2019年05月15日
社会・生活
研究員
今井 温子
昨年、身内が長期入院した際、「高額医療費」の制度について調べる機会があった。一定額を超える治療代について、国が事後的に補助する仕組みだ。インターネットで検索したり役所に出向いたりして情報を集めたが、手続き自体は病院で簡単に済んだ。
この制度について、入院した本人は知らなかった。私も存在自体は知っていたが、手続きについて詳しかったわけではない。病院などで教えてもらえるとは限らないようなので、気付かなかったり、利用方法が分からなかったりして困っている人も多いはずだ。
同じように税負担を軽くする仕組みはたくさんある。ちょっと調べただけでも寄付金控除やふるさと納税、特定支出控除、住宅ローン控除、住宅譲渡の際の特別控除などが見つかった。私が初めて知ったのは、医療費控除と似たセルフメディケーション税制(医療費控除の特例=医療用から転用された医薬品の購入費用を所得から控除)だ。業界団体のアンケート調査によると、まだ認知度は高くない。
図表:セルフメディケーション税制認知度
(出所)日本OTC医薬品協会、日本製薬団体連合会報告書の「セルフメディケーション税制」の認知・利用意向に関する第四回生活者意識調査のデータを基に作成
(注)調査数は、2017年は約1300人、2018年約15万人
このように知っていれば得をするのに見過ごしている仕組みは、税に限らずたくさんあるだろう。制度の存在に気付いたとしても、使い方や対象となる条件が複雑で理解するのが大変なこともある。メリットとデメリットや手続き方法、問い合わせ先、手続きに必要な書類などを一通り調べるだけでくたくたになる。高額医療費制度はまさにそうだった。
もちろん、インターネットの登場でこうした手続きを調べる作業は昔に比べ楽になった。しかし一方で、情報があふれているが故に、自分に必要なものだけ探し出すスキルやノウハウも求められる。ネットで検索すると情報はたくさん出てくるが、分かりづらかったり、情報が古すぎたり、真偽が不明だったりして使えないケースは多い。グーグルなどの検索エンジンも人工知能(AI)を使って利用者の傾向を学習するなど進化しているが、本当に欲しい情報にたどり着くのは意外に大変だ。
図表:主なメディア(インターネット系メディアの詳細含む)の信頼度(日本)(出所)総務省「IoT時代における新たなICTへの各国ユーザーの意識の分析等に関する調査研究」(平成28年)
ネットで散々調べた挙句、結論が得られず人に聴くということは今でも多い。きちんと相手を選べば、パソコンの前で悩んでいたのがウソのように、一発で信頼できる答えや助言が得られる。自分から尋ねなくても、だれかが気を利かせて教えてくれることもある。今回は私が教える側だったが、入院した身内の例はまさにそうだ。
これからAIの能力は日進月歩で高まっていく。いずれ、AIがお得な税控除については教えてくれるようになるだろう。しかし自分が本当に望むものなのか、そして手続きまで済ませてくれるのだろうか。
情報技術が進化するほど、人間の判断能力の高度化が求められる。検討しなければならない情報や、新技術を使いこなすために必要なスキルも増える。結局、人間の仕事は楽にならないのかもしれない―。パソコン画面にずらりと並んだ検索結果にため息をつきながら、十連休後の職場で複雑な心境になった。
今井 温子