2022年01月14日
社会・生活
研究員
竹内 典子
2022年の干支は3番目の寅。トラには勇猛なイメージがあるが、実際はどんな動物なのだろう。知っているようで知らないトラの「謎」に迫るため、多摩動物公園(東京都日野市)に向かった。
トラはインドからロシアまで幅広く分布する、大型の肉食動物。日本は生息域に含まれないが、存在自体は中国から絵や文献を通じて伝わり、古代から人々の想像力をかき立ててきた。
だから、トラに関する故事成語やことわざは多い。「虎は千里行って千里帰る」は、勢いが盛んで行動力にあふれている様を表す。「虎の威を借る狐(きつね)」は、他人の権力を笠に着て威張ること。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」は、危険を冒さなければ大きな成功は得られないという例えだ。古くから強さや怖さの象徴だったことが分かる。
実際はどんな姿なのか。自然に近い「放養形式」で動物を展示していると聞き、多摩動物公園を訪ねた。多摩丘陵の自然を残す、約50ヘクタールの広大な敷地が特徴。「アジア園」「オーストラリア園」「アフリカ園」「昆虫園」と4つのゾーンに分かれており、約300種類の動物・昆虫に会うことができる。トラがいるのはこの中で最も広いアジア園だ。
トラはネコ科ではライオンと並んで最大級。オスの場合、体長3メートル、体重300キロにもなる。同園ではシベリアなどに生息するアムールトラ(シベリアトラ)を4頭(オス、メス各2頭)飼育している(2021年10月31日現在)。オスがショウヘイ(2歳)とアルチョム(6歳、ショウヘイの父)、メスがイチ(6歳)とシズカ(15歳、ショウヘイの母)と名付けられている。
園内の緩い坂道を最も奥まで進んで行くと、堀で隔てられたトラの展示場が見えてきた。この日はイチが出迎えてくれた。近くで見ると、眼光が鋭く足もガッシリ太くて力強い。カメラを構えると、こちらをじっと睨(にら)んでくる。その迫力は、今にも堀を飛び越えてくるのでは...と不安を覚えるほどだ。
レンズ越しに目が合った「イチ」
(写真)筆者
黄色と黒の「トラ柄」が恐怖心を募らせる。それにしてもこの模様、トラが獲物を狙う時に目立ち過ぎやしないか。工事現場の警告表示に黄色と黒のシマ模様が使われるのは、遠くからでも目につきやすいからだろう。他人事ながら心配になってしまう。
しかし、心配ご無用。実はこのトラ柄、茂みの中では体の輪郭をぼやけさせる効果があるというのだ。野生のトラが生息するのは、背丈の高い草むらが茂る熱帯林や北方林。このため、トラが獲物の近くまで忍び寄り、襲いかかるにはぴったりの模様なのだ。
トラの日常生活について、担当飼育員の川上壮太郎さんに聞いた。「トラは単独で行動するせいか、警戒心が強く、危機察知能力も高い。感情の動きが複雑で、心が繊細だと感じます」という。群れを成して行動するライオンと異なり、トラは繁殖期以外、単独で生活する。
川上さんの仕事は朝、トラの様子を見に行くことから始まる。飼育員がトラと同じ空間に入らない「間接飼育」が基本。触れることができない分、動きをじっくり観察し、体調の変化などに細心の注意を払う。
朝、元気そうに見えても、動物は突然体調が悪くなることがある。飼育員には小さな変化も見逃さない観察力が求められる。
例えば、トラは体調が悪い時は、いつもと違う場所で寝ていたり、部屋の隅にいたりする。トラの様子を見た後、飼育員は開園までに段ボール箱などの遊具と、エサとして与えているシカの足やウシの大腿骨といったおやつを用意する。段ボール箱は、トラにとって楽しいオモチャ。足で押しつぶしたり、噛みついたりして遊ぶ。
段ボール箱の中に入るのも大好きで、この点はネコと似ている。準備が整うと、獣舎からトラを出す。午前と午後で入れ替え、全頭が1日に最低1回は入園者の前に登場する。
珍しく雨中散歩中の「イチ」
(撮影)筆者
野生のトラはシカやイノシシなどを捕食する。ただし、野生では獲物にありつける日とそうでない日がある。こうした自然の食生活に近づけるため、同園では肉のほとんど付いていない、ウマのあばら骨のみ与える絶食日を設けている。
献立は2週間ごとに変え、馬肉・鶏頭が中心。食事は1日1回だけで、腹八分目を目安に。内臓への負担軽減と、繁殖への意欲につながるそうだ。「食の細いトラには食事の回数を増やし、少しずつ食べさせる工夫もしています」と川上さん。
トラといえば「ガオー」と吠えるイメージがあるが、実際はどうなのだろう。川上さんに質問すると、「威嚇する時、あるいは発情中以外にはあまり鳴きません。無口な動物です」と、意外な答えが返ってきた。
取材中、残念ながら聞く機会はなかったが、実際には「ガオー」ではなく、「アオーン」に近いそうだ。機嫌が悪いと、川上さんでさえ威嚇されることがある。低くて大きなうなり声は体に響き、瞬時に緊張が走るという。
ではトラは普段、どうやってコミュニケーションを図っているのか。鳴く代わりに「鼻ならし(=プルステン)」を使うそうだ。口と鼻から同時に息を吐き、声帯を振動させることで、「グスグス」という感じの音を出す。一般のネコでは見られず、一部の大型ネコ科の動物に見られる行動だという。
鼻ならしはトラ同士が顔を合わせた時、「調子はどう?」と挨拶したり、好意を示したりする際に使われる。川上さんが獣舎から外へ出す時も、声をかけると鼻ならしで答えることがあるそうだ。トラのかわいい一面を知った。
川上さんは、上野動物園でスマトラトラの飼育員を経験した後、多摩動物公園に異動してアムールトラを担当している。「動物が健康な状態で育つにはどうしたらよいか。それを常に考えています」と真剣な表情で語る。
ショウヘイの父「アルチョム」
(提供)(公財)東京動物園協会
トラと聞けば、豊臣秀吉の朝鮮出兵にまつわる「加藤清正の虎退治」を思い浮かべる人もいるだろう。当時は日本のお隣、朝鮮半島にもトラがいたのだ。しかし残念ながら、今ではトラは同半島では絶滅したとみられている。
20世紀初めに10万頭を数えた野生のトラは、4000頭以下に減り、絶滅危惧種に指定される。ロシアやアジアなどで生き残るのはアムールトラ、ベンガルトラ、インドシナトラ、スマトラトラ、マレートラ、アモイトラの6亜種だけ。9亜種いたトラのうち、カスピトラ、バリトラ、ジャワトラの3亜種は絶滅したようだ。その原因としては、森林伐採による生息地の減少や密猟などが指摘される。
生き残ったトラの種類
(注)レッドリスト=国際自然保護連合(IUCN)が指定した絶滅の恐れがある野生生物
(出所)各種報道に基づき筆者
こうした動物を絶滅から守るため、日本は「種の保存」活動に取り組んでいる。動物園や大学などで飼育・繁殖の方法を研究し、個体数を増やす。生息地の条件などが整えば、自然に帰すことも検討する。絶滅の恐れがあるトラもその対象だ。
2020年末現在、国内では55頭のアムールトラが飼育されている。これを1つの個体群として捉え、10~20年後に向けて守り育てていく取り組みが進められている。
例えば日本動物園水族館協会では、トラなどの個体情報管理を行っている。出生年月日、出生場所、両親などの情報を登録し、血統が偏らないよう繁殖させるためだ。国内の動物園同士が協力し、時には海外の動物園とも連携しながら繁殖を試みる。
多摩動物公園にも、こうした活動の拠点である野生生物保全センターが設けられている。トラ以外では、中国生まれのトキ(日本産は絶滅)や、小笠原諸島に固有の鳥アカガシラカラスバト(絶滅危惧種)、野生では飛べなくなり保護されたクロツラヘラサギの飼育・繁殖の実績を持つ。
川上さんは「現代の動物園は、種の多様性を未来につなぐ、保全施設としての役割が大きくなっています」と強調する。実はそうした取り組みの一環として、2021年11月にオスのショウヘイが神戸市立王子動物園に移動した。繁殖のために動物を貸し借りする「ブリーディングローン」と呼ばれる取り組みだ。多摩動物公園のトラを親に持つ、寅年生まれのトラが神戸で今年誕生するかもしれない。
今は神戸にいる「ショウヘイ」
(提供)(公財)東京動物園協会
■多摩動物公園
https://www.tokyo-zoo.net/zoo/tama/
■所在地:東京都日野市程久保7-1-1
■入園料:大人600円(65歳以上300円)、中学生200円、小学生以下、都内在住・在学の中学生は無料
■インフォメーション:毎年干支にちなんだイベントを企画。2022年4月5日まで「とらえてみようトラの魅力」と題し、来園者のアンケートから見えるトラのイメージや、アムールトラの生態・体の特徴・くらしぶりなどを紹介する。
※入園方法や休園日などは上記ホームページをご覧ください。2022年1月13日現在、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、2022年1月11日から臨時休園
竹内 典子