2019年03月26日
最先端技術
研究員
新西 誠人
2020年東京五輪・パラリンピックに照準を合わせ、通信業界は次世代通信規格である「5G」の実用化を目指している。5Gには「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」の三つの特徴があるといわれるが、それによって社会がどう変わるのか―。5G研究の第一人者で第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)技術委員会委員長である、大阪大学大学院工学研究科の三瓶政一教授にインタビューを行った。
5Gの特徴
(出所)各種報道を基に作成
(写真)筆者 PENTAX Q-S1
三瓶 政一氏(さんぺい・せいいち)
大阪大学大学院工学研究科教授。1982年東京工業大学大学院総合理工学系研究科修士課程修了。1991年工学博士取得。1982年郵政省電波研究所(現情報通信研究機構)入り。1991~1992年米カリフォルニア大学デービス校客員研究員。1993年大阪大学工学部助教授、2004年から現職。2014年第5世代モバイル推進フォーラム技術委員会委員長。2015年総務省情報通信技術審議会委員。専門は通信工学。
―5Gと4Gとの違いは何か。
2020年に始まる5Gは、まずスマートフォン向け超高速を主体とするサービスで幕を開け、ゆくゆくはIoT(モノのインターネット)での利用を見据えている。4Gまではスマホに情報を配信するサービスが中心だったが、5Gになるとスマホは接続される端末の一部に過ぎず、IoT機器が主役になる。
世界的にも5Gの最重要課題として挙げられているのが、バーチカル(垂直)セクターの接続だ。その意味は自動車や工場などを積極的にネットワークに繋いでいくということだ。例えば、コネクテッドカーやスマートオフィス、スマートインダストリーというように自動車や生活・職場空間、工場をすべて繋げていこうという構想だ。その場合、繋がる「機器」の数はスマホよりも圧倒的にIoT 機器が多くなる。これが決定的に4Gとは違う点だ。
5Gの応用分野
(出所)5GMF White Paperを基に作成
―最終的な利用者は人間ではなく機器になるということか。
その通りだ。三つの特徴のうちの「超低遅延」は、ここで必要になる。通信の最終利用者が人間のときには、耳で聞いて遅延があるかどうかを判断していた。ところが機器同士の通信では、人の知覚よりも早い処理が求められる。5G規格の1マイクロ秒(msec)の遅延でもまだ遅いのかもしれない。(筆者注:人の瞬きは100~150msec)
―すべてのIoT機器がネットワークに繋がると、ビジネスがどう変わるのか。
ネットワークに常時接続されることで、提供サービスの中身が変わるだろう。工場の機器や家電など、あらゆるものが常にモニタリングできるようになり、定期点検が不要になる。自動車で考えてみると、これまでは定期点検で不具合が見つかり、部品交換しようとしても在庫が無い場合があった。しかし、常時モニタリングしていると、この部品がいつ頃おかしくなりそうかの予測が可能となり、ある程度計画的に部品交換できるようになる。
家電も5Gネットワークに繋がれば、今の売り切りのビジネスモデルではなく、サブスクリプション(定額)モデルが主流になる。例えば今まで2万円で売っていた家電を1万5000円に値下げして販売する。その代わり、消費者は月数百円でメンテナンスやソフトウェアのバージョンアップのサービスに加入する。このように課金の仕方が変わってくる可能性がある。
―企業は新たなビジネスモデルを構築する必要に迫られるのか。
4Gから5Gになり、情報伝送量が増えても、B2Cの一般消費者に対して簡単には通信料を値上げすることはできないだろう。既に4Gで生活が困らないレベルまでになっているからだ。これ以上、通信能力を拡大して料金を上げられるかというと疑問だ。
このため5Gで描くビジネスはB2Bへの拡大が重要な課題となる。もちろんB2Bだからといって、高額な通信料を負担できるというのではない。5Gを使ったサービスによって、例えば工場の機器の故障のダウンタイムが減り(=稼働率が上がる)、メンテナンス費を抑制できるだろう。結果的に企業は人件費を削減でき、その分を通信料に充てられる。
―具体的にはどんなものか。
5Gを使っているわけではないが、参考になるのが現在の飛行機のエンジンの売り方だ。あるエンジンメーカーは航空会社に1基いくらで売るのではなく、エンジンの稼働状況に応じて代金を受け取るモデルを編み出した。エンジンメーカーはエンジンに付けたセンサーからの情報を基に、効率的な操作や航路を航空会社に提案する。また、故障の予兆を捉えることで最適なメンテナンスを行う。
これにより航空会社は燃料費を抑えることができ、航空機の稼働率も上がるため、できるだけ性能の良いエンジンを導入したいという動機が生まれる。エンジンの稼働率が上がれば、エンジンメーカーの収益が増えるので、次世代エンジン開発のインセンティブとなる。
5G時代だからこそ、企業は従来とは異なるビジネスモデルを構築しなければならない。現状のように企業内だけですべて手掛けようという体制では対応できない。5G時代に付加価値を生むためには、組織の枠を越えた横のつながりが必要になる。組織にとって体制を変えるのは一番難しいことだが、それができるかどうかが今、経営者に問われている。
―5Gの普及にはどのくらいかかるか。
まず2020年に通信事業者が「超高速」サービスを開始する。しかし、それは序の口に過ぎない。5Gはさまざまな機器が繋がるIoTビジネスの展開のほうが重要になる。IoTビジネスは5Gの「超低遅延」「多数同時接続」の仕様が固まり、2023年にはいろいろなものが出てくるだろう。出始めたら後は速い。日本企業は今から準備しておかないと、グローバル競争から脱落してしまう。今、ぼーっとしている企業は危険だ。
新西 誠人