2018年05月08日
最先端技術
研究員
伊勢 剛
クルマに乗り込み、ナビシステムに行き先を告げるだけで、安全かつ快適に目的地まで自動で連れていってくれる―。そんな夢のような未来に向けて、世界中の自動車メーカーやIT企業が自動運転車の開発にしのぎを削り、新聞や経済誌などで「自動運転」の文字を見ない日はないほどだ。
自動運転の技術開発は米国のグーグルやアマゾンなどIT業界の"巨人"が相次いで名乗りを上げる一方で、日本勢は出遅れが指摘されていた。ようやく、「自動走行システムに関する公道実証実験のためのガイドライン」(警察庁)が整備されたことをきっかけに、公道での自動運転車の実証実験が行いやすくなり、産官学がスクラムを組んだ技術開発に弾みがついた。
そこで今回は、政府や地方自治体、民間企業と連携して自動運転車の技術開発を進めている、東京大学次世代モビリティ研究センターの須田義大・前センター長、太田直哉・群馬大学次世代モビリティ社会実装研究センター長にそれぞれインタビューを行い、「自動運転の展望や実証実験の取り組み」について聞いた。
須田 義大氏(すだ・よしひろ)
東京大学生産技術研究所教授(工学博士)
東京大学生産技術研究所次世代モビリティ研究センター・前センター長
1959年生まれ。1982年東京大学工学部機械工学科卒業、1987年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。法政大学工学部助教授、カナダ・クイーンズ大学客員助教授などを経て、2000年東京大学生産技術研究所教授。2014年より現職。
専門分野は車両の運動解析、機械力学・制御工学、ITS(高度道路交通システム)など。現在、自動車技術会理事や日本機械学会フェローを務める。
クルマの自動運転だけでなく、交通制御や土木など多岐にわたる研究者がいることと、産業界に近いことです。これは研究センターが所属する東京大学生産技術研究所の伝統でもあります。
さらに、これは東京大学の役割の一つでもありますが、政府とのつながりが深いのも特徴です。現在、警察庁、国土交通省、経済産業省など8省庁と連携しています。
千葉県の柏キャンパスにある実験フィールドには信号や鉄道線、踏み切りがあり、世界に類を見ない実証実験コースというのが大きな特徴です。
完全自動運転までは相当時間がかかると思います。車線をキープするなどの「操作」については自動化の技術が進んでいますが、「認知」するセンサーはまだ人間と同じようにはできません。さらに「判断」するための人工知能(AI)などの技術も完全ではありません。また、完全自動運転車の複雑なハードやソフトをどのようにメンテナンスするのかなど、実社会で運用していくための課題も残されています。
現在、2020年に向けて官民を挙げた自動運転車導入のプロジェクトが進んでおり、レベル4(地域や路線を限定する無人自動運転)の実現は早いと思います。
その一つ手前のレベル3(一定の条件下での自動運転、非常時は運転者が操作)は社会的に受け入れられないのではないかと思います。鉄道の場合、安全システムは人間のミスをシステムがサポートするという発想です。しかし、自動運転のレベル3はシステムのミスを人間がサポートすることになっており、安全システム的に逆の発想だと思います。レベル3の自動運転車が実社会を走るとすれば、特別な技能や場合によっては新たな免許区分も必要になるかもしれません。
経産省と国交省の連携事業では日野自動車、いすゞ自動車、三菱ふそうトラック・バス、UDトラックスのトラックメーカー4社や当センターが参画し、2018年1月に新東名高速道路で無線通信を活用してトラックが高速道路を隊列で走行する実証実験を行いました。先頭車両の加減速やハンドル操作の情報を後続の2台に伝え、自動的に車間距離を一定に保ちながら走行するものです。すべてのトラックに運転者が乗車しましたが、早ければ2022年に「先頭車のみ有人で後続車は無人運転」という技術の実用化を視野に入れています。
また、沖縄県の南城市や石垣市では、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として、東京大学やソフトバンクグループ子会社のSBドライブ(本社・東京)、自動運転ベンチャーの先進モビリティ(本社・東京)が、自動運転バスの運行を目指して2017年3月から実証実験を進めています。路肩に駐車している車両をよけて走行することや、仮設の停留場にぴったりと横付けして停車できることを確認しました。
バスの無人自動運転についても、これまで様子見だったバス事業者が積極的になってきています。日本では大都市を除くと約9割のバス会社が赤字と言われていますが、高齢化が進む過疎地域のライフラインであるバス路線の廃止は容易ではありません。無人化が実現すれば、こうした問題にも解決の道が開けるかもしれません。
2017年9月にJR東日本を中心にNTTやソフトバンクグループなどがモビリティ変革コンソーシアムを立ち上げ、自動運転時代の新たなビジネスの検討に入りました。その一つの例が、出発地から到着地までのシームレスな移動の実現を目指す「Door to Doorサービス」の推進です。今後このようなビジネスの検討が加速するのは間違いないと思います。
太田 直哉氏(おおた・なおや)
群馬大学工学部情報工学科教授(博士(工学))
群馬大学次世代モビリティ社会実装研究センター長
1985年東京工業大学物理情報工学専攻博士前期課程修了。三菱総合研究所、日本電気中央研究所勤務。1991年〜1992年米マサチューセッツ工科大学メディア研究所訪問研究員。1994年群馬大学工学部情報工学科助手。同助教授を経て、2004年より教授。2004年オーストラリア・アデレード大学客員研究員。2016年12月より現職。
大きな特徴は二つあります。一つは自動運転レベル4の実現に特化した研究開発と実証実験を進めていることです。レベル3は現実社会では受け入れ難いと考えています。自動運転の状態で、運転者が緊張を維持するのは困難だからです。非常時に突然、ハンドル操作やブレーキが必要になっても即応するのは無理でしょう。
運転者に予告無しで運転制御を求める実験では、5分待機後は1~2秒で反応できるが、1時間待機後では反応に9秒近くかかってしまうというデータも出ています。技術的にはレベル3の達成にどんどん近づいていますが、運転者の緊張が続かないので非常時対応は難しいと思います。むしろ、すべての操作をクルマに任せるレベル4が現実的だと考えています。
もう一つの特徴は産業界や行政との「接着剤」になることです。地方の大学は地域密着型で小回りが利きます。群馬県桐生市での公道実証実験でも住民や行政への周知・理解が速く進みました。さらに、自動運転車両の専用試験コースが前橋市内に2018年5月に完成予定です。このコースが完成すると実証実験が加速すると期待しています。
完全自動運転のレベル5実現には、まだ長い時間を要すると思います。道路などのインフラからのサポートやフィードバック無しで人間の知能と同じようなことが実現できるのは相当先になると思います。
地域・路線限定のレベル4が実現すると、「運転者が必要ない」という点で社会的なインパクトはかなり大きいはずです。馬車からクルマに変わるぐらいの変化になると思います。レベル4は5年後には実現しているのではないでしょうか。
桐生市や神戸市、札幌市などで実証実験を進めてきました。桐生市は全国の多くの自治体と同じように、高齢化や人口減少などの問題を抱えています。自動運転の研究開発を後押しすることで、高齢運転者の事故防止や自動車関連企業のさらなる集積による経済効果も狙って、2016年10月から公道での自動運転の実証実験を進めています。無人の自動運転(レベル4)の実現を前提に開発を進めていますが、実際に公道を走る際は運転者が搭乗していつでも運転操作ができるよう安全に配慮して実験を行っています。
そして今、一番注力しているのは、前橋市や日本中央バス(本社・前橋市)と連携している路線バスの自動運転実証実験です。JR前橋駅~上毛電鉄中央前橋駅間(約1キロ)のシャトルバス路線で実施する予定です。営業車としてナンバー申請し、2018年11月から自動運転によるシャトルバスの運行を目指します。営業中の路線バスが自動運転の実証実験を行うのは全国で初めてです。それにはバス運行時の人件費削減という社会的なニーズもあります。
自動運転に向けての新しいビジネスを産業界と色々検討していきたいと考えています。試行しながら模索しながら実証を重ねていけば、そのビジネスは生まれてくると思います。
「自動運転になると、移動の空間が変わる」といいますが、電車や飛行機とあまり変わらないのではないでしょうか。パーソナルな空間といっても、個室やファーストクラスと同じような感じだと思います。自動運転のクルマだからといって特別なものではありません。クルマというより、いろいろな所に行ける「エレベーター」という感覚が近いかもしれません。自動運転は移動を提供するサービスだと考えたほうがよいでしょう。
(写真)提供以外は筆者 RICOH GR
伊勢 剛