2017年10月05日
社会・生活
企画室
大林 裕子
私が38年前に入社した当時は、始業前にラジオ体操や社歌斉唱、朝礼を行うのが朝の日常風景だった。いつも時間ギリギリに出社していた私は、急いで制服に着替え、慌しくスタートする毎日だった。
役員秘書の業務に就いたのは入社から3年目。秘書としての勉強もしていないし、不安だらけだったので何とか断れないかと必死になったが、当然意見など聞いてもらえない。それまでよりも1時間早く出社し、ボスの部屋を掃除し、新聞や雑誌を整理し、文具を整えた。ボスお気に入りの赤鉛筆は、先まで細く削ると折れてしまうため、削りすぎないことがコツ。些細なことだが大切だ。
打ち合せや会議が多いため、決裁を急ぐ書類には早く目を通してもらう工夫も必要。過密なスケジュールの調整は本当に大変だった。要領がわからないまま秘書業務に就いたが、不安になって通信教育で秘書の勉強をした。
秘書になりたての頃は、まるで漫画のような失敗を何度かやらかした。役員が集まる会議室でお茶を出す際に、茶碗を載せたお盆を持って歩いていると、突然、電気が消えた。「停電のようです。確認します」と廊下に出てみると、電気がついている。「もしや?」と会議室に戻って壁のスイッチを確認すると「OFF」になっていた。どうも、お茶をこぼさないようにと慎重になるあまり壁際を歩きすぎ、知らぬ間にスイッチを切ってしまったようなのだ。気まずくなって、とっさにスイッチをカチャカチャして電気をつけ、何もなかったようにお茶を出した。
ある時、関連会社の社長秘書からの電話で、「○○からですが...」と言われたのを、「○○カラ様ですか?」と聞き返してしまったことがある。「○○社長からの電話をつないでほしい」という趣旨だったのだが、経験の無さゆえに正しく理解できなかったのだ。
打ち合せ中のボスから急ぎのコピーを頼まれた時に限って、用紙やトナーが切れていたり、紙詰まりが起きていたりする。「まだ~?」と催促されてアタフタするのは日常茶飯事。そんな途中でも、「××さんに、電話つないで!」と呼ばれる。次から次へと指示され、優先順位を考える間もなく、手あたり次第にどんどん片づけていくしかなかった。
昔の役員さんは、豪快で頑固でクセのある人が多かったが、当時の秘書たちはみんな本当に頑張って仕事をこなしていた。
慣れてくると、ボスが出社した時の「おはよう」の声と表情で、その日の体調やご機嫌具合が分かるようになってくる。「今日のボスの調子はどう?」と、探りを入れてくる部長もいた。彼が叱られる理由は、ボスの機嫌だけではないのに...。
最近は、秘書が怒鳴られる場面を見たことも聞いたこともない。パワハラと騒がれるからか。社内の打ち合わせや、社外の方との会議、面会のスケジュール調整などメールでのやり取りが主流となり、小さな失敗は周囲にバレずに、ウヤムヤにできるようになったことも関係しているのか。それはそれで怖いことである。時には失敗して、叱られて「二度と同じ間違いはするまい」と心の中で誓うからこそ、秘書は成長するのではないか。
もちろん、ミスのないよう最大限の努力をするのは当然。でも、秘書歴35年の私が考える、最も大切な心得は「秘書はボスの味方になることが大事」ということ。秘書になりたての右も左もわからない頃から、それは今も変わらない。
(写真)筆者
大林 裕子