2019年07月23日
最先端技術
研究員
相澤 宏行
経済の成熟化に伴い、本業の先行きに不透明感も強まる中、日本の大企業が新規事業創出に熱を上げている。M&A助言会社レコフの調べによると、2018年度の大企業による国内スタートアップへの投資額は3400億円を突破し、過去最高を記録した。なりふり構わず社外の資源を取り込もうという姿勢が一段と鮮明になっている。
リコーもさまざまな方法で新規事業の創出に取り組んでいる。筆者の所属するイノベーション本部事業創造センターのX-PTもその一つだ。「一国二制度」の下、社内の技術・事業を社外に切り出し、独立企業として成長させるという目標に挑戦している。その過程では、ベンチャーキャピタル(VC)からアドバイスを受けることもある。
筆者が社外に切り出す事業候補の計画を国内有数のVCに持ち込み相談した際には、実に貴重な経験をした。一通り計画を説明し終えた後、VCの社長から単刀直入なコメントが返ってきたのだ。「事業計画と製品がここまで出来ているなら、早く始めたらどうですか」―。ぶっきらぼうだが、言葉の一つひとつに熱を込めながら、彼は続けた。「大半の計画は失敗するので、早く始めて早く失敗してください。その後が本当の勝負です」―。スタートアップの本質を突く箴言(しんげん)だった。
この言葉が心に突き刺さったのは、一般的に大企業は新規事業をすぐにスタートできない体質だからだ。まず顧客にモノ・サービスを売る際の品質にこだわる。このため、長い時間をかけて築き上げたブランドに傷がつかないよう、新規事業でも社内の高い品質基準を満たさねばならない。また、社内のリソースを使うためには、売り上げや利益の予想を示した膨大な、そしてバラ色の計画書も必要になる。神様でもないのに数百億~千億円規模の市場予測を行い、3年で単年度黒字かつ5年で累積損失解消をうたうのだ。
そして上司、その上司、そのまた上司へと上申が続き、然るべき審議に臨む。案件が大きければ経営トップや取締役会の承認も必要になり、すべての了承を得てようやくゴーサインが出る。同時に生産や販売、保守サポートなど多くの部門との間で山ほどの調整も求められる。
これに対し、スタートアップ企業では数人の社員が超高速で革新的なプロダクトを世に出す。計画書の損益予測も事業開始から数年間は赤字が拡大し、ある時期に急上昇する「Jカーブ」を描く。販売や保守サポートなどの準備は後回し。それでも、世に問うプロダクトが革新的であれば、数多の支援者が現れる。そして資金調達や組織態勢が整い、事業が急拡大していく。ただしこの流れに乗れなければ、もがき続けた末に資金が尽きてしまい、会社をたたむことになる。
大企業が新規事業を創出するためには?(イメージ写真=東京・丸の内)
(写真)小野 愛 PENTAX K-50
一般にスタートアップ企業がさらされる事業環境は変化が速く、予測不能だ。市場が存在しない新しい価値を世に問う事業となれば、なおのこと計画の立案は困難になる。
こうした厳しい環境下で新たな事業を創出するには、先に述べたVC社長の箴言に含まれる考え方が役に立つ。それは近年のアントレプレナーシップ研究で注目を集めている、「エフェクチュエーション」という概念だ。筆者なりにその内容を要約すると、起業家が手持ちのリソースを武器に周囲の環境に働き掛け、関心を持ってくれた人々との連携を通じてリソースを大きくしながら、最終的に事業を創出するという考え方だ。
先のVC社長が「早く始めて早く失敗せよ。その後が勝負」と言ってくれたのは、ビジネスを実践しながら試行錯誤を繰り返せという助言なのだ。まさに「エフェクチュエーション」の考え方である。まずは、人々に認知される革新的なプロダクトをいち早く世に出す。たとえ失敗しても、そこから学んで市場に対する認識を深める。その試行錯誤の過程で、関心を持ってくれた人々とアライアンスを組んで事業に磨きを掛ける。こうして形成されるエコシステムを基盤に、外部の力を巧みに取り込んで事業を成長させていく。
まるで「わらしべ長者」のような話だが、リソースの乏しいスタートアップ企業が生きる道そのものである。大企業のように潤沢なリソースはないから、机上の計画や社内の会議に時間を費やすより、スピードと革新性、外部支援者との共創を武器にして活路を見出すのだ。
この考え方の根底には、「未来は予測不能」という謙虚な認識がある。それが故に起業家自らが外部環境に働き掛け、未来を創り出していく。大企業の既存事業のように過去の事業活動の延長線上で未来を予測し、その範囲内で物事を考えるのとは対照的だ。
だから、大企業も新規事業を創出したければ、予測不能な未来と真摯(しんし)に向き合わなくてはならない。つまり、社内という閉じた世界で計画を立案し、上申を繰り返す企業文化ではスタートアップ企業に太刀打ちできない。まずは、社内に隠れている起業家候補を見つけて社外に解き放つ。そして外部との共創で試行錯誤を繰り返しながら、事業を育て成長させていく。トップダウンではなく、社員の主体性を尊重した「自律自走型」の仕組みが不可欠なのである。
相澤 宏行