2014年01月01日
社会・生活
HeadLine 編集長
中野 哲也
――なぜ池井戸潤氏の小説に注目し、ドラマ化を思い立ったのですか。
自分の頭の中では、ずっと黒澤明監督の映画「用心棒」のようなドラマを作りたいと考えていました。一言でいうなら、「テーマがない」作品です。浪人が村にやって来て、ハチャメチャやり、最後はカッコよく去っていく―。黒澤監督が何をやりたかったのか、僕にはよく分からない。だけど、そういうドラマを作りたかった。テーマがあると、作り手はそこに逃げてしまいがちです。そればかり描けばいいんだという逃げが出てきます。
ストーリーもさることながら、一つひとつのシーンで黒澤監督は妥協しない。そうしないと面白さが出てこないからです。いつか「用心棒」のような作品を作ることができたら、自分はステップアップできると考えていました。
――池井戸氏の本を読み、「用心棒」に通じるものを発見したのですか。
まず、「下町ロケット」を読みました。それから先生の作品をすべて買い、読破しようと思い立ったのです。ただし、(「半沢直樹」の原作となった)「オレたちバブル入行組」だけはタイトルで勝手に内容を想像してしまい、なかなか読む気にならない。
ある日、「せっかくだから、読んでみるか」とページを開くと、それが実に面白かったんです。「用心棒」に通じる活劇感があり、先生は元銀行員だけあって細部に至るまでリアリティーにあふれていました。
同時に、僕の今までの常識からすると、「当たらないな、これは」と思いました。テレビ業界では、「ドラマは女性のもの」というのが一般的だからです。視聴者層を分析すると、女性が圧倒的です。テレビ局が男性の見たいドラマを作っていないという反省はありますが、現実にはいつも見てくれる人のために作ってしまいます。
しかし、僕は先生にお会いしに行った時、「(ドラマ化する)権利をください。テレビドラマにしても当たらないかもしれませんが、絶対にいい作品にします」と訴えたのです。
――「半沢直樹」の配役はどのようにして決めたのですか。
映画「私は貝になりたい」の監督を務めた時、脚本をお書きになった橋本忍(注=日本を代表する脚本家、黒澤監督の「七人の侍」「羅生門」などのほか、「日本沈没」「砂の器」「八甲田山」ほか作品多数)先生に怒られながら、「二つ守りなさい」と教えていただきました。
まず一つは、「モノを伝えるときは短くしろ」ということです。黒澤監督が何十回もリハーサルを重ねるのは、俳優に無駄な動きをやめさせ、ただひたすら一秒でも速くしゃべらせるのが目的だったのです。そういう意味では、(「半沢直樹」の主役に起用した)堺雅人さんには特殊能力があり、膨大なセリフを普通の俳優より1.3倍ぐらい速くしゃべれるんです。それなのに極めて的確な表現力があるから、全然早口には聞こえない。
僕は「南極大陸」を演出した際、堺さんを凄いと感じ、いつか御一緒したいと思っていました。だから、「よし、半沢は堺さんでいこう」とすぐに決めたのです。
ドラマの中で半沢はそんなに速くしゃべっていないように見えます。でも、実はモノ凄く速いんです。普通のドラマでは、1時間かけて台本の70~75ページぐらいしか進まないのですが、「半沢直樹」は90ページ行きました。それぐらいギュッと締まっています。堺さんが主演を引き受けてくださり、心から感謝しています。
橋本先生の教えの二つ目は、脚本を一人で書いても良い作品は一生に何本もできない。だから、2~3人あるいは3~4人で書いたほうがよいということです。
色んな意見が出てきて、「ああでもない」「こうでもない」ということになり、初めて面白い作品ができるのです。黒澤監督の「七人の侍」のような名作の脚本は、3~4人で書いています。そこで「半沢直樹」では、これからブレイクする予感がした若い脚本家を連れてきて、セリフを共同で直しながら台本を作り上げました。脚本家の我を抑えながら、原作の良いところを出すというわけです。
――ドラマを作る上で、やはり視聴率は意識していますか。
僕はドラマ制作に対するテレビ局の考え方を変えたかった。視聴率というものをいったん脇に置くということです。ドラマを死ぬ気で作っているのに、毎朝メールで視聴率を知らされ、当事者はたまらなくきついんです。
シングル(注=視聴率一ケタ台)の日なんかは、スタジオ全体が気まずくなる。スタッフに申し訳ないし、主役も「自分が悪かったんじゃないか」と落ち込んでしまう。「脚本がつまらないから」「演出が悪いんだよ」とか、何ともいえない負のオーラが現場に立ち込めます。この思いだけは、誰もがしたくないんです。
ですから、どうやって視聴率を取るかに全精力を傾けます。例えば、俳優Aと俳優Bを比べた場合、Bは上手に演技する。しかし、Aのほうの認知度が高く、マーケティング調査で「女性に人気あり」という結果が出ていれば、まずAを選びます。こうした俳優を並べて、第1話に出てくるキャストを思い切り豪華に見せるわけです。
ただ、ドラマの途中から弊害が出てくる。いい役者を出しても、途中でいらなくなるケースが多々あるからです。そのために、どうでもいいシーンを作り、いかにも重大なシーンみたいに描くこともあります。しかし、脚本は面白くなりません。
「半沢直樹」では、そういうことは一切やめました。例えば、半沢の同期の(滝藤賢一さんが演じた)近藤は第1話に出たけれど、滝藤さんに了承を得て、その次は第6話まで出していません。つまり視聴率目線をやめて、お客様目線で作ったのです。視聴率を取ることより、見ている人にとってより良い方法を選んだ。視聴率を捨てていったわけです。 幸い、当たったから言えるのですが...
放送前は12~13%、できれば最後は20%ぐらいまでいけたらいいなと思っていました。テレビドラマでは銀行はもちろん、政治の話や男の企業モノはほぼ当たってないからです。
――「半沢直樹」最終回の視聴率は42.2%(関東地区)と、平成以降の民放ドラマで最高を記録しました。「社会現象」というべき、大ヒットを飛ばした理由は何だったのでしょうか。
「社会現象」なんて一切考えません。地道にあくまで地道に、どうしたら面白いドラマが作れるかだけです。「倍返し」で流行語大賞をいただくなんて、一切考えていません。(注=インタビュー後、2013年流行語大賞を受賞)
しかし、「倍返し」は原作に出てくるキーワードですから、これを最も大切にしました。でも、世の中に受けるなんて思っていません。もしそう思っていたら、(番組宣伝の)ポスターに書いていますよ。ただ、最初に堺さんが「倍返しだ!」と言った時に、僕は「この人のものだ!」と感じた。だから、「倍返し」というセリフは堺さん以外に一切しゃべらせなかった。
半沢のキャラクター作りに関しては、堺さんと綿密に話をしました。しゃべり方のほか、服装では絶対にカジュアルな格好はさせず、スーツ以外一切着させません。どんな時でもネクタイだから、寝ているシーンもない。それを徹底しました。半沢がパジャマを着たらカッコ悪いでしょ?だから、いつも黒のスーツなんです。
――半沢の敵役である「大和田常務」がドラマを盛り上げました。香川照之さんにはどのようなキャラクターを期待したのですか。
「大和田常務」のキャラクターは、香川さん御自身がお作りになった。もちろん相談はしましたが、日本でトップクラスの役者ですからね。プロ野球の巨人軍でも、原辰徳監督がどんなに一生懸命やっても、ホームランは打てません。監督はあくまで監督でしかなく、プレーするのは選手です。「半沢直樹」では、(堺さん、香川さんという)モノ凄い4番バッターが二人いたわけです。
堺さん同様、香川さんも相当に速くしゃべります。これは、役者になった人なら一生追い求める能力だと思います。滑舌よく、人より速くしゃべる。簡単そうですが、特殊能力なんです。長いセリフを覚えられる能力も必要です。頭が悪いと役者になれません。あとは、ある程度の教養です。例えば、武田鉄矢さんに強く感じます。
――「金融庁主任検査官・黒崎」を演じた片岡愛之助さんのキャラクターも強烈でした。
原作を読んだ時、黒崎のオネエ言葉が強烈だったんです。実は、「オネエを出したらよくない」と、TBSの上の方の半分は反対でした。
しかし、僕はどうしてもオネエを出したくて、突き通した。芸人にやらせてもダサくなるだけ。(反対論を)黙らせるには、日本の芸能のトップから連れてくるしかない。もちろん、それは歌舞伎です。それなら、文句を言えないだろう。愛之助さんは芝居がうまく、表情も実に豊かです。出演していただいたら、一気に話題になった。TBSのいいところは、「まあしょうがない、とりあえずやってみよう」から始まるところなんです。
――「半沢直樹」の続編はいつ頃でしょうか。
もちろん、やりたくてしょうがない。ところが、これほど(の大ヒット)になると、なかなか決まりません。俳優のスケジュールもあるし。色々なことが絡まるんですよ。ですから、まだ分かりません。未定ということで...
――ドラマは半沢が頭取になるまで続けますか。
そこまで作りたいと思います。ただ、途中で話がダラダラになり、つまらなくなる展開は避けたい。池井戸先生の「ロスジェネの逆襲」(注=半沢が東京中央銀行から証券子会社に飛ばされた後の話)は最高に面白いので絶対にやりたい。映画化もしたいですね。「ロスジェネの逆襲」は連続ドラマ化というより、2~3時間で描くべきかもしれません。
――「半沢直樹」によってテレビドラマが復権したと考えていますか。
日本では今、色々な媒体で韓流やアメリカなどのドラマも放映されています。ちょっと本数が多過ぎる気がします。もっと質を高くして、ギュッと締まった本物の作品が増えてくるとよいのですが...
アメリカのテレビドラマも、(シリーズが)何回も続くと、ダラダラになりがちです。テレビ業界はそろそろ本数を減らして、お金をかけて良いものを作るべきです。もちろんアイドルが出るドラマもあってよいのですが、そればかりではみんな辟易してしまいます。
とはいえ、やはり視聴率が全てなんです。スポンサーからお金をもらっている以上、視聴率を稼がないといけない。でも、ドラマの作り手はいったん視聴率を捨てたほうがいい。自分が面白いと思ったドラマを精一杯作るしかないんです。外れたら外れたでしょうがない。
視聴者の皆さんは、僕らよりはるかに上を行っている。こっちが「見てくれるはず」と期待したドラマが毛嫌いされる。全然、追い付かない。たまたま僕は今回当たったから、言えるんですけど。「半沢直樹」は、日曜夜に男性サラリーマンに見てもらいたくて作ったら、女性が熱心に見てくれたという不思議な現象でした。
(2013年11月22日インタビュー)
中野 哲也