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高齢者激増の2030年...70歳代が社会を支える?

2017年04月07日

社会・生活

主任研究員
貝田 尚重

 山手線の30番目の駅となる品川新駅は2020年春の暫定開業を目指し、大規模な工事が始まった。一方、東京都の小池百合子知事が2019年度中を達成期限として、23区内を中心とするエリアで電線地中化を打ち出すなど、2020年五輪開催に向けて東京では建設・工事ラッシュが続く。しばらくの間は「活気ある東京」が関心を集めるだろう。その一方で、加速する高齢化はだれにも止められない。オリンピックから10年後の2030年、東京は人類史上例をみない超高齢化都市になる。

 高齢化は先進国が共通に抱える社会課題。中でも、日本は世界のフロントランナーであり、全人口に占める65才以上人口の割合(高齢化率)は2013年に世界で初めて25%を超えた。2025年には人口のボリュームゾーンである団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、超高齢化社会を肌身で実感することになるだろう。

20170406_2030年人口予測.jpg

 (出所)国立社会保障・人口問題研究所 日本の将来推計人口(2012年1月推計)

 東京では2030年までに総人口が39万2000人減少する一方で、高齢者は42万1000人、後期高齢者が56万人それぞれ増加する。ちなみに、56万人というのは、2015年の鳥取県の総人口にほぼ匹敵する。神奈川や千葉、埼玉、大阪、愛知の各府県などの大都市圏でも同じような現象が起こる。

2015~2030年の人口増減 (単位:万人)

20170406_人口増減.png(出所)国立社会保障・人口問題研究所 日本の地域別将来推計人口(2013年推計)

 高齢者ばかり増えると、勤労世代で高齢者を支える現行の社会保障制度の持続は難しくなる。都市部では介護に関わる施設・人材が需要に追いつかず、既に社会問題化している。だが、高齢者が激増する2030年に向け、その一層深刻化は避けられない。

  しかし、今の65歳は昔と違い、まだまだ気力・体力が充実している人が多い。国際的に人口統計では「65歳以上が高齢者」とされているが、科学的な根拠はないらしい。ドイツの宰相ビスマルクが1889年に制定した老齢・疾病保険法で、その給付対象を65歳以上としたことが始まりとされるが、当時はまだ65歳まで生きる人は稀だった。

 その後の生活レベルの向上や医学の進歩によって、この半世紀だけで日本人の平均寿命は25年ほど伸びた。身体・認知能力も一世代前と比べれば劇的に向上しており、「65歳以上=高齢者=支えられる側」といった旧来の考え方にもはや拘泥する必要はないのかもしれない。

 だから、急増する高齢者を支えるための手法を考えるのではなく、発想を転換してみよう。65歳を超えても元気な人は社会の支え手として活躍できるような仕組みを考えれば、近未来の視界も少し晴れてくるのではないか。2030年の日本の高齢化率は31.6%になる見通しだが、高齢者の定義を75歳以上とすれば、それは19.5%にとどまる。

高齢者専門の人材派遣会社が登場

 東京・神田のビルに一風変わった社名の新興企業がある。2000年創業の「高齢社」はその名の通り、高齢者専門の人材派遣会社だ。登録資格は60歳以上。2017年1月時点の登録者数は約800人に上り、平均年齢は69.4歳で最高齢は82歳。「70歳現役」を先取りする、時代の最先端企業でもある。同社の緒形憲社長(67)にインタビューを行い、高齢者派遣の現状と将来を聞いた。

 同社に登録する人材の標準的なモデルは週3日程度勤務し、月収は8万~10万円。派遣先から週5日の業務を受託した場合、その仕事に2人の人材を当て、勤務日を2人で調整して分け合う「ワークシェア方式」を採る。元気で働く意欲があるとはいえ、やはり現役世代と同じペースでは体力的には厳しい。趣味や旅行、通院、親の介護などに充てる時間も確保しながら、仕事ができる勤務スタイルだ。2人一組とすることで、突発的な体調不良などに柔軟に対応できるから、派遣先に迷惑をかけることもない。

 緒形社長は「社会的には同一労働・同一賃金や派遣社員の正社員化といった流れにあるが、高齢者を現役世代と張り合わせるつもりはない。また、当社に登録している高齢者は、新しいスキルを身に付け、正社員を目指すわけでもない。むしろ、高齢者の経験や知識を活かしながら、現役世代のお手伝いをして社会のお役に立ちたいという精神が原点にある」と話す。

20170406_3緒形P.jpg高齢社の緒形憲社長

 実際、高齢社の受託する業務は現役世代のサポートが中心であり、社会問題化している高齢者の運転を伴う業務もできるだけ回避している。

 その一方で、緒方社長は「『毎日が日曜日』の高齢者だから、土日でも割増料金なしで派遣できるのが当社の強みだ」という。「派遣先の企業は正社員を休日出勤させずに済み、休みをきちんと取らせることができる。高齢者はたっぷりある時間を有効に使って社会の役に立つ。一日中家でゴロゴロしている御主人にウンザリしていた奥様からも感謝され、みんなにとって良い仕組みになる」と自信を示す。

 緒形社長によれば、「長く会社勤めしていた人にとっては実は、悠々自適の生活は意外に難しい」―。自宅周辺の地域に友人がいるわけでない。家で妻と二人では大して話すこともなく、お互いに気疲れする。長い余生を考えると、年金や退職金がどんどん減っていくのは切ないから、ゴルフや旅行三昧というわけにもいかない。

 といって、無料で時間を過ごせる図書館に行けば、同じような境遇の高齢者の溜まり場になっていて、新聞を読むのも順番待ち。「まだまだ元気で体力がある人が、居場所がなくため息をついている現状は、本人にも社会全体にも良いとは言えない」―

  「頼られる、期待される、だれかの役に立つという喜びは年齢を重ねても変わらない。人と接して社会とつながるからこそ、会話が生まれて新しい情報も仕入れることができる。元気だから働くのではなく、働くから元気なのです」―。緒形社長自身も古希が近づき、統計上は高齢者に分類されるものの、「幸いにして、当社への引き合いは増える一方。若手(=60歳代)の登録者をもっと増やさなければ!」と事業意欲は衰えを知らない。

 緒形社長の言葉通り、高齢社で仕事をするシニアの方々は活躍の場を与えられ、生き生きと楽しそうだった。人口構成を考えれば、勤労世代で高齢者を支える仕組みは限界が近づいている。65歳を境に支える側から支えられる側に突然入れ替わるのではなく、「支える側をサポート」しながら、緩やかにシフトチェンジする方策を探る時期に来ているのかもしれない。

(リンク先)株式会社高齢社(http://www.koureisha.co.jp/

(写真)佐々木 通孝 PENTAX  K-50

貝田 尚重

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※この記事は、2017年3月27日に発行されたHeadLineに掲載されました。執筆者の所属および肩書きは、当時のものです。

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