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紙の博物館

= 創設70周年を迎える「紙の博物館」 =

2015年10月01日

社会・生活

研究員 
平林佑太

 JR京浜東北線の王子駅(東京都北区)にほど近い飛鳥山公園は桜の名所として知られ、春になると花見客でにぎわう。公園の一角には「紙の博物館」があり、王子は日本の洋紙発祥の地とされる。

 

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 明治維新以降、日本は近代国家の仲間入りをする上で大量の紙が必要となる。幾つか建てられた製紙工場の一つが、1873年に渋沢栄一の提唱により創業した「抄紙会社(しょうしがいしゃ)」である。当時の東京府下王子村で洋紙生産を始め、後の社名変更で「王子製紙王子工場」となり、この国の製紙産業の礎(いしずえ)になる。

 この工場の電気室を利用し、1950年に製紙記念館を創設。「紙の博物館」と改称し、1998年にリニューアルオープンした。学芸員の平野祐子さんは「和紙、洋紙を問わず、紙に関する資料を幅広く収集・保存・展示する、世界有数の紙の専門博物館です。国内だけでなく欧米やアジア各国も含め、年間約3万5000人の見学者をお迎えしています」という。

 スマートフォンなどが急速に普及する半面、「紙」の書籍・新聞離れが叫ばれて久しい。今なぜ紙の博物館が多くの人を引きつけるのか。疑問をぶつけると、平野さんは間髪入れず、「紙は何よりも実績があるんです!」―。中国の蔡倫(さいりん)が製紙法を改良し、紙を実用化したのは西暦105年にさかのぼる。610年にはそれが日本に伝来し、奈良の正倉院には約1300年前の紙の文書が保管されている。

 平野さんは紙の利点について「安価かつ加工が容易で保存性に優れる上に、人間の五感に強く訴えるのです」と指摘する。例えば、紙を一枚一枚めくることで、その行為自体と紙の持つ情報が同時に、人間の記憶に鮮明に刷り込まれる。このため、記憶の持続性と確実性が増すというわけだ。とはいえ、速報性や容量ではスマホに代表される電子媒体にかなわない。平野さんは「だからこそ現代社会では、その『使い分け』が重要になります」と強調する。

 製紙業は森林資源に依存するが、平野さんは「製紙業は地球に優しい産業なのです」という。日本の場合、現在は原料の64%を古紙、20%を植林、残りも廃材などを利用している。再利用のサイクルが確立し、「紙はゴミではなく、資源である」という考え方が今や社会全般に浸透してきた。

 2020年の創設70周年を前に、紙の博物館は「紙で旅するニッポン」と題するシリーズ企画展を始めた。日本の製紙業の歴史や特徴などを地域ごとに紹介している。昨年、ユネスコ無形文化遺産に「日本の手漉(てすき)和紙技術」が登録され、和紙への注目が高まっている。紙という不思議な媒体には、まだまだ未知の魅力があるかもしれない。

 

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       紙の博物館 学芸員 平野祐子さん (写真) 筆者

紙の博物館_pic3.1.jpg (提供) 紙の博物館 

平林佑太

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※この記事は、2015年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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