2018年02月23日
社会・生活
企画室
新井 大輔
リコー経済社会研究所に来て数年になるが、いまだに自分のお客様はだれなのかと迷うことがある。思い出すのはマーケティング部門に配属された20代半ばの頃。初めてのスタッフ業務に戸惑う日々が続き、最初は上司の指示通りに仕事をするのが精一杯だった。
ところが、業務に少し慣れて上司に褒められることが増えると、もっと褒められたいという気持ちから、上司が好みそうなことを意識して仕事をするようになった。そんなある日、上司にこう言われた。「私のことを考えてくれてうれしいけど、私は君のお客様じゃないよ。私たちのお客様は他部門だから、彼らを意識して仕事をしていこう」
その言葉に、思わずはっとさせられて、「お客様はだれか」という基本に立ち返ることを心がけるようになった。その後、営業部門に異動し、長い間、大手企業を担当した。その時は、自分のお客様が明確であり、仕事で迷うこともなかった。
そして今の当研究所。主要ミッションは社内の経営陣に対して研究成果を基に経営・事業への貢献を図ることであり、筆者の所属する企画室は所内の運営のほか、所内外との連携を円滑にすることで研究活動を支援する役割を担う。その場合のお客様は、他部署の社員や研究所の所員になる。
忘れてはならないのは、業務によってお客様が変わるということ。これを意識しておかないと、仕事の目的が漠然としてしまい、何となく成果を上げたような気になってしまう。下手をすると、昔のように上司を見て仕事をすることにもなりかねない。冒頭のような迷いが生じるということは、スタッフとしてはまだまだ未熟なのだと痛感する。
自分のお客様を意識できれば、どのような態度で接していくかが重要になると思う。スタッフ部門にいると、他部門からの通達や依頼事項をメールなどで受け取ることが非常に多い。不特定多数の人々に一斉送信できる便利なツールだが、相手の顔が見えないため、受信側が内容を理解したかどうかまでは分からない。また、受信側の状況が考慮されているわけでもなく、悪い言い方をすると「依頼したので後はよろしく」といった一方通行型のコミュニケーションになりがちだ。
こうしたコミュニケーションはやり方を間違うと、相手を怒らせることになる。かくいう私も、本社の営業時代、全国の営業担当者を怒らせてしまった苦い経験がある。自分のお客様企業のグループ会社を受け持っていた全国の営業担当者に対し、現在の見込み案件を短納期でフィードバックするよう、一方的に依頼したのだ。当然、ほとんど返事が集まらない。催促すると、「そちらの一方的な都合で依頼をするのはやめてほしい」「こちらは営業で日中は外出している。短納期で依頼されても困る」など、多くのお叱りを頂戴した。中には、上司を通じたクレームもあった。相手の立場を考慮しえなかった身勝手を深く反省した。
「次工程はお客様」という言葉がある。これは、「お客様に接するのと同様に、次の後工程の人のことを考えて担当業務を引き渡していく」という意味だ。製造現場でよく使われるが、すべての業務に応用できる。業務は一人で完結する方がまれであり、ほとんどの場合に次工程が存在するからだ。入社時の新人研修で習ったが、当時はこの言葉の重要性に気づかなかった。
通達や依頼をしてくる他部門の人たちは何の他意もなく、懸命に業務を遂行しているだけだと思う。日々の仕事に追われる中、依頼をするだけで精一杯なことも多いはずだ。しかし、ただ単純で負荷の小さな依頼だったらいいが、複雑で相応の負荷のかかる依頼をするような場合には、「次工程はお客様」の気持ちを持つことが大切だと思う。
例えば、ゆとりのある納期設定を行う、依頼前あるいは後の電話等でのフォローを行う、各部門キーマンを集めた事前会議で、部門の意見を事前に吸い上げた上で依頼する―などである。顔を直に会わせるのが難しければ、テレビ会議などのコミュニケーションツールも効果的に活用できる。営業時代の失敗から、私はこうしたことをできる限り実践するよう心がけている。
相手の立場を考えた行動は自然と心に響くものであり、その後の理解や協力も得られやすくなる。そうすると、結果的にアウトプットも良いものとなる。こうした行動は近年、批判的にみられがちの「根回し」や「忖度(そんたく)」の一種なのかもしれない。だが、それが生産性向上につながるのであれば、一概に否定されるべきものではない。
「企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客を満足させることが企業の使命であり、目的である」―。米国の経営学の泰斗、ピーター・ドラッカー博士の言葉である。企業を組織と読み替えると、昔の上司の言葉にも通じる。こうした言葉の意味を噛みしめて、自分のお客様を満足させる仕事をしていきたいものだ。
新井 大輔