Main content

「象のはな子」が観客にお尻を向けていた理由

=動物ジャーナリストの佐藤栄記氏がドキュメンタリー映画制作=

2017年08月09日

社会・生活

上席主任研究員
貝田 尚重

 2016年5月、井の頭自然文化園(武蔵野市)で飼育されていたアジア象のはな子が69年に及ぶ生涯を終えた。はな子は終戦後、タイから「日本の子どもたちに動物と触れ合う機会を」として寄贈された。1949年に来日した時は2歳。その後、しばらくは移動動物園として各地を巡り、復興のシンボルとして人気者になり、1954年からは61年間にわたり井の頭自然文化園で生活していた。

 動物ジャーナリストの佐藤栄記さんははな子の生前から同園に通い詰め、撮りためていた映像や死後に明らかになった事実を基に、ドキュメンタリー映画「はな子さんからのメッセージ」を制作、この夏に公開した。

 はな子に与えられていたスペースは約200平方メートル。ファミリータイプのマンション2~3戸分は人間にとってはかなり広く感じるが、野生の象はサバンナや森林で群れをなして1日に20~30キロも移動しながら生活しているという。ほんの10秒ほどで行き来できてしまう固いコンクリートのスペースは、象の本来の生態にはあまりにそぐわない生活環境だったのではないか。しかも、はな子は井の頭自然文化園に来てから、一度も他の象に会ったことがなく、生涯、孤独なまま死を迎えたという。

 映画の中で、佐藤さんは「東京の多くの家庭で、はな子さんをバックに撮った記念写真があるかもしれません。アルバムのはな子さんはお尻を向けていませんか?」と語りかける。実は、はな子の象舎は雨水がたまらないよう、わずかに傾斜して設計されていた。固いコンクリートの上で、少しでも踏ん張りが効くように、斜面の上側に前脚を置いていたと考えられるそうだ。死後の解剖で右前脚が関節炎だったことも判明したという。

来園者にお尻を向けて立つはな子

20170810_01.jpg(提供)佐藤栄記氏

 佐藤さんは「動物園を全面否定するつもりはないが、もっと良くなるものなら、そうしてもらいたい。果たして、あんな狭い場所で象のような大きな動物を飼ってよいのか、考えなければならない」と問題提起する。

 映画の中では、井の頭自然文化園がはな子の死後、スイスのチューリッヒ動物園やドイツのケルン動物園の象舎の航空写真と比較して、はな子がいかに狭いスペースに閉じ込められていたのか、自虐的ともとれる振り返りをしていたことも紹介されている。つまり、同園も決してはな子の展示スペースを良しとしていたわけではなかったことが推察できる。日本では1997年、北海道の旭山動物園が、動物が走ったり、泳いだり、飛んだりする瞬間の美しさや力強さを見せるため、動物本来の動きを引き出す「行動展示」をとり入れた。それが大きな人気になったことをきっかけに、動物の本来の生態に近い環境を整える動物園が少しずつ増えてきている。佐藤さんは「不幸な動物を減らし、動物と人間が共存共栄できる未来につながるよう、映像を通じて働きかけていきたい」と話している。

 佐藤さんは、東京に残された小さな自然の中で生きる動物や昆虫を丹念に取材し、2015年に「東京2020」、2016年には「PHANTOM PARADISE(幻の楽園)」を発表。干上がりかけた水たまりや側溝からカエルや昆虫の卵を保護し、自宅で孵化・羽化させて自然に戻す活動もしている。

 映画「はな子さんからのメッセージ」、次回上映予定は、杉並区の「かふぇ&ほーるwith遊」にて8月18日午後1時、3時、4時45分、6時、7時の5回。入場料は1500円(高校生以下無料)。午後1時と3時の回は佐藤さんによる「いきいき!生きもの教室」を開き、子どもたちから動物や昆虫に関する質問を受け付ける。

貝田 尚重

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る