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リビングで気軽にみんなが楽しめるメタバース

=HomemadeCave開発者が描く仮想現実の世界=

2022年10月04日

最先端技術

客員主任研究員
新西 誠人

 インターネット上の仮想空間で交流などを行う「メタバース」に注目が集まっている。インターネット交流サイト(SNS)最大手の米フェイスブックが2021年10月に社名を「Meta(メタ)」へ変更してから1年が経ち、IT企業だけでなく、観光業や金融会社までもが新たなビジネス領域として活路を見出そうとしている。

 このメタバースを支えるのがバーチャルリアリティ(VR)だ。コンピューターで描き出された3次元の空間を、あたかも実在するかのように体験者に見せることができる技術である。こうした3次元映像を見るためにVRゴーグルの普及が進む一方で難点も指摘される。長時間使い続けるには重く感じてしまうというものだ。

 筆者も同意見であり、実際に購入して疑似的な観光やスポーツなどを楽しんでいたが、最近はあまり使わなくなってしまった。もっと気軽にVR体験できる商品がないか―。そんな時、自宅でも肩ひじ張らずにVRを体験できる「HomemadeCave」という装置があることを知った。3Dテレビや3Dプロジェクターを使うため、3D映画用サングラスのような軽量の「偏光グラス」などを掛けるだけでVR空間を体験できる。偏光グラスを掛ければ複数人数でも同時にVR体験できるので、自宅やスモールオフィスにも利用が可能だ。今回、HomemadeCaveを開発した東京藝術大学の八谷和彦教授にお話をうかがった。

写真HomemadeCaveで映し出された仮想空間の川越の街を案内する八谷教授
(写真)筆者

 八谷教授によると、VRブームは今回で3回目だという。第1次ブームは1960年代のこと。米ユタ大学のアイバン・サザランド教授が開発した、目を覆うヘッドマウントディスプレイ(HMD)型の映像表示装置が話題を呼んだ。第2次ブームは1990年代。けん引したのは米イリノイ大学が開発した「CAVE(Cave Automatic Virtual Environment)」というVR装置だった。これは各人がHMDを被るのではなく、部屋全体がVR空間になっているのが特徴だ。部屋の床や壁にプロジェクターで3次元映像を映し出すため、複数人数でもVRを体験できるのだ。そのためには部屋を暗くする必要があり、あたかも洞窟(cave)のようだということで、装置の名前になった。

 現在のVRブームを下支えする技術的な要因は、スマートフォンの普及に負うところが大きい。スマホに使う液晶パネルや高性能演算チップをVRゴーグルに転用できるようになり、安価に製造できるようになった。しかし、先述のようにVRゴーグルは300~400グラムと重い上に、メガネを掛けている人にとっては窮屈で、長時間装着しにくいという問題がある。八谷教授は「もっと気軽にVRを体験できないかと常々思っていた」という。

 そんな八谷教授がある時、出会ったのが、体験者の物理的な目線に合わせて自在に3次元画像を生成するソフトウエア。開発者の自宅の薄暗い部屋で3Dプロジェクターを使ったデモを見て、以前体験したCAVEを思い出した。第2次ブーム当時、最先端技術が凝縮されたCAVEには数億円の製造コストが必要だったが、現在の技術や製品を使えばわずか数十万円で同様のVR装置を作れると考えたのだ。こうして家庭で気軽にVR体験できる「自家製のCAVE」(=HomemadeCave)が誕生した。

 このHomemadeCaveのメリットは何といっても「本家」のCAVE同様、多人数で同時にVR体験できる点にある。さらに、視界をすべて覆うVRゴーグルと違って偏光グラスを使うので、部屋の様子なども視界に入る。例えば、VR体験しながら軽い家事を行ったり、手元のスマホも確認できたりするため、家族団らんなどの場にも適している。実際、筆者は、八谷教授の研究室でHomemadeCaveのVR作品を体験しながら、八谷教授に話を聞いたり、スマホの着信通知を確認したりすることができた。

 多人数で同じVRを体験できるのは、例えば少人数のSTEM(科学・技術・工学・数学の教育分野の総称)教育などにも適しているという。生物や天体、化学実験など同じVR映像を体験しながら、教材に対して意見や発見を共有できるのだ。

 八谷教授は、HomemadeCaveを使い込むうちに、このシステムに合う有力なコンテンツをいくつか見つけたという。その1つが、冒頭の写真にあるVRを使った観光への応用だ。旅行の時に360度撮影できる全天球カメラで映像を撮影したものを、アルバムを見返すようにVR映像として再現できる。

 VR映像では行ったことのない観光地を訪れるのも有力コンテンツになり得るという。「行けないところに行けるのがVRの醍醐味」と八谷教授。様々な角度から写真を撮って3次元に合成する「フォトグラメトリ」という技術を応用し、実在の町を散策するように景色を見ながら自由に移動できる。その地方の名産品などもインターネットで購入できれば、地域創生にも役立つだろう。

 こうした観光での応用にはさらなる「進化」が必要だ。例えば旅行の時にアルバムのように残したければ、気軽に撮影できる必要がある。八谷教授は、HomemadeCave向けのコンテンツを制作するための使いやすい入力デバイスが開発されることに期待を寄せる。

 HomemadeCaveが広く普及すれば、VRゴーグルに抵抗感のあるライトユーザも利用するようになるだろう。そうすれば、相乗効果で利用できるVRコンテンツが増えることが期待できる。お茶の間で団らんしながら、VR体験する世界が来るのが楽しみだ。

写真(写真)筆者

 八谷 和彦(はちや・かずひこ)
 東京藝術大学教授、メディアアーティスト。
1966年生まれ。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業。メールソフト「ポストペット」の 開発やパーソナルフライトシステム「オープンスカイ」など機能的な作品を多く世に送り出す。佐賀県出身。

新西 誠人

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