2015年01月01日
社会・生活
HeadLine 副編集長
花原 啓
当研究所のオフィスがある東京・丸の内。東京・赤レンガ駅舎が2012年に復原され、昨年12月には開業100周年を迎えた。そのシンボルが、明治時代を代表する建築家・辰野金吾(佐賀県唐津市出身)がデザインした優雅な八角形のドーム。一歩足を踏み入れると、天井には十二支でお馴染みの動物が飾られている。目を凝らしてみると、南南西の方角に未(ひつじ)のレリーフを見つけることができる。
今年の干支の羊はウシ科に分類される。二つに分かれた蹄(ひづめ:重い体を支えながら、速く走るのに適した頑丈な靴状のつめ)を持ち、反芻(はんすう:一度飲み込んだ食べ物を再び□の中に戻し、再び咀嚼する)を行い、洞角(どうかく:枝がなく中空の角)を持つといった特徴からである。
「善」という字に使われているように、羊は行儀の良い動物として知られる。また、「群」という字にも見られるように、大勢で行動する習性があるため、羊は家族安泰の象徴として縁起の良い動物とされてきた。日本でもお馴染みで米国生まれの童謡「メリーさんの羊」(原題は「Mary Had a Little Lamb」)では、飼い主メリーさんの後をどこまでも付いていく、人懐こくて可愛い子羊の姿が歌われている。
また日本では、「眠れない夜でも羊を数えれば眠れるようになる」というオマジナイが信じられてきた。英語の「Counting Sheep」が輸入されたものだが、なぜ羊を数えるのだろうか。
「One Sheep, Two Sheep...」という音が「Sleep(眠る)」に似ているからだという説もあるが...
羊は古くから家畜として、人間の生活になくてはならない存在だった。一説では、その歴史は紀元前7000年頃の西アジアまでさかのぼる。最新の国連食糧農業機関(FAO)調べでは、全世界で11億頭を超える羊が飼育されており、最も多い中国では1億8000万頭に上る。漢字の世界では古来、羊は「美」と「栄養」を兼ね備えた家畜として重用されてきた。
羊は「全身が役に立つ動物」ともいわれる。中でも羊毛(ウール)は、セーターやコート、布団などの材料として広く使われれる。冬暖かく夏蒸れにくい、汚れにくい、燃えにくい、しわになりにくい、抗菌・消臭力がある、地球に優しい(土壌中で分解可能)など、「生きている繊維」ならではの不思議な特長がたくさんあるからだ。
刈り取った羊毛に付着している分泌脂質(ウールグリス)を精製すると、ラノリンになる。そのおかげで、ニュージーランドの毛刈り職人の手がいつまでも若々しいことから、古くからスキンケア用品として親しまれてきた。また、野球グローブや革靴などのメンテナンス用クリームの原料としても定番である。
羊の皮は紙の原料にもなる。羊皮紙と呼ばれるもので、紀元前2世紀のペルガモン(現在のトルコ)で発明されたといわれる。状態が良ければ、1000年以上も保存できる驚異的な耐久性を持ち、今でも外交文書のような重要な用途に使われることがある。
さらに意外なところでも活躍している。テニスラケットのガット(gut=腸)やクラシックギターの弦は、ナイロンが無い時代には羊の小腸から作られていた。その長さは全長の20倍以上もあり、ウィンナーソーセージの皮にも利用されている。
こどもの国(横浜市青葉区奈良町)は、約30万坪(東京ドーム20個分)の敷地を誇り、2013年の年間来場者数は78万7000人、うち幼児・小中高生の来場者数が37万2000人。1965年の開園以来、子供と自然の触れ合いの場として親しまれている。雪印こどもの国牧場は、この中にある羊の「楽園」である。
牧場では約30頭の羊と約40頭の牛が、4人の飼育員によって大事に育てられている。羊に関する話を聞かせてくれたのは、飼育員になって6年余の大沢田真邦(おおさわだ・まさくに)さん。
牧場で飼育されているのは、ニュージーランド原産コリデール種の雑種であり、毛肉両用羊。60年ほど前は、羊毛収穫のために日本で100万頭も飼育されていたが、化学繊維が安価に手に入るようになると、羊の用途は肉主体に。現在は顔の黒い肉用種「サフォーク」が増え、顔が白いコリデール種は希少な存在になった。
羊の性格は、大人しく温和なので育てやすい。牛と比べて警戒心が強い半面、好奇心も旺盛だという。大沢田さんは「飼育員が近づくと『なんだなんだ?』と自然と群れになって近寄って来るのですが、そこで私が急な動きをすると、『わ~』と一斉に逃げてしまうんです」と笑いながら語ってくれた。
主食は牧草。量は季節によって変動するが、一日1㎏も食べるそうだ。ほかには、栄養価を考えてビールの搾りかすや、ルーサンペレット(牧草を粒状に固めたもの)も与えている。
「眠れない夜」に登場する羊。では、果たしてどれぐらい睡眠をとるのだろうか。大沢田さんから意外な答えが返ってきた。「実は人間ほど睡眠をとりません。そもそも熟睡をしない動物なんです。草食動物は肉食動物に狙われる危険性があるので、睡眠は3時間程度です。たとえ寝ていても、飼育員が近づくとパッと目を覚まして立ち上がります」
羊の毛刈りは、毎年桜が咲く頃に始め、散る時には終えるのが良いという。真夏に毛を刈ってあげた方が涼しくなるのではと思うが、大沢田さんによると、「毛がないと体温調節がうまくできずに、体調を崩してしまうことがあります。夏場に少し生えてきた毛は直射日光から身を守ってくれ、毛の内側をある程度の温度に保ってくれる効果があるんです」
1頭当たりの産毛量は3~4㎏。毛を刈った後、毛に絡まった牧草を丁寧に取り除き、洗って汚れを落とす作業(=スカーディング)を行う。良い羊毛とは、汚れがなく綺麗であると同時に、健康的であることが重要だという。「羊毛はとてもデリケート。ストレスを感じたり、風邪を引いたりしただけで毛が弱くなり、切れやすくなってしまいます」(大沢田さん)―。ちなみに、1頭から出来るセーターは2~3着ぐらいだ。
大沢田さんは最後に、羊の魅力について愛情たっぷりに語ってくれた。「何気ない仕草がすべて可愛らしいんです。寝転がりながら口をモグモグ反芻している姿や、子羊同士でワイワイ追いかけっこしている姿。子羊がお母さんの背中に顔を近づけてクンクンしている姿に癒されます。その一方で、人間の衣食に役立っているという一面も知ってもらえると嬉しいです」―。12年に一度めぐってくる未年。可愛らしい羊の「楽園」に足を運んでみてはいかがだろうか。
(写真)筆者 PENTAX K-50 使用
花原 啓