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現地に居るようなバーチャル旅情

=琴平バス「国内初オンラインバスツアー」=

2021年07月05日

社会・生活

研究員
竹内 典子

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く。不要不急の外出は自粛が当たり前になり、筆者も在宅勤務や巣ごもり生活を余儀なくされている。まして旅行にはいつ行けるのかメドも立たず、フラストレーションが溜まる一方だ。

 こうした中、テレビの情報番組で「家に居ながらにして旅行を楽しむ」というオンラインツアーの存在を知った。パソコンで検索してみると、四国のバス会社が国内初のオンラインバスツアーを始めたことが判明。早速、その琴平バスに取材を申し込んだ。

オンラインバスツアー「こだわり」とは?

 琴平バス(以下コトバス)は、「こんぴらさん」の愛称で親しまれる金刀比羅宮を戴く香川県琴平町に本社を置く。長距離高速バスのほか、貸切バスによる観光ツアーなどを運営しているが、コロナ禍に伴い観光関連はすべて中止に追い込まれた。

 売り上げが激減する中、執行役員の山本紗希さんが「お客様にお会いしたい。何かできることはないかしら?」と考え込んだ。ある時、ぱっと閃(ひらめ)いたのが、「バスに乗らないオンラインバスツアー」である。2020年4月28日、企画を会社に提案したところ、楠木泰二朗社長が「やるなら日本で最初に実施しよう」と即断即決した。

写真オンラインで取材を受ける山本さん
(写真)筆者 

 普段は安全運転のコトバスもこの時ばかりは猛スピードで準備を進め、わずか3週間足らずで日本初のオンラインバスツアーを実現した。その内容は高松市を出発後、瀬戸大橋を渡り、島根県浜田市の伝統芸能「石見神楽(いわみかぐら)」を動画で鑑賞するというもの。実際に自動車で移動すると、とんぼ返りでも7~8時間かかる距離だが、オンラインだからツアーは90分で済む(料金4980円)。

 コロナ禍前からコトバスでは原則、ツアーの企画から手配、当日の添乗までを1人のプランナーが担当してきた。「企画したプランナーがほかのだれよりも、ツアーの魅力をお客様に届けられるからです」と山本さん。オンラインツアーでもその「こだわり」を忘れることなく、どうしたらお客様に旅情を味わってもらえるかを考え続けているという。

 山本さんに取材しながら、筆者なりにコトバスのオンラインツアーに対する「こだわり」をまとめてみた。

 ①1回のツアー参加人数は15組まで。パソコン画面上でも、少人数ならばお客様の表情を確認でき、滑らかなコミュニケーションを図れるからだ。

 ②ネットに不慣れなお客様には、ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」の接続などを分かりやすく解説したマニュアルを提供。事前に接続テストも行う。

 ③オンラインツアーで回る地域の特産品を、事前にお客様の自宅へ直送。お客様同士で飲食すれば旅気分は自然に盛り上がるし、地域の応援もできる。

 ④バスガイドも務めるプランナーや運転士役、観光地の現地ガイドが緊密に連携。現地ガイドによるライブ中継は、お客様がまるで現地にいるような空気を醸成する。地域住民と言葉を交わす機会も積極的に設ける。

 ⑤お客様が決して飽きることのないプログラム。観光地に関する情報提供だけでなく、クイズをはさんだり、みんなで歌ったり、画面越しに記念撮影をしたり...。そのために進行の台本をしっかり作り込んでおく。

 ⑥ツアー終了後には交流タイム(自由参加)を設定。現地ガイドも残り、お客様が話す機会を最大限確保する。将来、リアルの旅で「あの人に会いたい」と思ってもらうために...

 コトバスがオンラインツアーを始めて1年。一般向けは200回(2000人)、修学・社員旅行の団体貸切も100回(2800人)開催した。最初はトラブルも多かった。「現地ガイドの出番になっても、ネットワークがつながらず、画面が真っ暗だったことも...。緊張の連続でした」と山本さん。

 孫と90代の祖母が一緒に参加するなど、お客様層は従来のコトバスから広がりをみせる。リピーターも確実に増えてきた。時には海外からの申し込みも。「先日は英国からご参加いただきました。現地時間夜中の3時にもかかわらず、『日本を知ることができて楽しかったよ』と喜んでくれました」と山本さんは声を弾ませた。

 団体貸切の依頼も増えている。「3密」とは無縁だから安心して参加できるし、テレワークで不足しがちな社員同士のコミュニケーションの場にもなるのだろう。

体験すると...紙製シートベルトやハイボール教室も

 オンラインツアーの人気を探るため、筆者は5月16日、山本さんが企画した竹原市(広島県)へのツアーに参加した(ツアー90分、交流会30分、4980円)。

 コトバスのホームページ上でツアー申し込みを済ますと、事前に旅のしおりや手作りの紙製シートベルト、旅先の観光パンフレット、さらに特産品が届いた。竹原市の特産品であるブドウジュースのほか、塩かりんとう、酒粕キャラメル、地元酒蔵の赤い巾着などの詰め合わせである。ブドウジュースは冷蔵庫に入れ、冷やしながら当日を楽しみに待つ。

写真事前に届いた旅のしおりや特産品
(写真)筆者

 ツアー当日は、出発時間20分前からZoomの接続が可能。筆者も自宅から接続して画面をのぞくと、お子さん連れが2組のほかは、一人旅のようだ。定刻になると、この日もプランナーを務める山本さんが「さきちゃんと呼んでください」と自己紹介。15組の参加者も簡単にあいさつを行い、ニックネームや参加地を教え合う。徐々に緊張が解け始め、広島市からの参加者は「参加者の半分が関東の方なんですね...」と驚いていた。

 今回は、まずJR三原駅から呉線で竹原駅へ向かう。バスに乗り換え、町並み保存地区の和風カフェ、ホテル、酒蔵、バー、トラットリアを周遊後、海の駅で解散となる。

写真訪問先の地図を画面に表示しながら紹介
(提供)琴平バス

 呉線車窓からの風景動画を流しながら、とっておきの観光情報を山本さんが説明してくれる。「竹原は製塩業で栄えました。お届けした塩を使った塩かりんとうを食べながら行きましょう!」―。バスに乗ると、紙製のシートベルトを装着する。リアルなバスのエンジン音とともに、ドライバー役の「なかちゃん」こと中野広貴さんが元気よく「出発進行!」―。運転席からの車窓動画やクイズを楽しんでいると、竹原の誇る観光地「町並み保存地区」に到着した。

バスの車窓から(竹原駅から移動中)
(提供)琴平バス



写真プランナーの山本さんとドライバー役の中野さん
(提供)琴平バス

 すると、現地ガイドの「あやのん」こと笹原綾乃さんがライブ中継で登場。このほか地元の人が次々に登場し、街の魅力や雰囲気を伝えてくれる。臨場感あふれる解説を聞きながら、参加者は積極的に質問する。「町並み保存地区には実際に人は住んでいるんですか」「はい、今も住んでいますよ」。「送ってもらったブドウジュースがおいしい。東京にある広島のアンテナショップでも買えますか?」―

写真「あやのん」が町並み保存地区からライブ中継
(提供)琴平バス

 バー「ロベルタ」では、カクテルコンクールで3回優勝した「日本一のバーテンダー」堀内信輔さんが、おいしいハイボールの作り方を教えてくれた。参加者は各自画面の前にグラスや氷、ウイスキーを準備する。堀内さんは「まずは氷をクルクル回し、グラスを冷やしましょう。氷が溶けた水は捨てます」と手本を示すと、参加者も一斉にマネをする。「続いてウイスキーを入れたら、氷を20回ほど回してウイスキーを冷やしましょう。冷たい炭酸水は、氷に直接当てずに注ぐことで炭酸が飛びにくくなり、おいしさがアップしますよ」―。きりっと冷えたハイボールが出来上がり、各自がグラスを手にして乾杯!(ブドウジュースの人も一緒に)

 こうして90分のオンラインツアーは、あっという間に終了。名残惜しいのか、終了後の交流会には自由参加にもかかわらず、ほとんどの参加者が残っていた。「楽しかった」「良い気分転換になった」「新型コロナが落ち着いたら、竹原に遊びに行きたくなった」―。中学生の子どもと一緒の参加者は「子どもと行きたい所は全国にたくさんあるが、時間もお金もかかってしまう。オンラインなら気軽にいろんな場所へ行けるし、その土地の歴史や文化など魅力も感じられる。また参加したい」と満足気だった。

 観光庁の「旅行・観光消費動向調査」によると、2021年1~3月期の日本人国内旅行消費額(速報)は、前年同期比50.1%減の1兆6458億円。GoToトラベルで一時的な活況を見せた2020年秋以降、運輸・旅行・観光業は再び厳しい状況にある。業界にとって、オンラインツアーは一筋の光明といえるだろう。

 消費者から見ても、自宅に居ながらにして国内外の観光スポット巡りができたり、歴史を学んだりなどオンラインツアーの魅力は尽きない。今や「新しいカタチの旅」となり、さらなる進化も期待できそうだ。リアルとバーチャルの融合が、旅に今までと違う楽しみを加えてくれた。コトバスのツアーが終わった途端、もう次のツアーに行きたくなった。

写真呉線車窓からの瀬戸内海
(提供)琴平バス

写真町並み保存地区は映画・ドラマの撮影にも
(提供)琴平バス

竹内 典子

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※この記事は、2021年6月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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