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最先端の研究力を取り戻す「ラストチャンス」

=「10兆円大学ファンド」の狙いを内閣府に聞く=

2021年10月06日

社会・生活

リコージャパン㈱人財本部HR・EDTechサポートグループ
元リコー経済社会研究所 研究員 米村 大介

 国連が定めた17の持続可能な開発目標(SDGs)は、人類の幸福を実現するために「解決すべき課題」である。だが逆に言えば、簡単には「解決できない課題」だからこそ目標として掲げられているのだ。どの目標を見ても、単一の学問分野で解決策を構築することは難しい。工学、教育、医薬、法律、経済、心理...。さまざまな知の組み合わせ、新しい学問体系を生み出すことも必要になるだろう。

 例えば、SDGsの1番目の「貧困をなくそう」。最初に掲げるにふさわしい目標だが、解決策はどうだろうか。「工学」で生活必需品の生産性を上げればよいのか。「商学」で「お金を生む仕事を創造」すればよいのか。「教育」で知の水準を上げなければいけないのか...。そもそも会社のルールに従い、時間を提供している自分は「時間的な貧困者」なのかもしれない...。などと考えていると、隘路(あいろ)に入り込んでしまう。

量・質ともに劣化する日本の研究論文

 SDGsのような目標を解決するには知識創造が不可欠。その担い手として期待が寄せられる先は間違いなく「大学」だ。ところが、最近の日本の大学はこのような課題にチャレンジをすることが難しくなってきている。研究力が相対的に低下しているからだ。

 その理由の1つに、先進国の中で日本では論文が量・質ともに劣化してきていることが挙げられる。文部科学省の資料によれば、論文数は2005年まで2位だったが、2008年以降は5位。各学問分野で引用回数の上位10%に入る論文に至っては、2003年の4位をピークに2015年には11位まで低下した。

論文数の世界ランク、引用数上位10%論文数の世界ランク

図表(出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2019」

 この研究力低下の背景に指摘されるのが、大学の収入である。2005年と2019年で大学の収入を比較すると、米英の有名大学は収入を倍増以上させたところが多い。一方で、日本の大学は遠く及ばない。

各国大学の収入と増減率

図表(出所)内閣府

 収入の差はそのまま基盤的な研究費や研究環境、研究者の処遇につながる。日本では博士号を取得しても、長期的に安定した職を得られないポスドク研究員が問題化した。事実、近年は日本で博士号取得者が減少する一方で、米国や英国の博士号取得者は増えている。論文のランキングが落ちるのも、仕方ないことだと思えてしまう。

人口100万人当たり博士号取得者数

図表(出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所

 どうしてこれほど収入差が開いたのだろうか。中身を分析すると、特徴的なのは大学独自の資産であるファンドの運用益。2020年の財務報告によると、米ハーバード大学419億ドル(約4.6兆円)の資産を運用して7.3%の収益を上げた。その資産から単年で20億ドル(約2200億円)が大学の運営予算に分配される。このファンドの過去20年の平均運用利回りは10%を超えるという。

 資産運用の巧拙を反映する大学の収入格差は、今後も開いていく可能性が高い。その差を埋めるべく、日本では政府主導で「大学ファンド」が立ち上がった。米英をはじめとする世界のトップ大学に追いつくため、国全体でファンドを運用しながら、世界に伍する研究力に優れた「研究大学」にその収益を配分する。創設時のファンドの元本は4.5兆円で早期に10兆円まで増やす予定だという。数年後には年間数千億円の収益が見込まれ、それを各大学へ配分する。

大学マネジメントの変革が重要に

 しかし、この大学ファンドの狙いは単なる「資金援助」ではない。担当する内閣府の渡邉倫子参事官は「大学ファンドは、あくまで日本に世界トップクラスの研究力を持つ大学を育てるための支援策の1つであり、それをきっかけに日本の大学には、若手や新たな研究分野に投資できるよう財政的に成長し続けること、またその成長を実現するためガバナンス改革が重要だ。今回の大学改革は日本の大学が力を取り戻す『ラストチャンス』と考えている」と話す。

写真日本の大学改革はラストチャンス(イメージ)
(出所)stock.adobe.com

 企業にとっても、日本の大学における研究力は極めて重要だ。世界最先端レベルの「研究大学」が近くにあることで、最先端の研究に触れる機会が増えて連携の可能性も拡大する。また、有望な大学発ベンチャーと企業の商品化力を組み合わせることにより、新たな事業をも展開できる。渡邉参事官は「SDGsをはじめ、大学と企業との研究領域は次第に近づいている。企業にとって『お付き合い』ではない、本格的な共同研究を次々と始めてほしい」と強調する。以下、渡邉氏へのインタビューを掲載する。


【インタビュー】

渡邉倫子・内閣府科学技術イノベーション推進事務局参事官(大学改革・ファンド担当)

 ―大学ファンドの狙いは

 大学ファンドのインパクトはかつてないほど大きい。多くの大学は交付金を毎年数億円減らす・減らさないで消耗してきたが、今後「研究大学」に選ばれた大学は数百億円規模で収入を増やすことになる。ファンドの役割は、あくまで日本に世界トップクラスの研究力を持つ大学をつくること。財政・制度両面から異次元の強化が図られることになる。

 そのためには、ファンドからの支援をきっかけに日本の大学が財政的に成長を続けること、また、それを実現するためのガバナンス改革を行うこと。先行する海外の大学のように、外部のステークホルダーが入った合議体が成長への道筋など大学に関する重要事項について意思決定を行い、経営のプロが大学のトップになり、各分野のプロで形成されたチームでマネジメントを行う。例えば、教育研究の責任は学長が任命する「プロボスト(教学担当役員)」が担う。事業財務運営に専門性と責任を有する「事業財務担当役員(CFO)」を置く。この改革により、大学の運営に広くステークホルダーからの目線やサポートを入れていきたい。

 ―大学ファンドからの資金の使い道は

 使い道については研究基盤整備に使うこと以上はこれから議論を進めるところだが、できるだけ細かい縛りはなくしていきたいと思う。どう使うかは、各大学が判断し、その結果も負っていくのがよいと思っている。各大学は資金を活用して研究力と経営力を高め、いずれ各大学が独自にファンド持つのが理想的だと考える。

 ―お金を稼ぐ研究ばかり注目されないか

 先行する海外の大学では、儲けるか儲けないかではなく、大学のミッションに照らして必要なところに資金配分することで、必要な研究に予算が回らない事態を防いでいる。新たな大学ガバナンスやマネジメントを確実に運用することで、その大学が行うべき研究に今よりも予算が向くのではないか。

 ―大学ファンド制度の導入により、大学間格差は拡大しないのか

 もちろん研究力の高い一部の大学だけが重要なわけではない。例えば、地方で人材育成の中核となる大学は重要。今回の取り組みは、あくまで日本の大学全体が地盤沈下を続ける中で、国際競争力を取り戻すための緊急治療。併せて地域の中核となる大学に対する支援策は、別途検討を行っている。また、ファンドの資金は博士課程学生への経済的支援金にも充てることとしており、これは大学を限定しないで対象とする予定。

 ―企業にはどのような影響があるか

 今まで大学と企業は基礎研究と応用研究で棲み分けてきた。両者の立ち位置は違うものの、次第に研究領域の境界があいまいになり、社会貢献という公的な役割は企業にも求められる時代を迎えている。一方、日本は人口が減っているので優秀な人材は貴重である。大学と企業が協力しながら、「何か」を生み出していくことが必要になる。お付き合いの関係ではなく、社会課題をいかに解決していくかという観点からコラボレーションをどんどんやってほしい。

元リコー経済社会研究所 研究員 米村 大介

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