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レディー・ガガが闘病する線維筋痛症のこと

=「認知される」ことこそが、世界を変える第一歩=

2017年09月22日

社会・生活

上席主任研究員
貝田 尚重

 世界的な人気歌手レディー・ガガさん(31歳)が9月8日、ワールドツアーが終わる今年12月以降、病気療養のため無期限の休養に入ると発表した。病名は「線維筋痛症」。全身の筋肉や関節に強い痛みがあり、けん怠感やうつ症状、睡眠障害などを伴う。原因は不明。このため、根本的な治療方法も確立されていない。薬剤による痛みの緩和など、対症療法的な治療が中心だ。日本でもおよそ200万人の患者がいると推計されているが、医療関係者の間でも十分な知識が普及していないため、線維筋痛症と病名がつき、専門医を受診している人は4000人前後だという。

 実は、家族の一人が10年以上にわたり線維筋痛症を患っている。症状を訴え始めてから、線維筋痛症と診断がつくまで3年ほどかかった。地元の小さなクリニックで筋肉や関節の痛みと全身倦怠感を訴えると、「疲れがたまっているせいでしょう。年齢とともに、だんだん身体の無理が効かなくなりますから、ゆったり過ごしましょう」と気休めの湿布薬と安定剤を処方された。その後、症状は全く改善せずに、いくつもの整形外科や神経科、脳神経外科などを渡り歩いた。そのたびごとに、血液検査やレントゲン、MRI検査を受けるものの、異常所見なし。「特に悪いところはないようですが、鎮痛剤を出しておきますから、それで様子を見ましょう」と言われて、「この痛みを誰も理解してくれないのか」と本人も家族も絶望の淵に立たされる。精神科でうつ病の治療を受けたこともあったが、慢性的な全身の痛みの改善には全く効果がなかった。

 結局、振り出しに戻って、地元のクリニックで「痛みで眠ることができない。睡眠薬を処方してほしい」と訴えたところ、医師が論文を調べて、あちこちに問い合わせた末、「線維筋痛症という病気かもしれない」と日本でも数少ない専門医のいる病院に紹介状を書いてくれた。

 しかし、診断がついたところで、症状緩和の薬剤投与がメインの治療のため、ドクターに会うのは2カ月に一度程度。根本治療法がないため、病状が目覚しく改善するわけではなく、最低位安定。薬によって一時的に痛みが緩和されることもあるが、油断して外出したり、張り切って家事をすると翌日から通常よりも激しい痛みに襲われ、数日間は起き上がれなくなることの繰り返しだ。ようやく専門医がいる病院にたどりついて期待をもった患者にとっては、「結局は何も変わらない」現実が耐えがたく、自暴自棄になる。

 もう一つやっかいなのは、見た目は病人らしく見えないことだ。内臓や脳には問題がないため、急激に食欲が落ちたり、やつれたり、呂律(ろれつ)が回らなくなったりすることがない。だから、周囲の人からは「元気なくせになまけている」「ただのわがまま」と誤解される。痛みのために親類の葬儀に出席することができず、激しく罵られたこともある。

 レディー・ガガが休養の期間を明確にしていないこと、病名を公表した直後に、ブラジルや欧州でのコンサートをキャンセルしたことは、同じ病気の家族を持つ者として、事情はよく理解できる。テレビニュースなどでは、「しっかりと治療して、一日も早い復活を願います」という趣旨の識者のコメントがあったが、原因が不明で治療法も確立されていない現状においては、復活がそれほど容易ではないことも想像に難くない。

 それでも、原因の解明、治療法の進歩の可能性を信じたい。

 レディー・ガガの勇気ある病名公表によって、世界中で初めてこの病気の名前を耳にした人が数多くいたに違いない。「認知される」ことは、理解への第一歩だ。病院を転々としながら、診断名がつかずに苦しんでいる人が、専門医を受診するきっかけにつながるかもしれない。「なまけ病」「サボリ癖」と中傷を受けていた人も、周囲の人の理解を得られるようになるかもしれない。何より、患者同士の連帯が心の支えになり、声を上げる患者が増えることが医療界を動かす力になると思いたい。

 9月15日付の日経新聞は、「横浜市立大学と長崎大学が、線維筋痛症の原因物質の候補となるたんぱく質を見つけたと発表した」ことを伝えた。このたんぱく質の働きを抑える化合物を線維筋痛症のモデルマウスに投与したところ、明らかな症状の改善が見られたという。新しい治療薬の開発につながりうる発見だ。レディー・ガガが病名を公表しなければ、地方大学の地味なプレスリリースが全国紙で報じられることはなかったかもしれない。

 レディー・ガガの代表曲「Born This Way」を日本語に訳せば、「こうなる運命のもとに生まれてきた」だろうか。しかし、運命は変えられる。病名の公表によって、何かが変わり始めている。

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貝田 尚重

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