AI気象モデル活用で防災を高度化

 人工知能(AI)をめぐるグローバルな開発競争は激化しており、急速な進化と共に企業や個人での導入も拡大している。こうした中、防災の要ともいえる気象庁は先端AI技術を活用した気象予測の精度向上、防災情報を強化する取り組みを本格化している。従来、気象予測は、各地で常時観測している気圧や気温などのほか、衛星等による観測データに基づいて現在の大気の状態を把握し、その状態から物理法則に基づく数値予報(数値データの集合)などを用いて行われている。気象庁は、その数値予報の結果の補正、降水確率など分かりやすい予測資料を作成するために従来からあるAI技術の一つである機械学習を活用してきた。

 近年は新たにAI気象モデルの開発も進めている。気象予測の現状と課題を探った。

先を見据えた取り組み

 天気予報を見て外出の予定を組んだり、「傘を持ち歩くかどうか」を決めたりする人も多いのではないだろうか。日々の生活に根付く気象情報。最近では「線状降水帯の発生」や「猛烈寒波」「猛暑日」のような極端な気象が、災害や熱中症、水不足、農作物の不作といった、社会に及ぼす影響も大きくなっている。地球温暖化など気候変動も無視できない。

 こうした背景を基に、国土交通省の交通政策審議会気象分科会は2018年に「2030年に向けた気象業務のあり方(2030年提言)」を示した。これに基づき気象庁では、線状降水帯などの予測精度向上と防災気象情報の改善や、地域の防災力を強化するための支援に重点的に取り組んでいる。 さらに2025年6月、その後の社会情勢の変化を考慮し、追加的な取り組みとして五つの課題が整理されている。

 その中で気象業務のあらゆる分野における横断的な取り組みとして挙げられているのが「先端AI技術の活用」である。先端AI技術やデジタル技術が急速に進展し、社会のさまざまな場面に普及してきた。気象業務においてもこれら技術を幅広く活用、防災気象情報の高度化を図ることが求められているからだ。

従来から使われてきた機械学習

 では気象予測にどのようにAIを活用するのだろうか。気象庁の平原洋一AI戦略企画調整官によると、これまでの気象予測はスーパーコンピューターを用いて行ってきたという。地球全体を細かく格子状に区切り、世界中から集められた気温・風などの観測データをもとに、まず「現在の状態」を各格子に割り当てる。次に「現在の状態」から、流体力学や熱力学などの物理法則に基づいて気温・風などの値の時間変化を計算し、未来の大気状態を予測する。このような予測手法を「数値予報」という。この一連の作業をスーパーコンピューターが実行してきたのだ。

 出力された数値予報の結果は数値データの集合であるためそのままでは利用しづらく、補正したり、天気予報等に利用しやすい情報に加工したりする必要がある。この工程における統計処理に、気象庁は従来からAI技術の一つである機械学習を活用してきた。例えば、ニューラルネットといった技術は約30年前から使われており、これは大量のデータからパターンやルールを学習する技術のことだ。

 こうして変換・修正した資料を使って、予報官が天気予報や台風情報などを作成する。また民間気象事業者等に対して予測資料として提供したり、警報注意報等といった防災情報の発表基礎資料として使用したりしている。 

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従来の天気予報 (出所)気象庁リーフレット「未来の天気を計算!数値予報」

開発が進む「AI気象モデル」 

 そして、先の提言に基づいて2026年度から本格的に開発しているのが「AI気象モデル」だ。AI気象モデルは、物理法則に基づいた計算をするのではなく、再解析データと呼ばれる過去数十年分の気象データ(一般的には40年程度のデータが使われており、衛星観測が本格化してきた1970年代末以降が中心)をAIに学習させ、高度な推論で効率的に気象予測を行う。

 従来の数値予報が「物理法則で導き出された結果」であるのに対し、AI気象モデルは「過去データから学習した気象変化のパターンを基に未来を予測」するのだ。

併用でより的確に

 ただAI気象モデルには得意な分野、苦手な分野があり、活用においてはさまざまな課題もある。例えば台風の進路予測については精度が優れる一方で、どの程度発達するかという強度の予測については誤差が大きいという課題がある。誤差が大きくなる理由の一つには、学習に用いる気象データの解像度が比較的粗いことの影響が考えられる。また、一般的にAIは過去の学習パターンにない状況における予測の信頼性にも課題がある。

 こうしたことから従来使っている物理法則に基づいた数値予報の結果と AI気象モデルの結果を併用することで、より的確な防災情報として活用を図っていくことが期待されている。

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先端AI技術の活用(イメージ)
(出所)交通政策審議会気象分科会「「2030 年の科学技術を見据えた 気象業務のあり方」の補強」(2025年6月)

地震の変化を即時的に把握

 地震分野では、地震観測点の地震波形と、地震以外の揺れによるノイズ波形を学習したAIモデルを活用し、地震波形の識別精度を高めることで、震源位置の自動決定精度の向上を図る開発が進められている。特に地震が連続して発生した場合、解析が複雑になるが、自動震源決定の精度が向上することで、大地震後の地震活動域の広がりや地震活動の時間変化のより即時的な把握につながることが期待されている。 

 また、こうしたAIの開発について気象庁は内製を基本としている。継続的な改善やブラックボックス化の回避が可能になるからだという。

 気象庁の業務における先端的なAI技術の活用は、「防災情報の精度や発表タイミングの改善」に大きな効果が見込まれるという。中でも台風の進路予測は防災の要であり、特に防災情報を活用する地方自治体等の防災対応に大きく影響する。

データ制約の課題 

 AI気象モデルの高度化は必至だが、過去データの蓄積に限界があるなど実用化に向けての課題も多い。例えば発生頻度の低い「1000年に一度」規模の異常事象など、過去データがないものは予測が難しいのではないだろうか。こうしたデータをAIが学習できず、偏ったデータばかりを学習してしまう「過学習」などが課題になることも考えられる。

 こうした側面について、気象庁は「(地球温暖化のような)これまでにない状況をAIが適切に予測できるかという点は重要な課題の一つ」(平原氏)だという。AI気象モデルは今年度から本格的に開発が始まったものであり、課題も多いが、取り組みを着実に進めたいとしている。 

20兆円市場へ拡大の可能性 

 地球温暖化など気候変動による災害の激甚化が進む中、AIによる気象予測や高度な分析データの活用は、防災DX(デジタル技術を活用した防災・減災)の必要性もあって急拡大している。内閣官房の資料によると、国内・外の防災情報のシステムやサービスに関する市場は2030年に向け20兆円規模に拡大するとの見通しだ。


国内防災産業の市場規模


国外防災産業の市場規模

2025年度の2153億円から31年度までに
2459億円に拡大すると予測

2024年の 640億米ドル(9.6兆円) から
2030年には1294億米ドル(約19.4兆円)に拡大すると推計

(出所)内閣官房 国土強靱化推進室「防災・国土強靱化分野の成長戦略の検討について」(2026年2月)

 気候変動への対応は全世界的な課題になっている。そのような状況を踏まえて、主要20カ国(G20)は金融安定理事会(FSB)に対して気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設立するよう要請した。これを受けてTCFDは企業などに気候変動が事業や財務に与える影響などを分析・開示するよう提言。企業は、増加傾向にある災害のリスク評価や、気候変動に関する財務情報の開示強化が求められている。

 こうした潮流を受けて損害保険業界は、防災リスクなどの開示強化を検討する企業へのコンサルティングなどで、災害による被害の発生頻度と規模を数値化するモデルや気象予測データの活用が進んでおり、一段の予測精度向上を求めている。

 AIの普及によってわれわれを取り巻く環境は目まぐるしく変化している。高精度の気象予測データを使って太陽光や風力の発電量を正確に把握して蓄電ができれば、電力の需要と供給の最適化が可能になる。再生可能エネルギーの出力制御などが不要になるのではないだろうか。また自動運転の実現にはさまざまな気象状況をシミュレーションしてあらかじめ学習させる必要がある。農業や漁業においても、変わりつつある自然環境に適した品種改良や収穫のコントロールなど気象予測データ活用の幅は広い。

 気象データを活用したサービスは民間企業からも多く提供されている。ユーザーのスマートフォンから届く現地の天気の報告や写真を活用したものだ。AIによる気象予測や可視化はさまざまな分野で進むと考えられる。それら予測データをどのように高度利用していくか。変わりゆく環境に対応しながら活用していくか。そこに新たなビジネスの創出機会があるのではないだろうか。

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《おさらい》

Q 気象庁が気象予測や防災情報の高度化を進める背景は何か。
A これまでも予測精度向上、防災気象情報の改善や地域の防災力を強化するための支援を進めてきた。昨今の異常気象や気候変動などの影響を鑑みてさらなる防災気象情報の高度化が求められている。

Q どのような手段で高度化を進めているのか。
A 先端AI(人工知能)技術を活用した取り組みを本格化させている。具体的には2026年度からのAI気象モデル開発である。

Q AI気象モデルとは?
A 従来のスーパーコンピューターによる物理法則に基づいた計算で気象予測を行うのではなく、AIが過去データから学習した気象変化のパターンを基に予測するモデル。高度な推論で効率的に気象予測を行う。

Q 今後の活用の方向性はどのようなものか。
A  AI気象モデル活用においてはデータ制約などの課題もある。従来使っている物理法則に基づく数値予報の結果とAI気象モデルの結果を併用することで、より正確な防災情報の提供が期待されている。

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亀田 裕子