2018年12月20日
最先端技術
主任研究員
伊勢 剛
これまでコピーやプリンターを製造・販売してきたリコーと遺伝子検査―。一見、関係の薄そうな両者を橋渡しするのが、リコーが培ってきたインクジェット技術である。微細なインクの粒子を均一に噴出する制御技術を応用し、医療分野に活用できるバイオプリンターを開発、遺伝子検査の分野に乗り出したのだ。
バイオプリンター
(提供)リコー未来技術研究所
バイオプリンターヘッド(イメージ図)
(出所)リコー
このバイオプリンターを使えば、細胞1個のレベルまで正確に噴出し、そこからDNAの最小単位である1コピー※まで抽出することが可能となる。それを使って遺伝子検査の「モノサシ」となる標準プレートを作成。測定された検量線と呼ばれるグラフに基づいて、遺伝子検査装置や試薬、遺伝子検査手法などが本当に正確なのか検証できるようになる。従来は標準サンプルを薄める希釈法と呼ばれる方法などを用いていたが、DNA100コピー以下になると、バラツキが生じるため、正確な標準プレートが作成できないケースが多かった。
標準プレート
(提供)リコー未来技術研究所
実際、遺伝子検査は遺伝子組み換え食品や感染症などで活用されているが、検査漏れの可能性が指摘されてきた。例えば、健康な人がノロウイルス1株しか感染していない場合、今までの検査では感染者と確認できなかった。しかし実際には、こうした健康そうな感染者から高齢者や子供などが感染し、発症する可能性はある。ウイルス1株でも見逃さないような検査ができれば、このような事態は防ぐことができるわけだ。
さらに今後、大きな発展が期待される再生医療の分野でも、バイオプリンターの活躍の場は広がりそうだ。ウイルス感染した細胞から再生器官を作るわけにはいかないため、ウイルス否定試験と呼ばれる厳しいチェックが必要になる。
リコーは既に、農業・食品産業技術研究機構や日本製粉グループのファスマック(本社神奈川県厚木市)との共同研究によって技術開発を進めている。担当するリコー未来技術研究所ヘルスケア研究センターの開発リーダーは「技術的な共同研究だけはなく、バイオの世界はお客様との協創が重要で、要望に合うものでないと使ってもらえません。要望を形にする技術や対応力がますます重要になると認識しています。また、DNA1コピーを取扱う商品ですから、品質保証の面でこれまでとは次元の異なる材料管理や環境管理が必要になってきます」と語る。
技術開発だけでなく、もちろん事業化に向けた取り組みも重要だ。所管する事業開発本部ヘルスケア事業センターの田野隆徳リーダーは「遺伝子検査に関する販売は連携先を活用する予定です。2019年度の提供開始に向け、マーケティング活動や販売先との連携を進めています」と事業の進め方を説明した上で、「今後の方向性として、インクジェット技術を使って細胞チップを作り、創薬のスクリーニング事業や個別化医療に貢献したいと考えています」と夢を語った。
コピーやプリンターで使われているインクジェット技術が、生命を守る医療サービスの高度化に貢献する―。人類が直面する社会的課題を解決するために、企業は何ができるのか。今回の挑戦が答えの一つになってほしい。
※遺伝子科学の世界ではDNAの個数を1個、2個ではなく、1コピー、2コピーと数える。
ニュースリリース:バイオプリンティング技術によりDNA分子数を1個単位で制御
伊勢 剛