2022年02月09日
最先端技術
企画室
帯川 崇
世界最大級の家電IT見本市CESが2022年1月5~7日、米ラスベガスで2年ぶりに対面イベントとして開催された。各国の有力企業やスタートアップが最先端技術を競う中、日本の大手電機メーカーによる電気自動車(EV)の試作車がひときわ注目を集めた。中でも筆者が気になったのが、そのディスプレーだ。運転席の前だけでなく助手席側まで、ダッシュボードはほぼ全面がディスプレーとなっていた。
実は、筆者はディスプレー開発の経験がある。20年以上前、当時在籍していた素材メーカーで有機ELに使う材料の高純度化からスタート。その後、冒頭で紹介した電機メーカーへ職場を移し、有機ELのディスプレー開発に携わった。このため、今でもディスプレーが気になってしまう。薄型テレビ市場では当時、液晶やプラズマが先行しており、それを凌駕すべく有機ELの開発に没頭していた。プラズマは既に脱落し、テレビと言えば液晶か有機ELかという時代になった。
その一方で、若者の「テレビ離れ」が叫ばれて久しい。だが、薄型テレビの国内生産台数はピーク時から大幅に減ったとはいえ、2021年も538万台に達した(電子情報技術産業協会=JEITA=調べ)。いまだ多くの家庭でリビングの中心に鎮座するのだ。最近はコロナ禍の巣ごもり需要が追い風となり、再び世間の注目を集めている。
リビングの中心はテレビ(イメージ)
(出所)stock.adobe.com
ディスプレーはテレビに限らず、さまざまな場所に活躍の場を広げている。起床から就寝まで、今や老若男女が手放せなくなったスマートフォン。見つめているのは、もちろんディスプレーだ。スマートウオッチを付けて出勤し、通勤電車ではスマホをいじる。職場に着くとパソコンやタブレットを駆使し、帰宅後はリビングのテレビを見ながらくつろぐ。一体、1日どれぐらいの時間、ディスプレーと向き合っているのだろうか。
「ディスプレーの性能なんて、もう十分だよ。これ以上きれいに映し出す必要あるのかな?」―。当サイトの編集長がこう指摘してきたから、筆者としては黙っていられない。「いやいや、まだまだ進化しますよ。消費電力とか臨場感とか...」―。というわけで、ディスプレー開発の最新状況について調査を始めた。
薄型テレビで先行した液晶に対し、有機ELは「超薄型」「高コントラスト」「高速応答」などを武器に追撃する。なぜ液晶よりもさらに薄くできるのか。一言でいえば、液晶に不可欠なバックライトが有機ELでは要らないからだ。
有機ELディスプレー(イメージ)
(出所)stock.adobe.com
液晶では、ディスプレーの背面全体を白色バックライトで常時光らせる。液晶の分子が「光のシャッター」つまり画素のON/OFFを担い、カラーフィルターを通して光の三原色「Red(R)、Green(G)、Blue(B)」で画像を映し出す。これに対して有機ELでは、画素自体がR、G、Bを発光する(RGB独立発光方式)。バックライトやカラーフィルターが不要なため、構造がシンプルになり超薄型を実現できる。
液晶と有機ELの基本構造(出所)筆者
既にスマホ用では、このRGB独立発光方式の小型有機ELディスプレーが搭載されている。ところが、50型クラスの薄型テレビに使われる大型有機ELは別方式なのだ。RGB独立発光方式の大型化・量産がとてつもなく難しいため、液晶で実用化された技術を一部取り込んで有機EL テレビの大画面化を急いだのである。
しかし、その代償は小さくなかった。液晶と同じくカラーフィルターを通して画素がRGBを発光するから、エネルギー効率が悪くなる。本来、有機ELは液晶より消費電力が小さくて済むはずだが、この方式では液晶よりも大きくなってしまうのだ。
大型有機ELの基本構造
(出所)筆者
ただし、大画面の画質では有機ELが液晶を凌駕する。液晶陣営は高画質を見せつけられて驚愕したが、すぐに逆襲を始める。有機ELが画素単位の発光で高いコントラストを実現したように、液晶陣営もバックライトをエリアごとのLEDに分割することで、画質の飛躍的な向上に成功したのだ。その分割単位は年々小さくなり、近年では「ミニLED」と呼ばれる。その効果は抜群で高画質・臨場感・没入感を高めている。
地球温暖化が深刻になり、液晶、有機EL両陣営ともに消費電力のさらなる低減が至上命題。こうした中で登場したのが、色つまり光の波長を変換する量子ドットフィルターという技術だ。白色の代わりに青色を発光させ、青色から緑色と赤色に変換。白色LED 発光+カラーフィルターに比べ、エネルギー効率が格段に改善し、消費電力も小さくできる。
今、この量子ドットフィルター技術は液晶、有機ELの双方に入り始め、両陣営が入り乱れて総力戦の様相を呈する。究極のディスプレーを目指し、開発競争はまだまだ続くだろう。
量子ドットフィルターが入り込むと...
(出所)筆者
このように大画面テレビをめぐる、ディスプレー競争は激しさを増す。その一方で、戦場は超小型画面にも広がりつつある。インターネット上の仮想空間「メタバース」の普及が予測される中、例えばメガネ型の「スマートグラス」が普及していくのは必至だろう。
今回紹介したテレビ用の据置型ディスプレーの場合、視聴する環境によって適切なサイズが変わる。だがスマートグラスであれば、使い分けや設置場所を気にする必要がない。となると、その開発競争の焦点は大画面化ではなく、装着感など人間の五感を尊重したものになる可能性が高い。
リコーもスマートグラスのプロトタイプを発表済みだ。普段使いで違和感なく使えそうなデザイン。しかも、重さはわずか49グラム(2020年8月の発表時点で両眼視タイプとしては世界最軽量)。映像を投影する「ディスプレー・ユニット」をこめかみ付近に配置。それによって鼻にかかる荷重を一般的なメガネ程度に抑え、快適な着け心地を実現したのだ。実はこのユニットにも、超小型の有機ELディスプレーが埋め込まれている。
近い将来、スマートグラスを掛けることで、普段酷使している「眼」の機能も回復してくれるよう願いたい。「編集長、きっと次世代の開発者が実現してくれますよ!」―。
リコー開発中のスマートグラス
(提供)リコー
帯川 崇