2024年12月03日
社会・生活
研究員
仲村 直人、河内 康高、小川 裕幾
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は、企業の競争力を大きく左右する。DXに関する高いスキルを持つ「DX人材」の必要性は高まるばかりだ。しかし、DX人材の「量」も「質」も日本は米国に大きく水をあけられている。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が6月に公表した調査リポート「DX動向2024」のデータを中心に、DX人材を巡る日米格差の原因や今後の課題について考察した。
「DX動向2024」は、日米企業の情報システムやDX推進を担う部門などを対象に実施したアンケート調査の結果をまとめている。浮かび上がったのは、日本企業が直面する深刻なDX人材不足である。
DX人材の「量」の確保状況に関する質問に対して、米国(2022年度)は「大幅に不足している」との回答がわずか3.3%だった。これに対して日本(23年度)は62.1%に上った。人材不足を訴える企業の割合は、日米で15~20倍もの格差がある。
さらに、DXを推進する人材の「質」の確保についても、日本企業の多くが物足りなさを感じている。米国では、DX人材の質の確保が「大幅に不足している」との回答は7.6%にとどまった。一方、日本では58.1%と、過半数の企業がDX人材の質に不足があると答えた。DX人材の質でも日米格差は約8倍に及んだ。日本企業のDX人材が、「量」と「質」の両面で不足しているのは明らかだろう。
DX人材の確保(出所)独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2024」を基に作成
日本が米国に比べてDX人材の確保で大幅な差をつけられているのはなぜか。「DXを推進する人材を獲得・確保するにあたっての課題」を質問したところ、日米で際立った差が見られたのが「魅力的な処遇が提示できない」との回答だ。「募集しても応募が少ない」との回答も日米の差は大きい。そもそも日本企業の示している募集条件が低すぎるのではないか。日本企業が米国企業に比べてDX人材の能力に見合った高い給与やポストを提示できていないことが、人材不足の大きな要因となっているようだ。
DXを推進する人材の獲得・確保の課題(出所)独立行政法人情報処理推進機構「DX 動向 2024」を基に作成
「採用予算や人件費の制約」を課題に挙げた企業も3割に上ったが、日米差はほとんどなかった。このデータからも、DX人材の確保で日米に大きな差が生じた原因は単純な予算不足ではなく、日本企業が能力に応じた適正な処遇を提示できない点にあることがうかがえる。
このほか、日本企業が、DX人材を適正に評価できていない実情も浮かび上がった。「DX人材を評価する基準の有無」を質問したところ、米国企業は6割超が明確な基準がある一方で、日本企業は2割程度にとどまり、「処遇に連動・反映させる仕組み」がある企業の割合はさらに低かった。
DX人材評価基準の有無
(出所)独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2024(データ集)」を基に作成
DX人材に魅力的な処遇を示せない企業が多い背景には、日本企業の伝統的な雇用制度である「年功序列」が影響しているのではないか。
日進月歩で進化するデジタル分野では、ベテランよりも若手の方が新たな技術に対応したスキルを持っている場合がある。しかし、日本企業の多くは年齢や勤続年数に応じて給与が上がる年功序列の給与体系を採用しており、若手のDX技術者に高い給与を払うことができないケースが少なくないとみられる。
こうしたことは民間企業に限らない。ある中央省庁の幹部によると、「デジタル人材を採用しようとしたが、給与を省庁トップの事務次官より高くしないと来てもらえなかったので、断念せざるを得なかった」という。
日本企業では、年功序列、終身雇用といったメンバーシップ型の雇用体系が多いのに対して、米国では会社と個人が合意した職務内容に応じて処遇が決まるジョブ型雇用が一般的だ。職務内容や求められるスキルが明確で、年齢に関係なくそれぞれのスキルに見合った処遇を受けられる。労働者側は自分のキャリアパスを描きやすく、結果的にスペシャリストが育ち、企業にとっても欲しい人材を確保しやすくなる利点がある。
留意したいのは、年功序列などのメンバーシップ型雇用が、必ずしもジョブ型に比べて「劣っている」わけではないことだ。年功序列には、従業員の忠誠心を高め、長期的な視野で人材育成しやすいメリットがあり、日本企業の強みとして機能してきた側面もある。ただ、急速に進化するデジタル技術の分野では今のところ、処遇の柔軟性が乏しいデメリットの方が強く表れているように見える。
情報通信技術(ICT)を支えるファンダメンタルズ(基礎的条件)の改善も求められる。そもそも日本は、DXを担う高度なスキルを持つ人材が不足している可能性がある。こうしたマクロ的な人材不足に、個々の企業だけで有効な対策を講じるのは難しい。官民が足並みをそろえて人事・雇用制度の改革を進める必要がありそうだ。DX人材に能力に応じた処遇を提示できるジョブ型雇用の拡大も一つの方策だろう。
近年では、こうした潮流に合わせて日本企業でも変革が進んでいる。一般社団法人日本能率協会の調査(2023年8月)によると、日本の大企業でジョブ型を導入している企業は約3割にのぼる。日本型雇用を見直す機運が広がってきたのは間違いない。
ただし、雇用体系を全面的にジョブ型に移行する企業はあまり見られず、従来のメンバーシップ型の雇用契約を維持したうえで、一部の社員にジョブ型人事を適用しているケースが大勢となっている。ジョブ型に移行する必要性はわかっていても、本腰を入れている企業は少数派にとどまっているのが実情のようだ。
日本でジョブ型が米国のように定着するかどうかは未知数だ。ジョブ型はスキルや能力を基準にポストを決めることから、有能な若手の昇格が促進される一方で、これまでの雇用契約では考えられないような降格人事も発生する。実際に、かつてジョブ型に似た制度を導入したある大手メーカーでは、管理職クラス300人が昇格する一方で、150人が降格の憂き目に遭った。
成果主義やジョブ型の考え方が十分に浸透していない日本では、ジョブ型雇用に対して従業員の強い反発が起きやすい。それによる生産性や社員士気の低下、さらには降格を不服とした訴訟のリスクにも留意する必要があり、多くの企業が対応に頭を痛めている。
大企業を中心に長年続いてきた年功序列・終身雇用という日本の雇用慣行を一気に変えるのは難しい。ジョブ型を導入する企業でも、米国のジョブ型をモデルとしつつ、各企業の文化や慣習に合わせた「新しいジョブ型」を模索している。
具体的には、ジョブ型の対象を幹部社員や管理職以上としたり、ジョブ型の処遇に適している一部の職種に絞ったりするケースが多い。また、メンバーシップ型とジョブ型を社員が選べるように併存させ、安定志向が強い人材と、専門性向上やキャリアップを望む人材の双方を取り込む工夫も見られる。海外展開している大企業には、ジョブ型雇用が受け入れられやすい海外子会社からスタートさせ、国内に広げる手法を取るところもある。
もちろん形式だけの「名ばかり」のジョブ型を導入しても意味はない。例えば、管理職のポジションに合わせてジョブを作り、肝心なジョブの定義やスキルの要件が曖昧では、「スキルを持つ人材に適切な評価・処遇を与える」というジョブ型の目的は果たせない。スキルに基づく配置転換を徹底せず、管理職が横滑りでジョブに就くよう運用をすれば、かえって社員の士気低下や若手人材の流出につながる恐れがある。
優秀なDX人材ほど「名ばかり」のジョブ型にすぎないと敏感に感じ取るはずだ。見せかけのジョブ型導入は、むしろ優秀な人材を遠ざける結果を招くことを、企業は肝に銘じた方がいいだろう。
日本企業が本気でジョブ型雇用の導入を進めたいのなら、公正な評価基準の確立や透明性のある制度運用、社員の不安に対するフォロー体制の整備などが欠かせない。日本流のジョブ型雇用が定着するか否かは、IT分野の国際競争力にも影響する。DX推進で世界に後れをとらないよう、日本企業が本腰を入れて雇用慣行の変革に取り組むことが求められている。
参考文献1 「DX動向2024」独立行政法人情報処理推進機構(2024年6月27日)https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf
参考文献2 「経営課題調査 組織・人事編 2023」一般社団法人日本能率協会(2023年8月)http://www.jma.jp/img/pdf-report/keieikadai_2023_report_hr.pdf
仲村 直人、河内 康高、小川 裕幾
※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。