2024年11月26日
社会・生活
研究員
河内 康高
日本ラグビーフットボール協会は「ラグビー憲章」で、選手やチームスタッフの行動指針として「地域社会との交流を深め、地域の社会活動と協働によりスポーツ振興に貢献します」と定めている。地域社会との絆を育み、社会貢献を通じてラグビーが誰からも愛され、親しまれ、楽しめるスポーツになってほしいという思いが込められている。国内最高峰のリーグに所属する「リコーブラックラムズ東京」はチームコンセプトの一つに「社会への貢献」を掲げる。チーム創設以来、地域の人々との絆を深めるため、健康や教育の支援活動を続けている。ラグビー憲章が掲げる理念をどのように実践しているのか、リポートする。
ブラックラムズ東京は東京都世田谷区を本拠地(ホストエリア)としている。多摩川沿いの住宅街の一角にあるグラウンドでは、多くの地元住民らが選手たちの激しい練習を応援しながら見守る。これまでの社会貢献活動の成果と言えるだろう。地域で愛されていることが伝わってくる。
2024年7月4日、ブラックラムズ東京が世田谷区の九品仏あんしんすこやかセンターで開催した「健康講座」に足を運んでみた。講師は、試合で最前列のプロップを務めるパディー・ライアン選手(背番号3番)。元オーストラリア代表で身長190センチ、体重120キロの巨漢である。地域の高齢者や健康に関心のある人々を対象に、健康維持や病気予防のための「ラグビーエクササイズ」を実施した。
パディー・ライアン選手【7月4日、東京都世田谷区】
エクササイズでは選手たちが日頃の練習で使用するラグビーボールを使い、基本的なパスの技術である「ストレートパス」と「スクリューパス」を指導した。
最初は回転をかけないで投げる「ストレートパス」。3~4人のグループに分かれて、パスの出し手が1メートルほど離れた相手の胸をめがけて優しく投げる。真っすぐ相手に渡せばいいだけなのに、これがなかなか難しい。ラグビーボールは楕円(だえん)形でハンドリングがうまくいかない。
次に、ボールを回転させて投げ、遠くの味方選手に正確に届ける「スクリューパス」を試した。しかし、うまく回転しなかったり、力を入れすぎてあらぬ方向にボールが行ってしまったり...。ほんの数メートル先の相手にパスするだけなのに参加者は四苦八苦していた。
そのうちに身体が温まり、じわりと汗がにじみ出てきた。激しい動きではないから、高齢者から子供まで幅広い世代が一緒に参加できるエクササイズだ。
パスのエクササイズ【7月4日、東京都世田谷区】
講師のライアン選手がお手本のパスをすると、「シュパッ」という切れ味鋭い音とともにまっすぐ、きれいな回転をしながら相手の胸元にピタリと届く。それを見た参加者たちは「選手たちはこんな難しいことを、広大なグラウンドを全力疾走しながらやっているのか」と驚きの声を上げ、拍手が沸き起こった。
講座の後半は、正しい歩き方やすきま時間で簡単に筋力維持ができるトレーニングなどを実施。ライアン選手と一緒に体を動かし、日頃の運動不足を見直す良い機会となったようだ。
ラグビーを初めて体験したという参加者は、「選手と一緒にエクササイズしたことでとても興味が湧いて、実際の試合も見てみたくなりました。今日から私もブラックラムズファミリーの一員です」と笑いながら語っていた。
筋力維持のトレーニング(左)と参加者の皆さん(提供)ブラックラムズ
ブラックラムズ東京は将来を担う子供たちを対象にした活動にも力を入れている。7月13日、瀬田小学校の3年生向け授業に「ゲストティーチャー」としてブラックラムズOBの大山大地さん(ホームタウン担当)と髙橋英明さん(主務担当)が訪問し、ラグビーの魅力を紹介した。
講師の髙橋さん(左)と大山さん【7月13日、東京都世田谷区】
「名前に大が二つあるから『ダイダイ』と呼んでね」―。大山さんが自己紹介をすると子供たちは笑いながら「ダイダイ!」と元気に叫び、いきなり大人気に。一瞬で子供たちの心をつかんだようだ。
最初は体育館の中をぐるぐると回りながら、ウオーミングアップ。しかし、ただのウオーミングアップではない。不定期にブザーが数回鳴り、鳴ったブザー回数分の人数を集めて座るというゲームを織り交ぜた。
身体が温まってきたところで、子供たちは3~4人のグループに分かれてパス回しをする。ラグビーボールを初めて触ったという子も多く、小さい手では難しそうだった。それでも練習後には「10秒間で何回パスをできるか」をチームで競い合っていた。
最後に、体を捕まえて相手を止めるタックルの代わりに「タグ」と呼ばれる腰に付けた布を取る「タグラグビー」に挑戦。ボールを持つ攻撃側は、あらかじめ決められたゴールに向かって走り「トライ」を狙う。守備側は相手の「タグ」を取れば攻撃を阻止できるというルールだ。
タグラグビーで果敢にチャレンジする子供たち【7月13日、東京都世田谷区】
試合は男女合同で行った。大山さんが「失敗してもいいよ!どんどんチャレンジしてみよう」と声をかけると、子供たちは真剣な表情で体育館を走りだす。楽しみながらラグビーに触れ、その魅力を実感できた様子だ。「みんなと協力してパスをたくさん回せた」「どうやって相手を抜けばいいか考えて、いろんなチャレンジができた」「ラグビーを初めてしたけどすごく楽しかった」と元気な答えがたくさん返ってきた。
授業の終わりに大山さんが自身の体験談を交えながら、「仲間との協力が成功へのカギ」「夢を追いかけ挑戦をどんどんやっていくことが大切」などと熱心に話すと子供たちは目を輝かせ、真剣に聞いていた。
真剣に話を聞く子供たち【7月13日、東京都世田谷区】
「子供たちは、時に勝ちにこだわり過ぎて独りよがりになってしまったり、失敗を過剰に怖がってしまったりします。しかし、ゲストティーチャー(の授業)を経験した後は、みんなと協力したり、失敗を恐れず挑戦するようになったりと、考え方や行動の変化を感じます」
この日訪問した瀬田小学校の教諭は、ラグビーの授業を通じて子供たちの成長を実感しているという。講師を務めた大山さんらは、熱心な指導で皆の心をつかんだ。大の仲良しとなった「ダイダイ」と子供たちは、ハイタッチをしながら別れを惜しんでいた。
ハイタッチで授業終了【7月13日、東京都世田谷区】
ホストエリアである世田谷区での社会貢献活動に力を入れるブラックラムズ東京。健康講座では、地域の高齢者らと一緒にラグビーボールを使って楽しく身体を動かし、健康維持に貢献している。こうした活動を通じてラグビーに親しんでくれる人が増え、地元での応援の輪が広がっていくと期待する。
小学校を訪問するゲストティーチャー活動では、子供たちにラグビーの魅力を伝え、協力や挑戦の大切さを教えて成長を支援。プロのアスリートと触れ合う機会は、子供たちが将来の夢や目標を見つけるきっかけにもなりそうだ。これまでに世田谷区内の小学校の約9割を訪問し、触れ合った子供たちの数は延べ1万人を超えている。ラグビーに興味を持った子供たちが成長し、ブラックラムズ東京の新たな戦力として、いつの日か加入するかもしれない。
12月21日、リーグワンの2024-25シーズンが始まる。ブラックラムズ東京は、地域住民の熱い期待を背負い、今シーズンも全力でプレーする。地域との絆を深め、社会貢献活動を通じて得た応援の輪が、チームの原動力となることだろう。「協力」と「挑戦」を胸に闘う姿をわれわれに見せてほしい。
河内 康高
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