2018年02月01日
社会・生活
企画室
田中 美絵
最近、ショッピングモールやショッピングセンターでネイルサロンをよく見かけるようになった。実際、その店舗数は増加傾向にあり、日本ネイリスト協会によると2015年には2万4450店を超えた。これは、全国のドラッグストアの店舗数1万8000店を大きく上回る(MACアドバイザリー協会調べ)。
日本ネイリスト協会がまとめたネイル白書によると、国内のネイル市場の規模は2016年に2240億円に達した。10年前と比較するとおよそ2倍近い規模だ。同じ美容業界でもエステサロンは、約3500億円規模で縮小傾向にあることと比較すると、この業界におけるネイルの急成長ぶりがうかがえる。
市場拡大の大きな立役者は「ジェルネイル」の登場である。「ジェルネイル」とは紫外線(UV)で光硬化樹脂(アクリル系樹脂)のジェルを硬化させて、人工爪を形作る方法だ。従来のマニキュアでは難しかった精巧なアートが可能になり、3~4週間その状態を維持することができるようになった。このため、ネイルアートを楽しむ女性が格段に増えたのである。大きな設備投資を必要とせず、個人でも開業できることも店舗数や市場規模の拡大につながっている。
一般的に、ネイルは「アートを楽しむ女性向けのもの」と思われがちだが、アスリート向けのネイルケアの市場にも今、期待が集まっている。指先や足を酷使するアスリートの爪には、通常の何倍も負担がかかりトラブルが多い。サッカー選手やマラソン選手の足の爪は亀裂が入ったり、血豆ができたりするのが当たり前だと思われている。野球ではピッチャーの爪が割れて降板を余儀なくされることもある。
今回、アスリートネイル協会代表理事の田中知美氏にお話をうかがった。米国とオーストラリアでネイリストとして働いた経験を持つ田中氏がまず強調したのは、「アートばかりに目がいっていますが、ケアという重要な役割がある」という点だ。日本ではアスリートもアートを楽しむことが重視されているが、米国では「ケアが基本」という認識が定着しているのだという。
爪のケアをすることで、どんな効果があるのだろうか。野球の投手の場合、爪が割れてしまうと爪が生え代わるまでの数週間はベストコンディションで登板するどころか、練習することさえできなくなってしまう。ジェルネイルを使ったケアを施すことで、復帰までの期間を短くできるし、事前にケアしておけば割れるのを防止することもできる。
田中氏は「日本はスポーツ関係者も含め、爪に対する認識と知識がとても乏しい」という。例えば、爪を作る栄養素はタンパク質のため、「骨の"親戚"だからカルシウムを取ればいい」と思っている人も多いという。また、一般的な爪切りは刃の圧で二枚爪になってしまったり、割れてしまったりというトラブルを引き起こしやすい。爪をケアする際は、ヤスリで削り、しっかり保湿を行う方が良い。しかし、プロチームでも爪のケア用品は、救急箱に爪切りが一つ入っているだけ、ということも多いそうだ。
こうした状況を改善しようと、アスリートネイル協会は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた活動を始めている。ネイルケアの重要性を広めるため、主要な選手宿舎にネイルケアのブースの出展準備を進めているのだ。さらにトップアスリートのためのネイルトレーナーの養成にも力を入れているという。
ネイルトレーナーは現在約100人を数えており、野球、サッカー、ソフトボール、バレーボール、陸上競技、柔道、水泳、バスケットボール、テニス、ゴルフ、テコンドーなど多岐にわたる競技の代表候補選手のあいだでネイルのメンテナンスが広がってきている。
協会の活動を通して田中氏が感じるのはメンタル面での効用だ。「アスリートの中には、アートを施すことで気分が高まるといった人もいます。でも、実はケアが行き届いていること自体が、競技をする上で精神的な支えになっているケースが少なくない」と分析する。
例えばパラ水泳視覚障害の富田宇宙(とみた・うちゅう)選手。プールの塩素で弱った手でレーンを確認しながら泳ぐため、すぐに爪がボロボロになっていたが、専用ジェルで補強したところ、アジア新記録をマークするほど劇的に記録が伸びたそうだ。
目前には平昌オリンピック・パラリンピックが迫っている。冬季大会なので確認が難しいかもしれないが、多くの選手がネイルケアをしているはずだ。2年後の東京オリンピック・パラリンピックでは、それがさらに増えるはずだ。これからはスポーツ観戦する際に、ネイルにも注目してみるのも面白いだろう。
田中 美絵