2021年01月22日
最先端技術
研究員
新西 誠人
「ピンポーン」―。リモートワークで自宅から職場の会議に参加していると、突然、玄関のチャイムが鳴った。パソコン画面上の同僚に断りを入れ、あわててドアフォンの受話器を取る。宅配業者のようだから、ハンコを持って玄関へ。コロナ禍で新年の挨拶を控えていた叔父が送ってくれた年賀のお菓子だった。小さなサプライズをうれしく思う半面、数分待たせた同僚には申し訳ない。
自宅のドアフォン
(写真)筆者 PENTAX Q-S1
今、リモートワーク中の宅配便受け取りは、世界中の在宅勤務者を悩ませているのではないか...。そんなことを考えているうち、世界最大のデジタル技術見本市であるCES2021を迎えた。CESは米ラスベガスで例年開催され、最先端技術・商品の発表や有力企業の最高経営責任者(CEO)による講演が行われる。近未来の技術トレンドを占う貴重な場となり、2020年は世界中から17万人以上が参加した。
ところが、2021年1月11~14日に開催された今回は、コロナ禍によって54回目にして初めてオンライン開催。筆者も14時間の時差を克服しながら、幾つかのイベントに参加した。
CES2021
(出所)CES2021公式アカウント(@CES)
CESを主催する米民生技術協会(CTA)のゲイリー・シャピロ会長は基調講演の中で、新型コロナウイルスの感染拡大について「パンデミックは、技術の驚異的な革新を引き起こした」と強調。「技術はツールであり、私たちにはそれをうまく使い、生活を向上させるために利用する機会がある」と指摘し、テクノロジーを活用して危機を乗り越えようと参加者に訴えた。
今回の危機は、世界中の人々の意識を「家」に向けさせた。新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、各国政府がロックダウン(都市封鎖)や外出自粛策などを講じたため、市民はステイホームを余儀なくされたからだ。ところが、オフィスに比べて家はIT化が遅れており、さまざまな不便が生じている。
実はコロナ禍前から、CESは利便性向上のために家を知能化する「スマートホーム」技術を主要課題の一つとしてきた。CTAで市場リサーチを担う、スティーブン・ハメル氏は今回、「2020年はスマートホーム業界にとって華々しい年になった」と胸を張った。スマートスピーカーやスマートドアベル、スマート照明といったスマートデバイスの市場規模は前年比8%増加し、265億ドル(約2兆7800億円)に拡大。2022年には280億ドル(約2兆9400億円)を超えると予測する。
このうち、冒頭で紹介した問題を解決してくれそうなのが、スマートドアベルであり、スマートホーム市場でも期待の星だ。これを使うと、玄関外の画像を手元のスマートフォンで確認可能。リモート会議中でも、机に向かったまま来訪者を応対できる。宅配業者に荷物を玄関先に置いてもらう「置き配」を頼めば、ミーティングの中断時間を最小限にできそうだ。
ホームシアターの設計などを手掛ける米ロジック・インテグレーション社のショーン・ハンソンCEOは今回のセッションで、「2020年に入ってから(米国では)新築の際、エントリーレベル(普及価格帯)でもスマートドアベルやスマート照明の設置を期待される」と明かした。
さらに、今回は非接触型のスマートドアベルも発表され、参加者の関心を集めていた。人工知能(AI)が画像を解析し、来訪者を判断した上でベルを鳴らすのだ。来訪者はドアベルのボタンに接触しないから、感染防止になる。また、置き配荷物の盗難防止にも役立つ。常時撮影している監視カメラが怪しい人間の動きを検知すると、アラームを鳴らすからだ。ドライブレコーダーのように録画も可能なため、万一荷物を盗まれても証拠になり得るという。
来訪者の体温を自動計測し、体調不良の人との接触を避けられるスマートドアベルも発表された。まさに新型コロナウイルス時代が生み落とした新製品であり、こうしたスマートドアベルは今回のCESでイノベーション賞を受賞した。
もちろん、スマートホーム普及には課題も山積する。その一つが相互接続だ。スマートドアベル、スマート照明、スマート空調...。スマートデバイスが家の中に増えれば、操作や管理を一括で行いたくなる。例えば、居住者の帰宅をスマートドアベルで検知したら、同時にリビングの照明が点灯し、空調も入るようにしたい。
前出のハンソン氏は「以前は1つの製品に1つのスマホアプリが必要な状態だった」が、今は「1台のスマートスピーカーで多くの操作ができるようになった」という。ただし相互接続には、「(スマートデバイスを提供する)企業が緊密に連携する必要があるだろう」と指摘する。
もう1つの課題がプライバシーの保護だ。スマートデバイスは家庭に常設されるため、カメラやマイクを通じてプライバシーが漏れる心配が絶えない。これに関し、セキュリティを手掛けるイスラエルのエッセンス社のオハド・アミル最高技術責任者は今回のセッションで、「(家庭から)クラウドに送るデータは最低限にとどめ、多くの処理はスマートデバイス内で完結することが望ましい」とスマートホームの信頼向上策を提言した。
しかし、クラウド上の情報が少なくなれば、スマートホームの利便性が低下してしまうという問題が生じる。例えば、前述した「居住者の帰宅をスマートドアベルで検知→リビングの照明が点灯、空調も始動」といったサービスは、クラウドに大量の情報を送らなければ実現しない。プライバシーと利便性のバランスをどうとるか、まだまだ検討の余地がありそうだ。また、日本では電波法などが障害になり、日常利用できないスマートデバイスもある。
近い将来、自宅にもスマートドアベルを導入し、スマートホーム化に着手したい。まずは、コロナ禍の早期終息を願い、来年こそラスベガスでCESに参加したいものだ。
新西 誠人