2023年07月12日
最先端技術
RICOH Quarterly HeadLine 編集部
帯川 崇
山間部を切り開き、全国津々浦々に造成されてきた日本の道路網。今やその総延長は128万キロ。なんと地球32周分に及ぶ。長年社会を支え続けてきた一方で、経年劣化や近年多発する集中豪雨などによって、今、「のり面」崩壊が各地で懸念されている。
そのような状況の中、社会インフラ事業への本格参入を目指すリコーが道路のり面検査システム「Slope Copier(スロープコピア)」を開発した。宮崎県での実証実験を終え、開発担当者は「新しい事業で他社を含めて前例がない。人の手に頼らない効率的なスクリーニング検査」と自信を示す。自治体や道路事業関係者らがその将来性に高い期待を寄せている。
国土の3分の2が山地の日本。国土発展のため、山間部を切り開くことで道路網を延伸してきた。その際、造成工事によって出現する斜面を「のり(法)面」と呼ぶ。代数幾何の用語に由来し、傾きを持った斜面を表している。
道路のり面の断面イメージ図(出所)各種文献をもとに作成
のり面は、土砂がむき出しのままであることは少なく、たいていはモルタル、防護網、枠、アンカー打ち込みなど何らかの構造物で補強・保護されている。
さまざまな「のり面」【5月2日】
のり面を保護している構造物は、当然ながら劣化していく。真夏の炎天下や長年風雨にさらされ続けているからなおさらだ。どれくらいのタイムスパンで劣化が進行していくのか定かではないが、「東名リニューアル工事」をはじめ、高度経済成長期に建設された高速道路の補修工事がさかんに行われている。のり面構造物でも同じように劣化が進んでいることは想像に難くない。
国土交通省の資料によると、のり面崩壊に至るきっかけとして認識されている原因の多くが台風や豪雨などによって突発的に発生する大量の水の力や地震なのだという。いずれも、近年多発している自然災害。のり面構造物の老朽化した箇所が大量の水や地震などをきっかけに、一気に崩壊するイメージだ。
新東名高速道路に見られるように、盛土の高さが80メートルを超えるような大規模な道路構造物が近年増えてきている。このような道路構造物は従来の経験に基づく設計範囲を超えるとされ、老朽化だけでなく、新しい建設物に対しても関心を持つ必要がありそうだ。
実際、のり面崩壊による災害は、今も発生し続けている。ほとんどの場合、崩落した土砂によって通行止めが発生。道路分断によって集落が孤立するなど住民の暮らしが脅かされるケースもある。中でも、土砂に埋まって死亡する事故は深刻だ。
近年発生した道路のり面崩壊事故の例(出所)各種文献をもとに作成
道路のり面の崩壊を防ぐのはきわめて重要だ。そのためには、危険な場所を事前に知り、予防対策を講じるのが急務なのだが、そのような危険個所は日本全国で無数に存在し、その数すら把握できないのが実情だ。
膨大な数の「のり面」を人の目によって点検するのは時間と労力が必要。時には検査員が斜面を登って点検作業を行っているが、滑落などの危険も伴う。実際、点検中の死亡事故も発生している。
西九州自動車道で発生したのり面崩落事故【2018年10月】(出所)国土交通省
こうした中、リコーが車載検査システム「Slope Copier」を開発した。特殊な専用車両ではなく、市販の一般車両に検査装置を搭載。センサーやカメラ、AIを含む画像処理技術までトータルに提供する。
車体ルーフ上には、カラー撮影可能なカメラが横を向いて3台垂直に設置され、車体後部のレーザースキャナと併せて、車体側面の道路のり面を広範囲に撮影する。
検査装置を搭載したテストカー【4月12日】
レーザースキャナはレーザーの跳ね返りを利用して、深さのデータを取得するもので、のり面の形状把握に重要な役割を担う。取得した画像データは、車両の位置情報と同期され、2次元画像に深さのデータを加えた3次元マッピングデータとして、正確な検査画像を自動で収集できる。さらに、ひび割れなどの欠陥もAI(人工知能)によって自動で検出される仕組みだ。
車を走らせるだけでデータ取得が可能。作業員が現場で目視検査、必要に応じてデジカメを使って撮影する従来方法と比べて作業者の負荷は大幅に低減され、崖から転落するといった危険もない。
過去の被災経験から、道路のり面の検査に積極的に取り組んでいるという宮崎県。リコージャパンと包括連携協定を締結している縁もあり、この新システムの実証実験が2022年に行われた。
結果は良好だ。のり面全体をシステマチックに記録に残せるため、全体像を容易に把握できることが確認された。画像を拡大すれば細かいひび割れもしっかり見ることができる。実証実験の結果は次のように要約できる。
1.危険個所を抽出する点検業務として十分使える
2.この技術を目視検査前のスクリーニング検査と位置付けることができ、結果としてより多くの場所が点検可能となる
3.今後データを蓄積していくことで、経年劣化の進行メカニズム解明に生かせるのではないか
実証実験を受けて期待の声が多く寄せられたという。従来の目視点検という「人がやるべき仕事」と新システムによる点検という「機械に任せるべき仕事」が補完しあう、デジタル技術活用の好例と言えよう。
今回の道路のり面検査は、現場のデジタル化や社会課題への貢献を掲げるリコーの社会インフラ検査事業にとって第3弾のサービスである。
リコーの社会インフラ検査サービス(出所)リコー社会インフラ事業センター
今後は、高所や崖下を撮影するのが得意なドローン、地盤沈下や山全体の動きをとらえるのが得意な人工衛星とのデータ連携も加え、より広範囲な検査も検討されているようだ。
AIによるひび割れ判定を加えた「のり面」検査画像の例(出所)リコー社会インフラ事業センター
道路のり面検査システム「Slope Copier」。その事業推進と開発を担うのは、リコーの社会インフラ事業センターだ。同センターの井川雅之・事業開拓室長、辰野響・モニタリングサービス開発室土工構造物グループリーダーに将来展望などを聞いた(4月12日)。
井川雅之室長(右)、辰野響グループリーダー【4月12日】
―サービスの独自性は
井川 道路のり面サービスは、リコー社会インフラ事業の第3弾です。新しい事業であり、他社を含めて前例がなく、リコーがフロントランナーと言ってよい位置にあります。そのため、パートナーと組んでのり面検査サービスの市場自体を立ち上げているといった感じです。
―これまで苦労した点は
辰野 前例がない中、のり面検査のフロントランナーとして自治体や関係者と手探りで折衝していく難しさはありましたね。今のところ大きな課題はなく、人の手に頼らない効率的なスクリーニング検査としてご期待いただいています。土木の専門分野にかかわるのですが、専門知識をもつパートナーとも連携して良好な関係を築けていると思います。
―事業規模は
辰野 日本全国にある道路のり面の数を概算で推定し、事業全体の規模感をつかんでいます。また、実際ここ2~3年で検査数が劇的に増えてきていますので、それらを勘案して、近いうちに検査サービスビジネスとして100億円規模の売り上げが望めるのではないかと考えています。
―Slope Copierに込めた思いは
井川 Slope Copierは、業界で広く使って欲しいという思いを込めてわかりやすいネーミングとしました。スロープ、つまり斜面(=のり面)の情報を、まるで我が社のコピー機でコピーするかのように正確に写し取りたいとの思いを込めています。デジタル技術を活用し、安心安全な社会のお役立ちのため、尽力していきますので是非ご期待ください。
検査イメージ(出所)リコー社会インフラ事業センター
帯川 崇