ウェルビーイングは何を目指す ~ポストSDGsの本命か~<リポート>
よりよい社会の実現に向けたキーワードとして「ウェルビーイング」という言葉が、さまざまなイベントや文書などでよく使われるようになってきた。社会課題の解決と言えば「持続可能な開発目標」(SDGs=Sustainable Development Goals)が有名で、ウェルビーイングは「ポストSDGs」の本命と目されているという。そもそもウェルビーイングとは何で、SDGsとはどう違うのか。注目される理由や背景を探り、今後を展望した。
SDGsの17目標と169ターゲット
SDGsは、持続可能な社会の実現を図るため、17の目標(ゴール)を掲げている。1番目の「貧困をなくそう」に始まり、人権尊重や環境保護、平和など幅広い社会課題の解決を目指している。
17目標を表すカラフルな「ロゴ・アイコン」を目にしたことのある人も多いだろう。ゴールの下には具体策や数値目標を示す169のターゲットがある。こうした広く深い課題設定によって、世界の「誰一人取り残さない」という理念をうたっている。SDGsが2015年に発表されると、知名度は一気に高まった。日本ではビジネスパーソンはもちろん、小学生でも聞いたことのない人はいないと言われるほどだ。
SDGsの17目標(左)と、そのロゴ・アイコン(出所)国連
2030年の達成は絶望的か
SDGsの目標達成の期限は2030年で、猶予はあと5年にも満たない。達成状況はどうか。国連の報告書によると、SDGsの17目標169ターゲットの進捗(しんちょく)状況を世界全体で調べたところ、30年の達成に向けて「順調に進んでいる」と判断されたターゲットは、評価可能な135ターゲットのうち17%にあたる23ターゲットにすぎなかった。コロナ禍やウクライナ戦争など想定外の出来事に世界中が揺さぶられたことも逆風となった。この調査結果を見る限り、期限内の目標達成は絶望的だと言えるだろう。
2015~2024年の世界集計データに基づく目標全体の進捗状況
(出所)SDGs報告書2024(国連)を基に作成
見えてきた課題
SDGsが目指すゴールに共感する国は多い。ところが、いざ実行に移そうとすると「資金の壁」に阻まれる厳しい現実もある。SDGsの進捗度を国別に見ると、1位はフィンランドで、スウェーデン、デンマークと北欧の国々が続く。上位には先進国が並び、日本も18位と上位集団に位置する。
一方、下位グループに目を向けると、165位チャド、166位中央アフリカで、最下位の167位は南スーダンだ。貧しいアフリカ諸国が下位に沈んでいる。SDGsで取り残されてはならない国ほど課題が山積しているうえに、解決に必要な資金の不足が深刻だ。こうした国々では、限られた資金を元手に、どこからどう手を付けたものか、戸惑っているのが実情と言えそうだ。
SDGs目標は、「あるべき姿」を幅広く網羅している。その一方で、目標の優先順位や目標同士の整合性について、精緻に定められているとは言えない。各国の自由度が高い利点がある一方で、具体策が各国に「丸投げ」された感もある。全体として取り組みの方向性が定まらず、大きな推進力につながらない弊害あるようだ。
反対勢力の台頭で窮地に・・・
進捗の遅れに追い打ちをかけたのが、外部環境の悪化である。国連の常任理事国のロシアが隣国ウクライナに一方的に侵略戦争を仕掛けたことは、国際的分断を加速させ、SDGsのようなグローバルな取り組みに大きな逆風となった。米国では、自国第一主義を掲げて環境問題や多様性に後ろ向きなトランプ政権が誕生し、国際協調が欠かせないSDGs目標の達成は、危機的状況に直面している。
SDGsの期限内達成に暗雲が広がる中、国際社会ではポストSDGs、つまり2030年以降の目標をどうするかを巡る議論が、国連の専門家委員会を中心に積極化している。達成時期にこだわらず取り組みを延長すべきとするグループがある一方、SDGs目標に代わる新しい概念の導入を求める声も上がっている。
「ウェルビーイング」とWHO憲章
そんな中、新しい概念として、個人に焦点をあてた「ウェルビーイング」が、世界各国で注目を集めている。ウェルビーイングとは、英語表記の「well-being」が示す通り、「よい状態」のことだ。世界保健機関(WHO)憲章が21世紀にふさわしい表現に改定された際、「健康の定義」の中に記された。
健康とは、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること」(日本WHO協会仮訳)とされており、この記述をきっかけに世界に広まったとされる。単純に「幸福」と訳されることもある。この幸福な状態が一時的ではなく継続し、将来不安がないこともウェルビーイングの重要な要素となる。
ウェルビーイング(イメージ)
(出所)Adobe Stock
賛同得やすい理由とは
なぜ一時的でないことが重要なのか。温暖化など地球環境の将来に対する不安を例に考えてみよう。温暖化対策を環境問題として捉えると、「地球温暖化は真実でない」と考える人は、「私は心配していない」などと強く反対する場合がある。
一方、これをウェルビーイングの観点で捉えれば、自分は心配していなくても、「子や孫が地球上で穏やかに暮らせなくなるかもしれない」との不安は、容易に払しょくできない。将来不安がある状態は「ウェルビーイング」ではなく、不安の原因を取り除くため今のうちから対応を取るべきだ、との意見に賛同を得やすくなるだろう。
「幸福」の概念は統一が困難
ウェルビーイングは、SDGsの目標を包含した広い概念だ。個人の幸福に焦点を当てることで、主義主張の対立を超えて同じ旗のもとに結集しやすいキーワードとも言える。もちろん、ウェルビーイングの実現を追求したとしても、SDGsの目標がなくなるわけではない。
欧州各国では、アリストテレスの「幸福論」から続く個人の幸福(エウダイモニア=古代ギリシャ語)を追求する考えが根強い。アジアのブータンのように、GNH(国民総幸福量)という独自の指標を取り入れている国もある。幸福をめぐる各国の事情はさまざまだ。そのため、統一された指標化に難航している面もあるという。
経済指標としての役割も重要
国の発展を計る経済指標として用いられてきたGDP(国内総生産)についても、真の豊かさを計れる指標に修正すべきだとする、「ビヨンドGDP」の議論がある。ここでも、ウェルビーイングを中心に据えた考え方が有力だ。10~20の指標が設定される見込みで、GDPに代わってGDW(国内総ウェルビーイング)などと呼ばれる日が来るかもしれない。
ビヨンドGDPにおけるウェルビーイングの概念図
(出所)国連統計家委員会報告書を基に作成
「日本人の良さ」指標に反映を
国際的な動きと平行して、日本でもウェルビーイングの議論が進められている。中でも、自民党の日本「Well-being計画推進特命委員会」では、日本人の特徴であり、良さでもある「Balance and Harmony(調和と協調)」をウェルビーイングの指標として、国際社会へ発信したいとの考えを示している。
「必要な資金の確保」をどうするか
SDGsには、活動が分散して大きな推進力が得られなかった教訓がある。ウェルビーイングの実現を通じて社会課題の解決に大きな成果を上げるには、「必要な資金が必要なところに集まる」ように工夫する必要があろう。
例えば巨額の資産が運用されている年金を活用してはどうか。運用先の銘柄選定の際に、ウェルビーイングの促進に資するESG(環境・社会・ガバナンス)に熱心な企業を優先的に選ぶことで、ウェルビーイングの実現を後押しできるだろう。よりよい社会、持続可能な社会実現の具体的手段について議論を尽くしたい。
統一指標の登場はいつ?
ウェルビーイングは個人の主観に基づくだけに、これをスコア化して達成度合いを統計的に把握できるようするには、さまざまな配慮が必要となる。調査の際の質問の順番や表現によって、結果が影響を受けやすい。現状では、国や個人によってウェルビーイングという概念の解釈にも違いがある。ウェルビーイングを統一指標として公開できるようになるまでは、しばらく時間がかかるかもしれない。世界が混迷を深めるなど環境も厳しい。
分断の時代にこそ
それでも、私はウェルビーイングの旗の下に世界の人々が集まり、よりよい社会の実現に向けて進んでいくことに希望を持っている。ウェルビーイングはおのおのが「自らの幸福」を目指し、結果的に社会や世界全体の明るい未来を開くものだ。分断が進む時代にこそ、その真価が発揮されると信じたい。