2019年02月13日
社会・生活
企画室
大林 裕子
朝の満員電車と、疲れてつり革にぶら下がる帰りの電車―。毎日の通勤は本当につらい。片道45分とすれば往復で1時間半。1日のうち起きているのが16時間として、1割近くも電車やバスに揺られている計算になる。
イライラも募る。朝、ただでさえ遅れがちな電車が、ドアの戸袋に乗客のカバンやコートを巻き込んで遅延。混雑の中でもゲームに夢中になり、前の人の肩や背中にスマホを当ててくる人や、イヤホンから音楽が漏れている人もいる。そうした乗客同士のトラブルも絶えない。
自分がだれかに迷惑をかけてしまうこともある。かく言う私も大失敗した。
ある朝、混んだ電車でつり革につかまっていたが、次々に乗り込んでくる人に押され、自分の体を支えきれなくなったのだ。揺れた拍子にバランスを崩し、前に座っていた男性のカバンの上に座り込んでしまった。
いくら頑張っても立ち上がれない。座ったままの状態で、気まずい時間が流れた。たった一駅とは思えないほど、長く感じたのを覚えている。
(写真)筆者
英国のBBCやガーディアン紙によると、通勤ラッシュで感じるストレスは訓練中の戦闘機パイロットや警察官に匹敵するという研究結果があるそうだ。日本の通勤ラッシュは英国よりひどいだろうから、ストレスもそれを上回るかもしれない。
2018年7月に国土交通省が発表した調査によると、東京圏の鉄道の平均混雑率は163%。最も混んでいるのは199%の東京メトロ東西線(木場⇒門前仲町)で、197%のJR東日本総武線(錦糸町⇒両国)が続く。発表資料によると、200%は「体がふれあい相当の圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」状態らしい。ただし、調査は1時間の平均なので、もっと混雑した状況も当然あるということだ。ちなみに、250%は「電車が揺れるたびに体が斜めになって身動きができず、手も動かせない」状態。私はほぼ毎日この状況だ。ピーク時間帯には2~3分に1本のペースで電車が走っているのに、これだけの混雑率は尋常ではない。
どうすれば通勤の苦痛を減らせるのだろう。私は自分や周囲の情況を第三者の目で眺めることにしている。観察者の視点に立つと、不思議と冷静になるものだ。面倒に巻き込まれてもイライラせずに済むのである。
夜10時ごろだったろうか。ある日、混んでいる地下鉄の車内に入ると、なぜか人がいないスペースができていた。見ると、酔っ払った中年男性がつり革につかまりユラユラしている。足元の床にはきれいに揃えた靴とたたまれたコートや背広が置かれていた。
本人は自宅の居間にいるつもりなのだろう。目の前の座席を家のソファーと勘違いしているようだ。転倒したり、ズボンを脱ぎ始めたりするとまずいなと思ったが、そうした兆候はなかったので少し安心した。周囲の乗客に目を移すと、寝ていたり、スマホに目を落としたりして、何事もないかのように過ごしている。それもまたシュールな光景だった。
こんな時、「混んでいるのに邪魔だ」「前後不覚になるほど飲むな」などと感情的になっても仕方がない。客観的に見れば平和な風景だし、日本の社会や家庭の姿を映し出しているようで興味深くもある。自分の失敗を思い返し、「あの時も周囲はそれほど関心を払っていなかっただろうな」といった気づきも得られる。
通勤風景はある意味で社会の縮図だ。車内で乗客の表情や服装、暇つぶしの方法などに注目すると、流行から景気までさまざまなものが浮かび上がってくる。とりわけ季節の変わり目には、女性のファッションにも変化が見られる。
どうせ同じ時間を過ごすなら、イライラするよりは、「通勤は社会観察の時間」と割り切るとよいかもしれない。ただし夢中になると、急停車で倒れたり、乗客から不審に思われたりして危険。十分ご用心の上でお楽しみください。
大林 裕子