Main content

災害大国で求められる「自助」

 楽観せずに備え固めよう

2024年09月06日

社会・生活

主任研究員 大塚 哲雄
研究員 芳賀 裕理

 今年の夏は、日本が「災害列島」であることを改めて思い知らされた。気象庁は8月8日に「南海トラフ地震臨時情報」を初めて発表。「巨大地震が起きる可能性が平常時より高まっている」という政府の呼びかけは15日まで続いた。多くの人が大規模地震のリスクを身近に感じたことだろう。地震だけではない。台風5号と7号に続いて襲来した台風10号は日本列島の各地に、豪雨による浸水・土砂災害、暴風・突風被害をもたらした。天災は止められないが、被害を少しでも軽減するにはどうすればよいのか。求められる事前の備えや災害時の行動について考えた。

大地震が4年に1回

 日本列島は複数のプレート(巨大な板状の岩盤)がぶつかる境界に位置し、地震・火山大国である。地震を起こす恐れのある活断層は約2000を数え、111の活火山がある。この30年間で揺れの最も大きい震度7を記録した地震は、1995年の阪神・淡路大震災から今年元日の能登半島地震まで、実に7回を数える。甚大な被害をもたらす大地震が、ほぼ4年に1度というハイペースで起きているのだ。

発生年月日 名称 死者・行方不明者数
1995年1月17日 阪神・淡路大震災 6437
2004年10月23日 新潟県中越地震 68
2011年3月11日 東日本大震災 22318
2016年4月14日 熊本地震

273

2016年4月16日 熊本地震
2018年9月6日 北海道胆振東部地震 43
2024年1月1日 能登半島地震 341(死者)

最近30年間に震度7を記録した地震
(出所)気象庁、内閣府「令和6年版防災白書」、能登半島地震の死者数は8月9日時点

風水害の被害も甚大

 さらに地形が急峻(きゅうしゅん)なうえに降水量が多く、台風も襲来する日本は、洪水や土砂崩れ、竜巻など風水害も多い。数十年に1度の大雨が予想される時に出される「大雨被害警報」もたびたび発表されている。台風10号の際は、台風本体だけでなく本体から遠く離れた地域にも長時間にわたって激しい雨が続く線状降水帯が発生して洪水や土砂崩れが起き、大きな被害を出した。地球温暖化の影響とみられるゲリラ豪雨も頻繁に発生する。

 平成以降、100人以上の死者・行方不明者を出した地震や風水害などの自然災害は11を数える。多数の犠牲者が出る天災が約3年に1度の頻度で起きているのだ。

行政の対応には限界も

 災害が起きると、国や自治体による「公助」が十分に行き届いていたかどうかが問われる。2011年3月の東日本大震災では、救助・救援で初動の遅れがあったと指摘され、翌12年に改正された災害対策基本法に、被災地域の要請を待たずに物資や人員を送り届ける「プッシュ型支援」が盛り込まれた。16年4月の熊本地震で初めて本格的に実施され、被災者支援に貢献したとされる。災害支援において、公助が大きな柱であることは間違いない。

 ただし、大規模災害時には公助の担い手である自治体やその職員も被災していることを忘れてはならない。東日本大震災の際、岩手県大槌町では町長をはじめ約40人の幹部・職員が津波の犠牲となった。2014年版の防災白書は阪神・淡路大震災の対応について、行政が被災者救助と消火を同時に担う必要があったために、「行政機能が麻痺(まひ)してしまい、行政が被災者を十分に支援できなかった」と、公助の限界を指摘している。

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市【2011年4月】

救急車は5万人に1台

 もし首都直下地震が起きたら、公助で十分な救命・救助を行えるのだろうか。体制を確認してみよう。東京消防庁が保有する救急車は稲城市と島しょ部を除いて274台(2024年9月4日現在)。東京の人口は約1400万人なので、救急車の配備はわずか5万人に1人の割合である。この体制では、巨大地震で多数の負傷者が出る非常事態に対応するのは極めて困難だろう。

 救急車の助けを待つだけでは、多くの命を救うことはできない。公助の限界は、「いつ起きてもおかしくない」と言われる南海トラフの巨大地震や富士山の噴火にも当てはまる。

主役は自助と共助

 では、公助に頼れない場合はどうすればいいのか。約30年前の阪神・淡路大震災の経験が参考になる。日本火災学会が震災の翌年にまとめた報告書によると、倒壊した建物から誰の救助で脱出したか質問したところ、「救助隊」との答えはわずか1.7%だった。一方、「自力」(34.9%)、「家族」(31.9%)、「友人・隣人」(28.1%)などが上位を占めた。これら「自助」「共助」による脱出が、全体の約95%を占めている。災害時の脱出と救助の主役は、自助と共助なのである。

救助2.jpg阪神・淡路大震災における生き埋めや閉じ込められた際の救助主体等
(出所)日本火災学会(1996)「1995年兵庫県南部地震における火災に関する調査報告書」

自助の意識を高めるには

 「南海トラフ地震臨時情報」の対象となった自治体の考えはどうか。高知県危機管理部南海トラフ地震対策課の谷脇三和課長補佐に聞いた。

 高知県の沿海部には南海トラフ地震の発生時に、極めて短時間で津波が到達するとみられている。谷脇氏は、「地震発生時に県や市町村の職員が住民を100%助けることはできない」と行政の限界を認め、「住民それぞれが自分を守り、住民同士が自主的に協力して助け合う必要がある」と強調する。

 高知県では、南海トラフ地震に備えて県民の早期避難の意識を向上させるため、広報啓発や市町村を通じた補助金の支給、防災に関する「出前講座」や防災士の養成などを実施している。広報活動は、①津波避難に対する意識改革②最低3日分の水と食料の備蓄③住宅の耐震化―を重点に取り組んでいるという。テレビ、ラジオ、新聞などの広告に加え、動画を高知県の公式ユーチューブで配信するなど、若者への浸透に力を入れる。

地震の備えに一定の成果

 広報や県と市町村が連携した戸別訪問の結果、今年4~6月末の耐震補強に関する補助金の申し込みは、前年同期の約2倍となったという。自主防災組織の組織化率は県全体で約97%に達している。防災・減災関連の数字は2019年から23年の4年で、早期避難意識率(68.6%→77.3%)、3日分以上の飲料水備蓄率(25.1%→57.2%)、3日分以上の食料備蓄率(26.8%→61.6%)など、軒並み上昇した。

 食料備蓄に関して谷脇氏は「地震で孤立する可能性のある地域は、1週間分は必要ではないか」と、さらなる備えの必要性を指摘する。地理的な条件に応じて、住民自らが適正な備蓄量を考えることが重要だろう。

高知県の谷脇三和課長補佐(谷脇氏提供)

自らできる災害への備えとは

 自助の力を高めるため、具体的にできることは何だろうか。「事前」「災害発生時」「避難先」の三つの段階ごとに要点を整理しよう。発生前の準備として、まずは地域のハザードマップで想定される被害状況を確認しておきたい。家の耐震性チェック、家具の転倒防止策、避難所の確認、水や食料の備蓄など、やるべきことは多い。

 災害発生時は、危険から身を守る行動を取ったうえで、正確な情報を入手することが欠かせない。携帯ラジオやスマートフォンの電源を準備したい。災害時はSNSなどで偽情報も拡散される恐れもある。信頼できる報道や公的機関から正確な情報を得ることが大切だ。

 避難先では、夏なら水分や塩分の補給による熱中症予防が必要だ。季節を問わず、狭い場所で動かないでいると「エコノミークラス症候群」のリスクが高まる。生命に関わるので、体の動かし方など予防策を調べてほしい。水やトイレが不足すると衛生環境は悪化する。適切な消毒や手洗いなどで感染症を防ぎたい。

心もとない実際の備え

 災害時のノウハウは、東京都が各戸に配布している防災ブック「東京くらし防災」など、各自治体が発信している情報が役に立つ。これらを参考に日ごろから情報収集し、職場や家庭で共有しておくことが大切だ。

 ただ、実際の備えは心もとない。農林中央金庫が2024年3月、20歳以上の男女3500人を対象に行った全国調査によると、災害時の緊急避難場所について「場所はわかっているが行ったことはない」との答えが半数近く(48.3%)を占めた。防災グッズを「準備している」(40.2%)は、「準備していない」(59.8%)を下回った。

できることから実践を

 日本防火・危機管理促進協会の野上達也博士は、「災害への備えを特別視せず日常の一部と捉えるようにすれば、備蓄などへのハードルが下がる」と指摘する。例えば普段の食事に保存のきくシリアルを取り入れる。断水に備えてウオーターサーバーを導入する。通勤経路でどこに避難所があるか確認する。散歩の時には避難所の近くを通るようにする。こうした、すぐに実践できる準備が「いざという時に役立つ」という。

 野上博士は、不測の事態を乗り切る条件は、「10%の災害意識、20%の防災準備、30%の臆病さ、40%の運」だと話す。事前準備を綿密に行って災害への意識を高めることで、危機の60%は回避できるというのだ。中でも災害に対して臆病になることが、被害回避の大きな力になると強調する。

野上達也博士

気をつけたい「バイアス」のわな

 臆病さが重要なのは、人はみな迫りくる危機のリスクを軽くみてしまう心理的な傾向があるからだ。心理学では「認知バイアス」と呼ぶ。その代表的なものが「正常性バイアス」と「楽観性バイアス」である。

 正常性バイアスは、火災報知機の警報などを聞いても「また誤作動したのだろう」「よくあることだ」などと、正常な範囲内の出来事だと判断しがちなことだ。一方、楽観性バイアスは、警報などで災害の被害が出ることは想定できても、自分だけは大丈夫だろうと楽観視する傾向である。これらのバイアスによって、災害時の避難が遅れて被害が拡大したケースは、枚挙にいとまがない。

 さらに、自分は「危ない」と感じているのに、周囲の人が逃げようとしないためその場にとどまってしまう「同調性バイアス」も、災害時にしばしば指摘される。バイアスにとらわれて逃げ遅れや対処の誤りを招かぬよう、意識して「臆病になる」必要がある。

認知バイアスのイメージ
(出所)南海トラフ地震予測対応勉強会「情報をどのように伝えるか」(邑本俊亮、2018)を参考に作成

 実際に、2018年の西日本豪雨の時に避難しなかった理由について、「被害に遭うとは思わなかった」「雨の降り方や川の水位から安全だと判断した」「今まで自分の居住地域が被害にあったことがなかった」などと答える人が多かった。危険を軽く見るバイアスが影響した可能性があると、西日本豪雨の検証レポートは分析している。


西日本豪雨で避難しなかった理由
(出所)「平成307月豪雨災害における避難対策等の検証とその充実に向けた提言」

臆病になろう

 災害大国で暮らしている事実を改めて自覚し、天災に対して今までよりも臆病になろうと意識してはいかがだろうか。「臆病になる」ことは、入念な備えや迅速な避難につながる。それが自分だけでなく、大切な家族や友人らの命を守ることにつながるのだから...。

研究員 芳賀 裕理

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

※この記事は、2024年10⽉8⽇発⾏のHeadLineに掲載されました。

戻る