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蛇は毒にも薬にもなる!

期待高まる「ヘビ型ロボット」の普及

2014年04月01日

最先端技術

主任研究員
栗林 敦子

 「ヘビが好きか?」と聞かれたら、多くの人は顔をしかめるだろう。

 ところが、神社のしめ縄や床の間に飾る新年の鏡餅は、ヘビをモチーフにしたという説があるほど、古代から日本人の生活とは密接な関係がある。アジアでは中国やインドでも、ヘビは水神や大地母神として大切に祀られている。

 ツタンカーメン王の仮面に付けられた「コブラ」が有名なように、古代エジプトではヘビは「権力の象徴」として装飾品に使われていた。ギリシア神話には、ヘビが巻き付いた杖を持つ医術の神アスクレピオスが登場する。この杖は医療のシンボルとして、世界保健機関(WHO)や世界医師会(WMA)などのロゴに用いられている。

 このように、ヘビは洋の東西を問わず、古くから原始信仰の対象である。大蛇の姿が大河を連想させるから、ヘビは農耕に不可欠な水や雨をもたらす「豊穣」の象徴となった。また、生涯脱皮を繰り返して再生するように見えるため、「永遠の生命力」と重なり合う。

世界初の「ヘビ型ロボット」を開発した日本人

 人間に「気味悪い」と怖がられる一方で、神として畏れられてきたヘビ。今、その細長い形態とクネクネした動きが、最先端ロボットに応用されはじめている。ロボットというと通常、二足歩行のヒューマノイド型が思い浮かぶ。当然、人間のような動きしかできない。だからヘビ型で、どんな場所でも自在に動き回れるロボットの開発も急ピッチで進んでいるのである。

 岩の割れ目などに入って身を守るため、ヘビは紐(ひも)状の体をしている。状況に応じてその体は手にもなるし、足にもなる。もし、ヘビのように動くロボットがあれば、人間の入り込めない狭い場所に入り、作業してくれるだろう。

 日本のヘビ型ロボットの開発は、半世紀近い歴史を誇る。そのパイオニアが東京工業大学の広瀬茂男名誉教授であり、1972年に世界で初めてヘビの動きを解明した上で、機械的に再現することに成功した。

 当時、広瀬氏はまず東京・渋谷のヘビ料理店で1匹1500円の生きたシマヘビを手に入れ、研究室で飼育を始めた。いろいろ条件を変えながら、ヘビを走らせる実験を何度も何度も繰り返す。ようやく、なぜ体をくねらせるだけで前進するかを突き止め、初代のヘビ型ロボット「ACM-R3」を完成させた。

 その後、組み込むモーターやバッテリーなどの技術革新にあわせて、広瀬氏は多彩なヘビ型ロボットの開発に取り組む。2005年愛知万博で、陸だけでなく水中でも自在に泳ぐ「ACM-R5」を出展すると、国内外から驚きの声が上がった。

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 ヘビ型ロボットは各国で様々なタイプが開発されているが、幾つかの共通点がみられる。すなわち、①同じ形のカーブを一定間隔で描きながら前進する②棒状のものに巻き付き、螺旋(らせん)状に動く③かま首を持ち上げ、段差を乗り越える④転がったとしても、ダメージを受けない⑤狭い場所に入り込んだり、水中を泳いだりする―などである。今や、心臓手術から災害救助、火星探査に至るまで、広範囲にわたる分野への応用が期待されている。

大震災以降、災害救援ロボットが不可欠に

 ところで、2011年3月11日の東日本大震災の直後から、瓦礫(がれき)の中や原子力発電所の内部を探索することが喫緊の課題となり、ロボットへの期待感が大きく高まった。NPO法人の国際レスキューシステム研究機構(IRS)は、利用可能なロボットのリストを被災自治体に配布。また、研究者や技術者の有志が集い、復旧・復興に向けてロボット技術の有効利用を目指す「対災害ロボティクス・タスクフォース」を立ち上げた。翌月には岩手、宮城両県で行方不明者の捜索のほか、港湾や海底地形、水産資源の調査などで国産の各種水中ロボットの利用が始まっている。

 一方、東京電力福島第一原発の事故現場で、最初に投入されたロボットは米国製である。高レベル放射線の下で動かせる国産ロボットがなかったためだ。事故から3カ月経って千葉工業大学と東北大学などが共同開発した、瓦礫などを乗り越えられる災害救助用ロボット「クインス」(長さ66.5cm、幅48cm、高さ22.5cm)が投入され、原発建屋内の放射線量測定に貢献するようになった。過酷な条件下でも使用できるよう、オリジナルのロボットを3カ月で改造し、遠隔操作や耐放射線などの機能を付加したものだ。

 大震災が教訓となり、災害発生直後に投入可能なロボットを、平時から備えておく必要性が広く認識されはじめた。とりわけ、センサーやカメラ、通信機能などを備え、どのような場所でも入り込める「災害救援ロボット」として、ヘビ型ロボットへの関心が急速に高まっている。

 例えば、広瀬氏の開発したヘビ型ロボット「蒼龍Ⅲ号機」は、無限軌道(クローラー)付きのボディー3つを縦につないだタイプである。小型(長さ121cm、幅14.5cm、高さ12.2cm)だから、瓦礫の隙間にも十分入れる。3つのボディーの連結部は上下左右に動くため、体をくねらせながら凸凹の不整地でも難なく走行できる。

 ロボットの前部にテレビカメラや集音マイクなど瓦礫内部の探索装置、中央部にモーターとバッテリー、そして後部には遠隔操縦のための無線装置を搭載している。また、3つのボディーは簡単に切り離すことができるから、例えば前部をコンテナ(被災者に届ける食料・医薬品や小型ジャッキなどを積載)に付け替えるなど、目的や状況に応じて機能を柔軟に変更することができる。

 また、側面にも無限軌道を付けて横転後もそのまま進行可能なタイプや、側面のアームを動かして障害物を乗り越えられるものなど、ヘビ型レスキュー・ロボットだけでも実に様々なバリエーションが登場している。

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クネクネした動作 ヘビの多関節に注目

 東京工業大学准教授の福島・エドワルド・文彦氏は、クネクネした動作を可能にしているヘビの多関節に注目する。そして、「(ヘビのように)数え切れないほどの関節を持つアームを開発できれば、さらに用途が広がるはずだ」と目を輝かしている。

 日本企業の得意分野である産業用ロボットは関節を幾つも持ち、複雑な作業をこなす。ただし、関節が多くなるほど制御は複雑になる。無数の関節でつながれている、ヘビの柔軟な動作を応用できれば、ロボットの制御は格段に容易になるというわけだ。

 世の中には、「金運が高まる」と信じて財布にヘビの抜け殻を入れておく人がいる。ヘビ革のバッグは高価だが、愛好者は少なくない。「体にいいから」といってヘビ料理を食す人もいる。その猛毒で人命が危険にさらされるかと思うと、酒に漬け込んだり煎じたりして薬にすることもある。

 ヘビは毒にも薬にもなる不思議な動物。見た目は不気味でも、使い方次第で人間の役に立つ。将来、ヘビ型ロボットも社会に不可欠の存在になる日がやって来るだろう。

栗林 敦子

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※この記事は、2014年4月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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