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五千羽の「鶴」に想いを込めて

=高校球児の活躍を支える仲間と家族=

2017年07月26日

社会・生活

企画室長
小長 高明

 梅雨が明け、本格的な夏が到来した。連日、真夏日を超える日が続く中、7月も終わりに近づくと、全国各地から「甲子園の出場校決定」のニュースが伝えられる。それぞれの地域の予選会を勝ち上がり、8月7日に始まる第99回全国高等学校野球選手権大会(甲子園)へ出場できるのは47都道府県の代表49校(東京と北海道は2校)。全国の高校球児約16万人の1%にも満たない882名(ベンチ入り登録選手18名×49校)しか、甲子園の土を踏むことを許されない。今も昔も厳しい世界だ。

 今夏、筆者は埼玉県予選を観戦した。負けたら終わりのサドンデス。悔いは残したくない、だから手を抜くわけにはいかない。脱水症状で足がつって動けなくなっても、治療を受けてグラウンドに戻る。そんなゲームを何度も目の当たりにした。もちろん選手だけではない。ベンチやスタンドの控え選手は声をからしてレギュラーを励まし、応援に来たOBやブラスバンド部、チアリーダーも汗にまみれる。全員が一所懸命だ。

 各校ベンチの中には、「鶴文字」と呼ばれる折り鶴で作ったタペストリーが飾られている。マネージャーから選手たちに贈るメッセージとして、「夢」「絆」「感謝」「報恩」「挑戦」「強気」「強靭」「全力」などチームごとに思い思いの文字が織り込まれている。

20170801_01a.jpg 「強靭」の文字を千羽鶴で作ったチームのマネージャーに話を聞いてみると、「強くしなやかであって欲しいという願いを込めた」という。青い文字には集中力を高める一方で、気持ちを落ち着かせて冷静さを保つリラックス効果がある。白い縁取りは、気分一新、心の浄化と強さを引き出す効果をもたらす。背景のレモンイエローには、選手一人ひとりが自分の役割を全うし、その場で輝けるようにという意味がある。

 この夏一日でも長く、選手たちが自分の夢を追い続けられるよう願って、半年前から5000羽以上の鶴を折って製作したそうだ。

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 埼玉県大会では、試合終了後、球場外で敗戦チームの鶴文字のタペストリーを勝利チームへと引き渡すのが伝統だ。負けたチームは、甲子園への熱い想いを勝利チームに託す。こうして代表校は、地域の野球部員とその応援団全員の想いを背負って、夢の舞台である甲子園に向かうことになる。

 選手の家族もまた、甲子園への「想い」を強く持っている。「上手くなりたい」「レギュラーになりたい」「甲子園に一歩でも近づきたい」と練習している選手たちの力になろうと、母親は子供たちよりも早く起きて弁当に作りに精を出す。「体力をつけるためには何を入れようか、疲れをとるためには...。汗をかくだろうから塩分を多くしようか、暑いからのどに通りやすいものにしようか」など思いをめぐらせながら弁当作りに工夫をこらす。

 練習で疲れきった選手たちは、家に帰っても野球のことはほとんど何も話さないという。だから、母親たちは汚れたユニフォームを洗濯しながら、「今日はどんな活躍をしたのだろか」と想像するのが楽しみらしい。特に汚れた個所は「また活躍できますように」と念入りに洗う。逆に、汚れていない日は複雑な心境だという。背番号を縫いつける時も、「怪我をしないで頑張って欲しい」とひと針ひと針に思いを込める。

 3年生の選手にとっては、この夏が甲子園に挑戦する最後のチャンス。高校入学から2年4カ月、チームの仲間と同じ目標に向かって切磋琢磨し、支え合いながら大会に臨んでいる。現実には、夢破れ、願いは届かない選手の方が多いが、厳しい練習を通じて学んだことも多いはずだ。

20170801_03.jpg 夏の大会で負けた時点で、3年生は高校野球を卒業する。選手たちは泣き崩れ、抱き合い、タオルで顔を覆いながら、最後に「ありがとう」と仲間や家族に感謝している。「自分がここまで頑張ってこられたのは、仲間や家族のサポートがあったからだ」という気持ちが伝わってくる。

 甲子園に出場する選手たちには、負けた高校球児の分まで、夢の舞台で大いに楽しんでほしい。今夏はどんなドラマが待っているのだろうか。

(写真)筆者

小長 高明

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