2024年06月27日
社会・生活
編集長
舟橋 良治
国連が掲げる「持続可能な開発目標」(SDGs)の一環として、「DEI」が注目を集めている。「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」の頭文字から取った言葉。「全ての人が公平に扱われ、尊重され、組織や社会で包括される」状況を目指すという考え方だ。この中で近年注目されているのが「Equity」だが、十分に周知されているかどうか。最近、旧知の元記者が色の区別がつきにくい色弱者で、さまざまな不便を感じていると初めて知った。彼の体験談をもとに、「Equity」を理解し、実現するための道筋について考えてみた。
「Equity」が示す公平性とは、どのようなものか。身長差のある3人が高い枝にある果実を収穫する場面を想像してほしい。
同じ高さの踏み台を用意したところ、一番背の高い人だけ果実に手が届いた。このように同等のサポートを行えば「Equality(平等性)」は確保される。これに対して「Equity」は、3人とも果実に手が届くように高さの違う台を用意し、全員に収穫の機会を与える工夫のことだ。
日本では色弱の人は、男性が20人に1人、女性は500人に1人とされる。少ないようにも思えるが、日本全体でみれば単純計算で300万人ほどになる。
色弱の元記者は、色の違いを区別しにくいことによって、仕事で大きなハンディを感じたことはないが、日常生活で必要な情報をきちんと得られないことがしばしばあるという。色弱にはさまざまなタイプがあり、区別しにくい色は人によって違う。例えばこの知人の場合、テレビの天気予報で映される、雨や雪の地域を色分けした予報図を見分けるのが苦手という。
あるテレビ局の天気予報では、小雨は水色、強い雨は青、雪は白、大雪は紫で表示される。このうち、水色の小雨と紫の大雪をほとんど区別できない。小雨と大雪では危険度に格段の差がある。知人は「大雪を黄色や赤で表示してくれれば、見間違えることはない。もっと区別しやすい色分けにしてもらいたい」と訴えている。
天気予報の最大の目的は、気象災害の危険をあらかじめ周知して、「人の命を守る」ことある。天気予報で大雪の情報を確実に得られていない色弱者にも目を向け、配色の見直しを検討することは、「Equity」の方向性に合致するのではないか。
自治体などが作成しているハザードマップ(土砂崩れや浸水の危険度を色分けした地図)も、色弱の人にとっては難物らしい。元記者に聞いたところ、色弱ではない私には思いもよらなかったが、下図の洪水浸水想定区域図等の流域区域図に示されている「A」区域と「B」区域は非常に見分けがつきにくいのだという。ユニバーサルカラー(全ての人に分かりやすい色使い)への配慮は、人の生命にも関わる。「色は現行のままでも、区別がつくように一部をストライプ柄にするなど工夫の余地はいくらでもある」と知人は改善を求めている。
洪水浸水想定区域図等の流域区域図(出所)東京都建設局HP
日々の生活で身近なケースとしては、地下鉄の路線図が挙げられる。東京の場合、例えば半蔵門線(紫)と南北線(緑系)の区別がつかない。銀座線(薄オレンジ)と有楽町線(黄色)、丸の内線(赤)と副都心線(茶色様)なども同様に判別が難しいという。
色弱のタイプによって見分けにくい色に違いがあり、配色だけで対応するのは限界があるだろう。線の一部に縁どりをつけたり、明るさのコントラストを強くしたりして、色分けに頼らない区別を心がけるのが有効だろう。こうした配慮は、あらゆる人々がウェブサイトで提供される情報やサービスを利用できることを目指す「ウェブアクセシビリティ―」の方向性とも軌を一にしている。
東京の地下鉄路線図(出所)東京都交通局
元記者は、衣類を買う時に気が重くなることがあるという。彼の場合、水色と薄紫の区別がつかないため、シャツなどを買う際は店員に「これは水色ですか」と確認しなければならないという。かつて、水色だと思って買ったシャツが紫色で、「けっこう派手好みですね」とひやかされ、間違いに気づいたことがあるからだ。健常者の店員は、「わかりきったことを聞くな」と思うのだろうか。色を尋ねると露骨にけげんな顔をされて、恥ずかしい思いをするそうだ。
数多くの色が品ぞろえされている無地の靴下売り場などでは、途方に暮れるという。タグで「青系」「紫系」「緑系」などと表示されていないことがあるからだ。タグに色の情報を併記しても、それほど手間やコストはかからないはずだ。
旧知の元記者が日常的に不便を感じているものはまだまだある。テレビのオンとオフを表示するパイロットランプの色だ。メーカーによって違いがあるが、オンとオフを赤と緑のLEDで表示しているタイプが大半を占める。この赤と緑の見分けがほとんど不可能だという。
リモコンでテレビをオンにする。しばらく画面が明るくならない。パイロットランプの色の変化は分からない。「スイッチが入らなかったか」と思ってもう一度リモコンのボタンを押すと、つきかけた画面が消える。そんなことが、ままあるらしい。
オンかオフのどちらかを、青色LEDにしてもらえれば簡単に見分けがつくそうだ。元記者が10年ほど前、あるメーカーに取材したところ、「青色LEDの原価は緑より50円も高いので、切り替えは難しい」と言われたという。
「何万円もするテレビで50円の差は大きくないのでは」と食い下がったが、「50円のコストを削るため、メーカーは血のにじむ努力をしている」と反論された。確かにランプが赤と緑であっても、大半の人に不便はない。元記者もその時は引き下がったそうだが、「量販店ではテレビを万円単位で値引きしているのに...?」と、今でも納得していないようだ。
LEDランプ
確かにメーカーにとって、50円の製造コスト差は軽視できない。しかし、「Equity」の重要性が社会的に認識されつつある現在と10年前では、企業の取るべき行動も変わってくるのではないか。色弱の人に配慮するためのコストと考えれば、パイロットランプの見直しも検討に値するように感じる。
「Equity」は、さまざまな障壁を特定して取り除き、誰もが公平に⽣きることができるようにする取り組みである。⾊弱で不便を感じているテレビ視聴者や消費者、住⺠らに行き届いた配慮のできない組織が、果たして「Equity」を確⽴できるだろうか。⼀⽅で、⾝内の「Equity」にばかり⽬を向けて、外部の⼈の公平性に無頓着な組織も、本来の目的から逸脱していると言わざるを得ない。
今回取り上げた色弱の人はもとより、誰もがストレスなく利用できる製品やサービス、情報を提供する。こうした努力と工夫の重要性を強く意識することが、企業やさまざまな団体・組織などによる「Equity」の取り組みを実のあるものにする第一歩ではないだろうか。
舟橋 良治