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2000度で溶着、飾るだけで楽しい

=インクに浸す「ガラスペン」作り=

2022年04月18日

社会・生活

研究員
竹内 典子

 「インク沼」という言葉をご存知だろうか。万年筆用インクの収集にハマった状態を表すそうだ。止めようと思っても、ついつい新色に手が伸びてしまう。その様子が、「もがけばもがくほど沈み込む沼」に例えられるのだ。

 万年筆用インクの色は黒や濃紺、青ぐらいだと思われがち。だが近年、さまざまな色彩のものが数多く売り出されている。100色揃えやラメ入り、香り付き...。地域の風景・特産品をモチーフに、桜や茶葉などの色を再現する「ご当地インク」も登場している。

日本発祥の筆記具「ガラスペン」

 インクブームと相まって、注目が高まっているのが「ガラスペン」である。これはペン先をインクに浸して文字を書く「つけペン」の一種。仕事で使うボールペンと比べると、インクの微妙な濃淡が書き手の個性を引き出すため、独特の「書き味」を楽しめる。

 万年筆は使い切るまでインクを取り換えられない。でもガラスペンなら、ペン先を水ですすげば手軽に別のインクを使うことができる。ペン先には複数の溝が成形されており、インク瓶につけると、毛細管現象によってインクがこの溝に吸い上げられる仕組みだ。

 意外なことに、ガラスペンは日本発祥の筆記具だ。1902(明治35)年に風鈴職人の佐々木定次郎が考案し、イタリアやドイツをはじめ世界中に広まった。当時のガラスペンは、持ち手の竹製ペン軸にガラス製ペン先を挟んだだけというシンプルな構造だった。

 現在のガラスペンは、ペン軸とペン先がともにガラス製の一体型が主流だ。ペン軸のデザインも多種多様。らせん状のねじり、鮮やかな虹色、泡を閉じ込めたような幻想的なもの、ネコの飾り付き...。ガラスの持つ透明感や見た目の美しさと、筆記具としての実用性の両立が人気の秘密のようだ。

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ガラスペンの構造
(提供)ガラススタジオ ブリエ

 そんなガラスペン作りの体験ができると聞き、JR高円寺駅北口からほど近い「ガラススタジオ ブリエ」を訪れた。ガラス張りの明るい店でにこやかに迎えてくれたのは、代表でガラス職人の山崎由美子さんと、スタッフで当日講師を務めた宮崎じゅん子さん。

 店内では、スタッフが作ったガラスペンが並べられていた。このほか、ガラスのトンボ玉や箸(はし)置き、アクセサリーなども販売。その傍ら、酸素バーナーを使ったガラス細工の体験教室も開いているのだ。

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笑顔で迎えてくれた山崎さん(左)と宮崎さん
(写真)筆者

 山崎さんがガラスペンに魅せられたきっかけは、バリ島(インドネシア)を訪れた11年前にさかのぼる。現地で知人が営むガラス工房を見学し、ガラスの持つ魔力の虜(とりこ)になったのだ。帰国後、いろいろ考え抜いた末、当時働いていたホテル業界からの転職を決意する。

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陽光が差し込む「ガラススタジオ ブリエ
(写真)筆者

 酸素バーナーを使ったガラス細工(バーナーワーク)を日本でも広めたいと思い、山崎さんは独学で技を磨いていく。2015年にブリエを開店した際には、できるだけ多くの人にバーナーワークを知ってほしいと考え、作業風景が外から見える店の設計にしたそうだ。

ガラスペン作りに挑戦

 昨今のブームの高まりによって、ブリエではガラスペンの購入者が年々増加しているという。コロナ禍にもかかわらず、ペン作りの体験者もこの1年で約5倍に急増したそうだ。「デザイン画を持ち込んで、オリジナルのガラスペンを希望するお客様もいて、ファンが増えているのを実感します」と、山崎さんは手応えを口にする。

 筆者は体験教室に参加。バーナーでガラスを少しずつ溶かしながら、ペン軸とペン先をくっつけ、1本のガラスペンに仕上げる工程に挑戦した。

 ペン軸とペン先は、スタッフがあらかじめ作ったものから選ぶ。ガラスはティーポットやフラスコなどに使われる耐熱性のもの。硬い素材なのでガラスペンと相性が良いそうだ。以下、体験した作業を順番に説明しよう。

①ペン軸選び

 ペン軸には、長さや太さ、色、形がさまざまなタイプが多数用意されている。スタッフがペン軸を1本作るのに、簡単なものでも45分、複雑なデザインなら34時間もかかるという。

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色とりどりのペン軸
(写真)筆者

 宮崎さんから「ガラスペンは筆記具なので、自分の手になじんで書きやすい太さ・長さを選ぶと良いです」とアドバイスを受け、手に取ってみた。細すぎると持ちにくいように感じたため、1センチほどの太さで表面に波のような文様が入ったペン軸を選んだ。その中で涼やかな色合いに魅かれ、薄い紫とブルーの2色が入ったものに決めた。

②ペン先選び

 次に、このペン軸の太さとバランスの良い、ペン先の大きさを宮崎さんに相談した。ペン先の溝があらかじめ掘られた既製品もあるが、ブリエでは1つずつスタッフが溝を手作りしている。手作りだから、溝を深くしてインクをたっぷり保持できる。だから、一度にたくさん書けるのだ。

③酸素バーナーの操作練習

 ここで保護メガネと耐火エプロンとを着用し、練習でガラス棒を溶かしてみる。「酸素バーナーは2000度前後になります。作業はあわてず、やけどには十分注意しましょう」と宮崎さん。

 バーナーの火にガラス棒を入れると、すぐにオレンジ色に変わり溶け始めた。柔らかくなったガラスは重力で垂れ下がるため、ガラス棒を水平に保ちながら、ゆっくり回し続ける。すると、ガラス棒の先端が丸い球体に。最終的には、これがペン軸とペン先のつなぎになる。

 硬いガラスが柔らかくなり、変形する様子は実に不思議。きれいなオレンジ色に目を奪われる。宮崎さんも「線香花火のようなオレンジ色が好きという生徒さんが多いです」と話す。

0415_5_350.pngガラスを溶かすお手本を見せる宮崎さん
(写真)筆者

④いよいよ本番、ペン軸とペン先を溶着

 そして、いよいよ本番。透明のガラスを選んで球体を作り始める。宮崎さんから「一度肩の力を抜きましょう」と声がかかり、緊張している自分に気づいた。

 火に差し込むガラス棒の部分の長さや、くるくる回すスピードなど、宮崎さんからは絶えずアドバイス。時には横から手を添えて助けてくれる。おかげで手に汗かきながら、球体を作ることができた。

 その球体を挟むように、ペン軸とペン先を慎重に溶着する。すると、何とか真っ直ぐなガラスペンが出来上がった。酸素バーナーを使い続けているうち、いつの間にか顔は日焼けしたように熱くなっていた。

⑤ペン先の成形

 最後に3種類の紙やすりを使い、ペン先を整える。途中でインクにつけて試し書きをしながら、ペン先を好みの太さに調整する。紙やすりのかけ方を学んでおけば、書き味が悪くなった時でも自分でメンテナンスができるという。

 こうして出来上がったオリジナルのガラスペン。試し書きをしながら、宮崎さんから使い方を教わる。まず、インクの補充はペン先を破損しないよう、インク瓶の真上から垂直に3分の1ほど浸す。そしてゆっくり引き上げると良いそうだ。

 また、ガラスペンを少し寝かせてペン先を回しながら書くと、文字が多く書けるそうだ。使い終わったらペン先のインクを水で流す。その後、ティッシュペーパーや柔らかい布で水分を拭き取る。

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オリジナルのガラスペンが完成
(写真)筆者

割れやすいからこそ...ガラスの魅力

 山崎さんにガラスペンの魅力をうかがうと、「飾っておくだけでも楽しめるフォルムの美しさです」「ガラスそのものが美しく、光を通すとキラキラします」と語ってくれた。「子どもの頃から、なぜかガラスに魅かれる」というお客様が多いそうだ。

 ガラスが割れやすい素材であることも、山崎さんの目には魅力として映る。「壊れるものだからこそ、モノを大切に扱う気持ちが自然と生まれるのではないでしょうか」―。

 こう語ると、山崎さんはあるエピソードを披露してくれた。ガラスで結婚指輪を作ってほしいと依頼された時のことだ。耐久性の問題から永遠の証(あかし)にはふさわしくないと考え、断ろうとした。ところが、金属アレルギーの新婦が「どうしても...」と頼み込んできたのだ。

 ガラスだから指輪にヒビが入ることはある。夫婦仲にヒビが入るとその都度修復するように、指輪だって何度でも修理すればいい―。そう自問自答しながら悩んだ末、山崎さんは指輪作りを引き受けた。

 ブリエでは、ガラスペンが壊れた時も修理に応じる。売っておしまいではなく、お買い上げいただいた時が長いお付き合いの始まりと考え、人とのつながりを大事にしている。

 指輪を作った夫妻とも、何回か修理を重ねるなど関係が続いているという。お客様の満足や、感謝される気持ちがやりがいにつながる。山崎さんは「ガラスを通して気持ちが豊かになるのが、この仕事の醍醐味です」と胸を張る。

 コロナ禍が続き、人と人のつながりが希薄になりがちな昨今。こんなお話をうかがったせいか、筆者も友人に近況報告を兼ねて手紙をしたためようと思い始めた。もちろんその時は、手元にある自作のガラスペンで...。そして世の中が落ち着いたら、旅先でご当地インクを探し歩きながら「沼」にハマってみよう。

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手作りガラス細工が並ぶ店内
(写真)筆者

竹内 典子

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※この記事は、2022年3月29日発行のHeadLineに掲載されました。

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