまく組み合わせることが重要。現場業務をそのままにしてAIを活用しようとしてもビジネスで有効に利用するのは難しい。例えば生産現場の業務にAIを取り入れる際には、両者を組み合わせるスキルが求められるが、現場の人だけで担うのは難しい。
従来のやり方を変えるのは面倒くささが先に来てしまうため、現場の人には「パーツを回転させる(既存のやり方から脱却する)」ことはなかなかできない。必然的に違うチームが必要となり、現場とAIをつなぐ人材には異なるバックグラウンドの知恵や知識、経験を理解する「共感力」が不可欠だ。こうした人材は組織への愛着、愛情が基本的に求められるので社内の人がよいと思う。外部のコンサルタントなどがやっても、現場の人たちの共感を得られず、AIによる変革は厳しいのではないか。
「気づき」に欠かせない多様性
――企業変革を成功させる第一歩は?
AIで新たな方式を考える時には、「気づき」が欠かせない。「気づき」には多様な人材のチームが不可欠になる。最先端の通信技術の社会実装に関するプロジェクトを手伝っているが、そのチームでは情報通信とは関係のないバックグラウンドを持つ人に入ってもらっている。そのような人たちの素朴な質問は新たな「気づき」につながるケースが多い。既成概念にとらわれない素朴な質問は結構、本質をついている。共感力がないとそうした意見やアイデアを言われても組織としての「気づき」に結びつかない。
ある英フィンテック(金融とITを融合させたサービス)ベンチャーが「パブで銀行窓口のようなサービスを提供したらお客はどんな反応になるか」という動画を作成した。(動画を見せながら)内容は「客がコーヒーを注文しようしたら、初めに番号札を取ってください。自分の順番が来てコーヒーを注文したら、コーヒーの担当者を呼んでくるので、少々お待ちくださいとなり、待ち時間にサービスに関するアンケートをされ、最後の支払いではコーヒー代金に加え手数料まで取られた」というものだ。銀行窓口のサービスは何か変だと気づかされるのだが、こうした動画は銀行の人だけでは作成できない。
夢を持ち過ぎない
――AI活用には大きな可能性が広がっている?
技術に夢を持ち過ぎてはいけない。夢は描けても、誰も求めていない(未来を描く)という結果になりかねない。数年前に「スマート・イナフ・シティ」という著書を書評したが、内容はテクノロジードリブン(技術主導)の米国のスマートシティープロジェクトは、ことごとく失敗に終わっているということが書かれていた。住民のニーズを無視していたからだ。
世界でスマートシティー作りに比較的成功しているのはデンマークと思うが、計画を進めるに当たり、大人だけでなく、小学生や中学生とも議論している。技術者や行政サイドだけでは得られない「気づき」が欠かせないと認識しているからだ。またグーグルの消費者満足度を考えるチームでは、どのような人材が必要かという問いに対して、「技術に疎い人」と言っている。
失敗はノウハウを学ぶ機会
――AI時代に求められる経営者の役割は?
経営のトップ層がまず意識を大きく変えないといけない。「失敗」を許容できる企業文化を醸成する必要がある。DX(デジタルトランスフォーメーション)からAIへ変化が速い時代に成功している企業は、多くの教訓、ノウハウを学ぶ機会として「失敗」に寛容な傾向がある。
共感力がある人の育成に向けて、「他部署へどれだけ貢献しているか」という項目を入れることも有力だ。共感力を高めるには、他の組織に役立つことを考えるようにすることが重要だからだ。
変化が速い時代なのでKPI(重要業績評価指標)も頻繁に変更するべきだ。ITやAIを駆使している某人材派遣会社ではKPIは1~2カ月で変えていると聞く。新しい技術進歩や状況変化に対応し、仕事の本質を考え、いち早くKPIに取り入れているという。
変革に成功した企業が大きく変わるきっかけは「危機」であることが多い。危機から立ち直った企業では立て直しの立役者が評価されるが、能力本位で立役者を後任に据えた経営陣も評価すべきだと考えている。
経営者など社会のリーダーの方々と意見交換する機会は少なくないが、その際には「変わらないために、変わり続ける」という考え方を伝えている。企業の存在意義、いわゆるパーパスは大きくは変わらない一方、変化の激しい時代においては、それを保ち続けるためにも状況に応じて変わり続ける必要があるという意味だ。単に部下や社員に「変わろう」と呼びかけるだけでは、かえって疲弊感を生みかねない。「(企業の)存在意義は変わらない」という前提を共有すると、納得感が広がりやすいようである。
〔略歴〕
森川 博之(もりかわ・ひろゆき)氏
1992年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、2017年同研究科教授。一般社団法人情報通信ネットワーク産業協会会長、AI開発スタートアップのプリファードネットワークス社外取締役などを兼務
《インタビュー要旨》
森川博之教授のインタビュー要旨は次の通り。
・AIによる経済社会への影響は、パソコンやインターネットの登場時と同じで誰も分からない。大企業の経営陣ですらAIビジネスの先行きについて確かな見通しを持ってはいない。
・ビジネスにAIを役立てるには、いろいろな立場やバックグラウンドの違う人がAIを使い倒すことが重要。そうしないと何が役に立つのか発見できない。素朴な疑問が「気づき」を生む。
・新たな「気づき」を得るには、バックグラウンドが異なる人をつなげられる「共感力」が求められる。このため、多様性を理解できる社内人材が不可欠。
・技術に夢を持ち過ぎてはいけない。誰も必要としていない未来を勝手に想定しても失敗する。ただ失敗に寛容であることが重要。多くの教訓、ノウハウを学ぶ機会になる。
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小林 辰男