2019年08月02日
最先端技術
主任研究員
伊勢 剛
日本は世界有数の火山大国で、気象庁によると活火山は111を数える。これは噴火による災害が多い半面、「地熱資源大国」であることも意味する。日本地熱協会によれば、その資源量は未利用分も含めると米国、インドネシアに次ぐ第3位(2347万kW)。これは原子力発電所10~20基分に相当し、単純計算で約470万世帯の電力を賄える計算になる。
地熱資源量と活火山数の関係
(出所)日本地熱協会
地球温暖化防止の面からも、地熱発電には期待が高まる。発電所の建設から運転、解体までに発生するすべての二酸化炭素(CO2)について計算した「ライフサイクルCO2排出量」を見ると、地熱発電はそれが最も少ない手段の一つ。石炭火力発電の943g-CO2/kWhに対し、地熱発電は13 g-CO2/kWhとおよそ70分の1に抑えることができる。さらに、太陽光発電の38 g-CO2/kWhや風力発電の25g-CO2/kWhよりも低い(日本地熱協会)。
安定性の高さも強みだ。同じ再生可能エネルギーでも、太陽光や風力は発電量が昼夜・天候に左右される。これに対し、地熱は原発などと同様、一定の出力を保つ「ベースロード電源」として活用できるのだ。
それにも関わらず、(上)で説明した通り、7000kWを超える規模の地熱発電所は22年間も新設されなかった。なぜなのか。
「発電に使えるかどうかが実際に井戸を掘ってみないと分からない上、蒸気を使い過ぎると発電出力が減衰する可能性があり、リスクが高いのです」―。八幡平市で半世紀ぶりに新設された松尾八幡平地熱発電所を運営する岩手地熱(本社岩手県八幡平市)の高橋昌宏プロジェクト・ゼネラル・マネジャーはこう解説する。
地熱は石油と同じ地下資源だ。地質などの事前調査に時間が掛かり、開発コストが膨らみやすい。事前調査にも限界があり、有望な場所だと判断されても、最終的には井戸を掘ってみないと必要な蒸気が得られるか分からないという。
岩手地熱プロジェクト・ゼネラル・マネジャーの高橋昌宏さん
転機が訪れたのは2011年3月の東日本大震災。自然エネルギーの一つとして、再びスポットライトが当たったのだ。再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)導入や、地熱資源が豊富な国立公園内の開発規制緩和など政策の後押しもあり、地熱発電は息を吹き返した。八幡平市でも、「日本初の商用地熱発電所」として誕生した松川地熱発電所から半世紀ぶりに、2カ所目を新設する計画が進み始めた。
それでも2カ所目稼働までの道のりは平坦ではなかった。高橋さんは「一時は開発を断念する寸前まで追い込まれた」と明かす。理由は送電網の余力不足だ。送電網に新たな電源をつなげることになるため、電力会社には送電余力の問題が生じる。住民とは送電線の建設などについて何度も交渉を重ねなければならない。
実は、地熱発電の開発が難しいもう一つの理由が既存温泉との関係だ。八幡平市の場合は地熱発電と温泉の開発が同時に進んだ歴史があるため大きな問題にならなかったが、温泉の湯量に悪影響を与えるとして反対運動が起きるケースも少なくない。
苦労を乗り越えて稼働に漕ぎ着けた新発電所では、最新型の軸流排気タービンを国内で初めて採用した。タービン軸に沿って蒸気が排出されるので、エネルギーロスが小さくて済むのだ。また、このタービンはコンパクトな設計ができるので、タービン建屋を低くすることができて低コストで建設できる。
松尾八幡平地熱発電所の熱水蒸気井
この新たな発電所では、地元八幡平市への地域貢献の計画が進んでいる。電力の一部は地域電力会社を通じて八幡平市の公共施設に送られ使用される。観光施設にも1時間当たり最大8立方メートルの温水を供給する予定。エネルギーの「地産地消」を目指しているのだ。
美しい地球を次の世代に引き継ぐために、再生可能エネルギーの選択肢は一つでも多いほうがいい。安定的に発電でき、国内の資源量が豊富な地熱発電は有力な選択肢になる。ただ、地熱資源はその性格上、国立公園など自然環境が豊かな地域に偏在する。開発を進めるには自然と共存するための配慮が不可欠だ。自然エネルギーの開発によって、環境破壊が起きては本末転倒になってしまう。
八幡平市の2つの地熱発電所は井戸を斜めに掘り、地上施設を集約することで使用する土地面積を少なくするなどの工夫をしている。こうした努力を重ねれば、観光や農業、地域の公共サービスなどにも貢献できる地熱発電は、地域活性化の軸になり得るのではないだろうか。
(写真)筆者 RICOH GRⅢ
伊勢 剛