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アリに学ぶ渋滞学 - 「お先にどうぞ」「情けは人の為ならず」 ー

2015年04月01日

社会・生活

研究員 
加藤 正良

 「江戸しぐさ」という言葉がある。江戸町人の行動に由来するといわれる行動様式である。例えば、雨の日にお互いの傘を外側に傾けてすれ違う「傘かしげ」や、すれ違う際に左肩を路肩に寄せて歩く「肩引き」などである。「渋滞とはどのようにして起こるのですか?」と尋ねると、「渋滞学」の第一人者である東京大学先端科学技術研究センターの西成活裕教授はこの「江戸しぐさ」を例えにしながら、「ちょっとした他人への心遣いの欠如、つまり『我先に』という人間の心理こそが渋滞の原因である」と言い切った。

201504_渋滞_1.jpg東京大学・先端科学技術研究センター 西成活裕教授
(写真)花原 啓

 「渋滞は社会を映し出す"鏡"でもあるのです」―。西成教授はこう主張する。

 動物の世界では渋滞は起こりにくいという。「例えば、アリの社会では人間より渋滞が少ない現象が確認されています」―。アリの知覚機能には、臭いなどに対するごく限られたセンサーしかない。にもかかわらず、渋滞を起こさないのはなぜか。センシング能力が限られていても、身の周りの仲間数匹に配慮することにより、全体の群れの行動を最適化しているからだという。なぜそんなことがアリに可能なのか、理由はまだ分かっていない。

 ただし、西成教授は「アリの群れが『愛に満ちあふれている』ということははっきり言えます。女王アリを頂点にして、その子どもたちで形成されており、いわば『大家族』なのです。だから自然に他の個体を思いやる行動がとれるのです」と解説してくれた。

 

trail.jpgアリの隊列 (提供)西成活裕教授

 西成教授は「統計的な裏付けがあるわけではないですが」と断った上で、「人間が起こす渋滞でも、民族の気質や地域の特性などが反映されると思います」と指摘する。例えば、集団を重視する農耕民族より、個人主義の狩猟民族の方が渋滞を起こしやすい。また、東京と大阪を比べると、後者の方が渋滞頻度は高くなる。商人の街だから、「我先に」という傾向が強いのかもしれない。ただ、なぜか大阪より福岡の方が渋滞は起こりやすいという。

ドライバー全員が渋滞情報を知ると・・・

 Boidsはクレイグ・レイノルズが1987年に提唱したアルゴリズム。鳥などが群れて飛ぶ姿をシミュレーションするソフトウエア技術である。このソフトは、簡単な3つのルールにより成り立っている。①分離のルール=群れの中の個体同士がぶつからないよう一定の距離を保つ②整列のルール=概ね同じ方向に進むよう、個体が速度と方向を合わせる③結合のルール=群れが方向を変える際、個体自身も向きを変え、群れがバラバラにならないようにする―である。

 Boidsを応用したコンピューター・グラフィックス(CG)がハリウッド映画に導入されると、動物の群れがリアルに表現できるようになった。たった3つのルールによって、人や鳥などの群れの行動をスムーズで自然な動きとして表現できる。これとクルマの自動運転に使う最先端技術を組み合わせると、渋滞も容易に制御できるのではないか。西成教授にこの質問をぶつけると、「最先端技術も使い方次第です」と答えた。

 例えば今のモバイル社会では、スマホがあれば誰でも渋滞情報を入手できる。それによって多くのドライバーがルートを変更すれば、渋滞を緩和できるのだろうか。

 西成教授の答えは「ノー」である。仮にドライバー全員に渋滞情報を与えてしまうと、クルマが抜け道に集中して新たな渋滞を引き起こすなど、かえって状況が悪化しかねないという。「われわれの最近の研究成果では、30%を超えるドライバーが渋滞情報を知ると、結局、通過時間が長くなってしまうことが分かりました」

 最近、話題になっているラウンドアバウト(信号機のない円形交差点、パリの凱旋門の交差点が有名)についても、西成教授は「交通量の少ない道路では有効な方法です。しかし都心部のように交通量が非常に多い所では、ラウンドアバウトの渋滞が放射状に伸びる全ての周辺道路に影響を与えてしまいます。結果、渋滞は逆にひどくなります」

渋滞学図3.jpg

© iStockphoto.com/RISB

 その上で、西成教授は「人やクルマの流れを制御するには、無意識に人に働きかける技術が重要だと考え、研究を進めています」という。最近、400~500人の劇場で観客のスムーズな退場を促すため、音楽を活用する実験を行ったという。音楽を使わないと退場には5~6分かかっていたが、
70ビート/分のバラード調の曲を流すと、3分半にまで短縮できた。これぐらいのテンポが人の集団に対し、最もスムーズな歩調をもたらすようだ。

 「技術で渋滞を制御することは可能だが、それは根本的な解決ではありません」―。西成教授はインタビューの中で繰り返し強調した。「渋滞なき社会」の一つの理想形が、アリの社会である。身近な仲間への配慮が渋滞をなくす。集団の構成員が小さな損を受け入れることにより、全体が得をする社会、すなわち「互恵社会」が渋滞を解消するというのである。

 西成教授は今、子ども向けの積極的な講演活動を通じて、「渋滞学」を紹介しながら、お互いを思いやることの大切さを説いて回る。「他人への配慮は、巡り巡って最後は自分に返ってきます。居心地のいい社会はそうやって創られていくのです。『我先に』ではなく、『お先にどうぞ』の精神こそが、渋滞をなくす秘訣です」と強調している。

 情報通信技術が急激に発展する一方で、人間は家族や地域社会との絆が希薄になってしまった。言い換えるなら、無関心がはびこる社会。西成教授の提唱する「互恵主義」はそれに警告を発し、「情けは人の為ならず」という教えである。

201504_渋滞_2.jpg(提供)西成活裕教授

加藤 正良

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※この記事は、2015年4月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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