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深刻化する介護現場の人手不足

 DX に加え、不可避な「外国人材」議論

2023年06月30日

社会・生活

研究員
斎藤 俊

 介護現場で人手不足が深刻化している。少子高齢化に伴い、日本では今後ますます介護需要が増加する中、担い手を確保できる見込みは立っていない。DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進による業務や作業の効率化だけでは追いつかないだろう。今こそ私たちは外国人労働者受け入れについて、抜本的な議論が必要なのではないか。

フル稼働できないホテルも

 新型コロナウイルス感染症対策の行動制限が3年ぶりになくなった今年のゴールデンウイーク。筆者は家族と箱根の宿でのんびり過ごした。しかし、食事をしようと街に出かけたら、いくつもの店がシャッターを下ろしたままで困ってしまった。

 近くの土産物店の店主に聞くと、コロナ禍で従業員が辞めてしまい店を開けることができないという。また多くのホテルが従業員を減らして営業を継続してきた。フル稼働できないホテルも多く、人手確保に必死だ。飲食業界、観光業界などで人手不足が顕著である。

 コロナ禍が収束に向かう中で訪日外国人が増加。日本人観光客も行楽地に戻り、賑わいを取り戻している。需要が急拡大しているにもかかわらず、働き手が職場に戻っていない。商機を失っているのではないかと心配してしまったほどだ。

 観光業界の人手不足はコロナ禍の余波による一時的な現象なのかも知れないが、慢性的な労働力不足に悩む業界がある。介護や建設、清掃などだ。労働環境や待遇面から敬遠され、担い手不足が深刻。建設業などは好待遇で募集しても人が集まらないという。

2030年に850万人不足

 これに対していわゆるサラリーマンは、崩れつつあるとはいえ、終身雇用、年功序列といった日本的な雇用システムに守られている。人余りも指摘されるが、人材が圧倒的に不足している分野がある。代表的なのがプログラマーやデータサイエンティストといったIT人材だ。

 人工知能(AI)活用の本格化などによりデジタル化が急速に進展する中で、高度なスキルに対応する人材が足りていない。経済産業省によると2030年には約45万人のIT人材不足が見込まれている。政府はリスキリング(学び直し)などに本腰を入れ始めたが育成までに時間がかかるのは避けられない。

 このように人手不足の主な原因として①コロナ禍の収束といった急激な環境の変化による短期的な求人の増加②労働条件や待遇面が悪い職場の敬遠③必要なスキルを持った人材の不足―などが挙げられる。その一方で、日本の労働市場においては、構造的な要因を無視するわけにはいかない。それは労働人口の減少だ。

 日本における「生産年齢人口(15歳以上65歳未満)」は1995年の8726万人をピークに徐々に減少。今後、少子高齢化が加速して2050年には5275万人、21年比で29.2%減少すると見込まれる。

図表日本の生産年齢人口(出所)総務省、国立社会保障・人口問題研究所の資料を基に作成

 生産年齢人口の減少に伴って人手不足は今後さらに深刻になろう。野村総合研究所によると2030年に850万人を超す労働力不足が生じる。男女ともに64歳まで労働参加が進んでも、なお500万人ほど人手が足りないと試算している。

人材の取り合いが激化

 特に人手不足が避けられない分野の一つが、介護業界だ。高齢化が進めば、介護サービスが必要な人数も増えるからだ。

 厚生労働省によると、2019年度時点では介護職員として約211万人が働いていたが、25年度は約243万人、40年度は約280万人が必要になる見通し。介護職員数自体は増加を続けており、近年も微増傾向にあるが、高齢者・要介護者数の需要増には追いつきそうにもない。

 介護労働安定センターの実態調査によると、人材確保が難しい理由として①同業他社との人手の獲得競争が厳しい②労働条件などが良くない③景気が良いため、介護業界へ人材が集まらない―などが挙げられており、業界内外での人材の取り合いが激化している現状がうかがえる。

図表介護業界における人手不足の原因調査結果(採用が困難であると回答した事業者総数は4142)
(出所)介護労働安定センター「令和元年度介護労働実態調査」

DXによる負担軽減

 では、人材不足をどのように補うべきか。有力なのはデジタル技術やロボット技術の導入によって、介護現場を支援していくことであろう。介護でもDXを推進し、省力化、省人化を図るということだ。

 デジタル技術の応用例としては、リストバンドや衣服に付けたセンサーで脈拍や体温、湿度などを計測・モニターする機器がある。計測データは管理者に共有されると共に、ビッグデータと照らし合わせて体の不調が生じそうな兆候があれば注意喚起できる。

 ロボット技術については、入浴補助などが実用化されている。利用者は椅子に座ったままで、体を洗ってもらったり、浴槽に浸かったりできるため、介助者が一人で対応できるという。

 デジタルサービスカンパニーへの変革を図るリコーは、介護に役立つさまざまなセンサーなどを統合した見守りシステム「リコーけあマルシェ」を提供し、DX化を支援している。

 「リコーけあマルシェ」は、利用者の動きを高解像度で把握するセンサーが付いた「リコーみまもりべッドセンサーシステム」がベースとなっている。このベッドシステムは開発したリコージャパンヘルスケア事業部の宮澤利夫氏によると、高齢者や要介護者のベッド上の位置や動き、体勢をリアルタイムで把握できる。

 しかし、ベッド上だけではなく、広範囲で見守らなければ介護業務の効率化が進まないため、「リコーみまもりベッドセンサーシステム」の情報に加え、呼吸や心拍、睡眠深度、排泄状態などを同時にモニターし、必要に応じて施設管理者に緊急連絡することなども可能な統合システム「リコーけあマルシェ」を開発した。

図表リコーけあマルシェ概要(出所)リコージャパン

 介護職場は人手不足が深刻化しているが、同ヘルスケア事業部で営業支援を担当し、介護職の経験がある田口勇氏は、人手不足がIT化の遅れやITリテラシーの低さに伴う業務の非効率性に起因する部分もあると指摘する。IT化が進まない理由について田口氏は「介護に合わないという心のバイアスが働き、IT導入の理解が進まない面はある。介護は人の手でというニーズも確かにある」という。

 その一方で「情報管理やモニタリングといった部分はIT化したほうが、温かみの必要な対人ケアに多く時間を割けるようになる」と強調する。

 介護事業に長く関わってきた宮澤氏は「時代は必ず我々に追いついてくる」と確信。カギは施設職員の教育だという。ITを使いこなせる人材育成の支援に力を入れることで「リコーけあマルシェ」が多くの施設で利用され、介護現場が効率化される未来を描いている。

「フィリピーノ・ホスピタリティ」

 しかし、DX化、ロボット化を進めても、介護現場の人手不足が完全に解決できるものではない。介護分野では、感情や共感の表現が重要とされ、生身の人間の思いやりや温かさに対するニーズがある。最終的に「人手」も必要となるのだ。

 人手不足を補うには、現実的な解決策として外国人労働者の手を借りるほかないだろう。介護の現場で多くのフィリピン人やインドネシア人らが活躍し、高い評価を得ている。

 中でもフィリピン人は一定の技能と高いコミュニケーション能力がある。フィリピンの法律では海外で介護士として働く場合、同国の国家資格の取得が必須なのだ。

 また、「フィリピーノ・ホスピタリティ」という言葉が示すように、フィリピンは言葉が通じない人や知らない人であっても困っていたら親切にするお国柄で知られる。性格の明るい人が多いため、要介護者の脳の活性化につながるケースもあるという。

「ウィンウィン」の関係

 日本の介護業界は慢性的に人手不足で、給与水準もフィリピンよりは高いため、人気の職業となっている。日本の介護現場とフィリピン人介護士は「ウィンウィン」の関係を築きやすいと言える。

 問題は日本の制度の壁だ。日本政府は外国人労働者の受け入れを促進するため、さまざまな支援策を実施。一方で、無条件に流入しないよう制約を課している。

 例えば2019年4月に施行した改正出入国管理・難民認定法では「介護」を含む「建設」「宿泊」「農業」などの12分野について、「特定技能1号」の資格を取得すれば、通算5年の在留期間を得ることができる。

 しかし、在留期間が事実上無制限で家族の帯同も可能な上位資格の「特定技能2号」については、「建設」「造船・船用工業」の2分野のみで、在留資格を得たのは、およそ4年間で10人と極端に少ない。今後大幅な資格取得の緩和と分野拡大が検討されているが、「介護」は見送られる予定だ。

図表特定技能制度の概要(出所)法務省

「選んでもらう立場の国」

 では「介護」分野で長期在留するためにはどうすればいいのか。介護系の会社で3年以上働いた後に、日本語での筆記を含む、特定技能とは別枠の介護福祉士試験に合格する必要がある。近年外国人の合格者が急速に増えてはいるが、現実的にはハードルが高く改善は不可欠だ。

 外国人労働者の積極的な受け入れについては、社会不安を増大させるなどといった懸念もある。だからこそ丁寧な議論を重ねて国民的なコンセンサスを得る必要があるだろう。

 しかし、日本の置かれた現実を見据えたら、早晩かじを切らなければならないタイミングが来るに違いない。遅れれば遅れるほど、日本が「選ぶ立場の国」ではなく、「選んでもらう立場の国」に転じている可能性もあることを肝に銘じておくべきだ。

斎藤 俊

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この記事は、2023年6月27日発行のHeadLineに掲載されました。

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