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バーチャル展示場から仮想現実、3Dプリンターまで

=先端技術を貪欲に取り込む大阪・堺の二代目社長たち=

2017年05月29日

最先端技術

研究員
可児 竜太

 大阪府のほぼ中央に位置する堺市は大阪市の南に隣接し、両市の中心地の間の距離は電車で30分ほどだ。府内では大阪市に次ぐ都市であり、人口84万人の政令指定都市だ。

 歴史も長く、旧石器時代には既に人が定住していたほどだ。特に古墳時代には日本の中心地として栄えた。当時建造された大小100基超の百舌鳥古墳群が有名であり、中でも仁徳天皇が埋葬されていると伝えられる「大仙陵古墳」は世界最大級の墳墓とされる。

 大阪湾に面して地域的に海運の便が良かったため、鉄などの鋳造や金属加工産業が勃興し、中世以降には鉄砲や刃物の一大産地となった。このため、流通を担う「堺商人」と呼ばれる商人(あきんど)が隆盛を誇った。

 現在でも沿岸部には重厚長大産業の大企業が集中し、臨海コンビナートを形成している。また、関連産業に従事する中小企業も密に集積する。

 この堺市で、中小企業の有志が「堺の共同展示場」という取り組みを行っている。「共同展示場」といっても、会場を設けて製品を展示しているわけではない。ポータルサイトにSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用し、そこを経由して外部の視察希望者に対し工場見学や取材先の案内を行っている。インターネットを駆使した、いわば「バーチャルな展示場」なのである。

 この堺の共同展示場を運営する有限会社スイサクの櫂谷(かいたに)雄一郎代表取締役と有限会社藤川樹脂の藤川勝也代表取締役を取材した。藤川氏によれば、堺の共同展示場は、堺の中小企業の先進的な取組みを広く発信し、さらに盛り上げるための手段の一つとして始めたのだという。その陰にあるのは、堺の中小企業群の将来に対する強い危機感だ。

 一社目に訪問したのが、スイサクである。同社は、「ラスク」という多孔質金属材料を製造販売している。ラスクは櫂谷氏の父である先代社長が、関西大学在籍時に研究開発したものだ。鋳鉄などの金属を特殊成形したもので、見た目は変哲ない金属片である。しかし、一般的な金属と異なり高い振動吸収・吸音といった特性を持っており、それを活かし、コンサートホールや音楽スタジオの壁面などに利用する。遮音の効果もあり、また音の残響を調整して音楽をより美しく聴かせることもできるという。

 しかもゴムのような柔らかな素材と異なり、金属性だから耐久性も高い。新幹線の騒音対策として線路下に敷設された実績もあるという。また近年では、「工場の騒音・振動対策の提案」にも取り組んでいる。工場の機械類の床面にラスクを設置するだけで騒音や振動が軽減されるため、騒音苦情も減少し、工作機械の精度も向上する。住工近接・混在の問題が深刻な中小企業の産業集積地には非常に有効な手立てである。

鉄板(左)、ラスク(中)、ゴム板(右)の衝撃吸収性能の比較実演

20170526_01.jpgスイサクの櫂谷雄一郎代表取締役

20170526_02.jpg 二代目社長である櫂谷氏は、ラスクの一層の販路開拓に取り組んでいる。同社は先代の時代、高い技術力を持つ「知る人ぞ知る」企業として、人の繋がりを中心に商売に励んでいた。しかし櫂谷氏は、社長を継いでから展示会やインターネットなどを通じ、自社の技術を多方面へと積極的に発信するようにしているという。自らも技術畑の出身であるために「必ずしも得意だったわけではない」と語るが、どうすれば自社の製品を万人にわかりやすくアピールできるかを手探りで考えてきたそうだ。例えば「連振り子」を使った鉄板とラスク、ゴム板の振動伝達の比較装置(写真)も同氏のアイディアである。

 その努力の甲斐もあって、前述の「工場の騒音・振動対策」事業は全国から問い合わせがあるという。2015年には、「大阪ものづくり優良企業賞2015・優良企業賞」も受賞した。

 二社目に訪問したのが、有限会社藤川樹脂である。同社の事業は樹脂成形加工であり、大型射出成形機を使い、長らく梱包資材等の受注生産を行ってきた。しかしながら、取引先企業から発注される個数は必ずしも安定しておらず、中国など低コストの生産地も台頭するから、競争にさらされている。

藤川樹脂の成形加工工場

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 しかし、ここで屈しないのが二代目社長の藤川氏だ。次々と新規事業のアイディアを実行する。例えば、待受型の樹脂成形の受注生産だけではなく、自社でも製品開発に乗り出した。そのために、大手メーカーを引退したデザイナーやCAD(コンピューター支援設計)の熟練者を新たに雇用した。そうして、製品の量産だけではなく、デザインや開発といった工程までも対応し、より高い付加価値を生み出そうというのだ。

藤川樹脂の受注した加湿器型除菌装置

20170526_04.jpg その成果の一つが加湿器型除菌装置である。これは、次亜塩素酸水を微細な霧にして拡散し、空間を除菌するもの。一般的な加湿器は次亜塩素酸水を用いると金属部品が塩素によって腐食してしまう。そこで、同社はこれまで培ってきた成形加工の技術を活かし、パーツのプラスチック化でこの問題を解決した。

 藤川氏の取組みは製品のデザインや開発への対応だけではない。VR(仮想現実)といった先進的な技術に着目し、製品展示会への利用を提案している。通常、展示会では製品の実物大モックアップを作り来場者に説明する。しかし、インフラ設備に関わる製品では、モックアップも数十メートルに及ぶ巨大なものとなり、製作費も非常に高額だ。そこで藤川氏は、モックアップを製作せずに3D CADでVRを作成し、VRゴーグルで来場者に体験してもらえるのではないかと提案する。

 さらに同社は、中小企業庁の「ものづくり補助金」を利用し3Dプリンターを導入した。当初は最新設備の活用方法に悩むこともあったものの、現在では同社の工場設備の治具を作成して生産工程を改善している。今後は、他社に対しても3Dプリンターを活用しサービスを提案する意向だ。

藤川樹脂の藤川勝也代表取締役

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 このように櫂谷・藤川両氏は経営環境の変化を鋭敏に感じ取り、新たな事業を開拓すべく積極的な姿勢を見せる。「待受型」で会社が安定していた時代は過ぎ去ってしまった。だからこそ、高い投資であったとしても、最新設備の導入や新分野から社員の採用、ウェブや展示会での宣伝活動といった努力を怠らない。

 しかし、必ずしも皆から理解を得られるわけではない。例えば父である先代社長との意見の相違だ。先代の頃、幾度かの経営環境の悪化はあっても、基本的に需要は拡大していた。そのような経験を経て、「取引先との良好な関係を築き、効率的な受注生産に努める」「取引先の要望に応えるべく、研究開発に励む」ことが最優先であると先代は考える。一方で、新たな取組みに高いコストを投じた二代目の努力も、一朝一夕で実を結ぶものではない。時には父子の溝も深まる。

 だが、時代が変われば企業の経営も変わる。実は櫂谷・藤川両氏の出会いも、「中小企業におけるSNSの活用」の勉強会だったというのが興味深い。堺市は比較的広い地域に企業が点在しているため、同じ地域であっても横の繋がりはそれほど深くない。そこに現れたインターネットによるネットワーキングの仕組みが地元企業同士を結びつけ、外部へのSNSによる共同発信の取組みに繋がったのだ。

 何にも取り組まなければ「ジリ貧」。そこに強い危機意識を抱いているからこそ、周囲の目にもめげずに新しいものを取り込む努力を怠らない。二代目社長の中小企業変革に向けた挑戦が堺を元気にするに違いない。

堺の共同展示場 Facebook

(写真)筆者

可児 竜太

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