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辛いだけじゃない!タイ料理の魅力と複雑

~ 「冬瓜と鶏肉のカレー」に挑戦 ~

2016年12月15日

社会・生活

企画室
竹内 典子

 今晩は何にしよう?肉じゃがはこの間も作ったし...。そんな時いつもと目線の違う料理を思いつくと、夕飯作りが楽しくなる。例えば、エスニック料理である。敷居はちょっと高いが、香辛料独特の味や香りを自宅で再現したいという誘惑に駆られ、タイ料理教室に入門した。

 東京都大田区の閑静な住宅街の一角で、「スタジオ・アロイ」の表札を見つけた。笑顔で出迎えてくださったのは、タイ料理研究の第一人者である酒井美代子先生。この日は主婦歴の長い8人が参加し、まずは先生が自宅の庭から摘んできたレモングラスのハーブティを味わう。

20161214_①酒井先生.png

 教えていただくメニューは3品。①クン・ハー・ロッはタイ語で「5色の味の海老料理」という意味。香ばしくカラッと揚げた海老に、優しい甘さと酸っぱさの混ざったドレッシングをかけたサラダ②ゲーンクワ・ファクガップガイは「冬瓜と鶏肉のクワカレー」③カノム・グイフウはデザートとなる蒸しパンのお菓子。

 テーブルの上には、ごつごつした球状のコブミカンや、マメ科の調味料であるタマリンドといった珍しい食材が並んでいる。その一つひとつを先生が丁寧に説明した後、実習がスタートした。

 まずは海老のサラダに挑戦する。①海老の殻を剥いて下処理した後、片栗粉をまぶして180度で揚げる②ドレッシングは、みじん切りのニンニクと紫タマネギに、砂糖やナンプラー(魚醤)、酢、タマリンドなどを合わせて煮詰める③付け合わせのキュウリを輪切りにし、レタスと一緒に皿に敷いておく―といった手順になる。

 調理の途中、レシピには書かれていないコツを、酒井先生がタイミング良くアドバイスする。「海老は尾を半分ぐらい切り落とした上で、尾の中の水分を包丁の背で押し出します。そうすると、揚げる時に油が跳ねません」「付け合わせのキュウリはフォークで縦に筋を付けておくと、ドレッシングが絡みやすくなりますよ」―。生徒が分業しながら調理は進んでいくが、色々な作業を経験できるよう途中で交替する。このため、初対面の人とも自然とコミュニケーションが生まれてくる。

20161214_②調理1.png 次に冬瓜と鶏肉のカレーを習う。日本のカレーとは異なり、長時間煮込まない。作り方は①カレーのペーストを作る②鶏肉を一口大に切る③冬瓜の皮と種を取り、一口大に切る④ペーストを炒めながら、まずココナッツミルク、ふつふつとしたら鶏肉と冬瓜を入れる⑤具材に火が通ったら、ナンプラーや砂糖、タマリンドなどで味を調える。調味料を入れるたびに味見をすると、塩辛さや甘さ、酸味が重なり合い、段々と複雑な味わいに変化していくことに驚いた。

今回のカレーのポイントは、ペーストを一から作ること。タイの家庭には必ずあるという石のすり鉢「クロック」の中に輪切りにした唐辛子を入れ、石の棒で上からトントンと叩き潰す。ところが、乾燥している唐辛子は簡単には潰れてくれない。それで力が自然に入ってしまうため、すぐに腕がだるくなる。根気の要る作業だ。20161214_クロック&原田さん.png すかさず酒井先生から指導が入る。「上から棒を落とすように、あまり力をこめずにトントンしてくださいね」と言いながら、先生が手を動かす。すると、あっという間に唐辛子が潰れていく。「神の手」である。さらにレモングラス、ニンニク、コブミカンの皮、パクチーの根、「カピ」という海老の発酵調味料などを加えながら、ひたすら叩き続ける。クロックがアジアの香りを引き出し、30分ほどでペーストが完成した。先生によると、クロックは嫁入り道具の一つ。「日本でまな板に包丁が当たるトントンと同じく、タイではクロックのトントンがお料理上手の代名詞と言われています」―

 デザートになる蒸しパンの作り方は簡単。①上新粉、砂糖、ベーキングソーダを合わせ、水を加えながら十分かき混ぜる②お猪口のような小さなカップに、①で作った生地を入れる③蒸し器で15分―で出来上がり。蓋を開けると、まるで花が咲いたように生地が弾けていた。

 すべての料理が出来上がり、待ちに待った試食が始まる。カレーはペースト作りに苦労した分、深みのある味わいが格別に感じられる。ただ辛いのではなく、コブミカンやタマリンドがもたらす上品な酸味や甘味が交じり合い、口の中いっぱいに広がる。「これが自宅で食べられるなんて嬉しい!」「早速、家で作ります」―。おしゃべりは止まらない。

 この教室に通い始めて2年になる原田裕子さんは、「習ったタイ料理は家族にも好評です。定番のメニューはレシピを見なくても、作れるようになりました」と笑顔で話す。「タイ料理は味の複雑さが面白いですね。辛いから酸っぱい、甘いまで自分の味覚の幅が広がったと実感しています」―

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 酒井先生は元々、出版社で編集者として活躍していた。1985年に外交官だった御主人の赴任に伴い、タイの首都バンコクに3年間在住。その間、国立栄養大学でタイ料理全般を学び、さらにはプリンセス・シーダからタイ王宮料理を習得した。当時の日本ではあまり知られていないタイ料理を帰国後、知人に教えたところ大好評。それが料理教室に発展し、著書も「今夜はタイ料理」(農山漁村協会)や「アジアご飯」(三笠書房)など多数ある。今では二女の安藤梨鈴さんも「子供連れ向け教室」を主宰。お母さんが隣の部屋で子供を遊ばせながら、タイ料理を習えるようにしている。

 タイ料理教室が人気を呼んでいる理由を聞くと、酒井先生は「辛い、甘い、酸っぱいと味がはっきりしているところが、日本人に受けるのでしょうか。タイは米を主食にするから、日本人に馴染みやすいメニューも多いんですよ」という。「世界三大スープの一つに数えられるトムヤムクンには唐辛子をたくさん入れますが、タイ料理は辛いだけではありません。レモングラスやコブミカン、パクチー、ミントなどの生のハーブを豊富に使い、何種類もの調味料や香辛料を入れるから、繊細かつ奥の深い料理です。野菜もたっぷりだから最近はヘルシーだと注目を集めています」―

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■スタジオ・アロイ http://nekonoko22000.wixsite.com/st-aroi
(写真)中野 哲也  PENTAX K-S2

竹内 典子

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