2021年04月09日
働き方改革
主任研究員
古賀 雅之
コロナ禍に伴い、リコー経済社会研究所の仕事が在宅中心になり、はや1年。テレビ会議システムを通した同僚とのコミュニケーションなど、仕事の進め方は劇的に変わった。ただ、コロナ禍前から会社がリモートワークを定期的に試行していたこともあり、情報機器や通信環境などに関してはほとんどストレスを感じない。ワクチン接種が始まったとはいえ、変異株の広がりや働き方改革の流れもあり、在宅勤務は定着していくだろう。
一方、仕事部屋の確保や同居する家族との関係など、家庭という共同生活の場を「職場」にすることに伴う課題が浮上してきた。今回は筆者の経験に基づいて論じてみたい。
まずは仕事をする場所の確保だ。筆者は長男の部屋を「職場」にした。大学院生の彼は寮住まいのため、普段帰ってこないからだ。しかし4月から社会人になり、実家に戻って在宅勤務をスタート。結果、筆者は家庭内を転々とする「ノマドワーカー」になった。
これは、わが家に限った問題ではない。ミサワホーム総合研究所の調査(複数回答)によると、在宅勤務における困りごとの1位は、仕事に適した部屋がないこと(28.4%)。仕事場の1位はリビング(55.3%)で、2位の書斎(23.2%)を大きく引き離す。「同時に在宅勤務している家族の音(電話、Web会議、操作音など)」に困っている人も多く(15.9%)、長男と在宅勤務をともにする筆者にとって他人事ではない。
在宅勤務での困りごと(N=824人、複数回答)(%)
在宅勤務を行った場所(N=824人、複数回答)(%)
(出所)ミサワホーム総合研究所
別の大きな課題が、家族の感じるストレスだ。わが家の場合、専業主婦である妻の負担が増えた。例えば、昼食である。筆者が通勤していた頃は独りで軽く済ませていたようだが、現在は2人分を用意する。「気を遣う必要はない」と伝えているが、そういうわけにもいかないようだ。口にこそ出さないが、平日日中は独占していた空間を、在宅勤務に「侵犯」されている気分なのではないか。
こうした問題は共働き世帯のほうが顕著かもしれない。厚生労働省によると、2000年頃を境に共働き世帯が専業主婦世帯を上回り、その差は開く一方だ。
ファッション・ライフスタイル雑誌「VERY」(光文社)は、在宅勤務について共働きの夫婦約200組にアンケート調査を実施(2020年10月号)。その結果によると、妻にとって最大のストレスに挙げられたのが、3度のご飯づくりだ。
その回答の一部を紹介すると、夫のテレビ会議中、妻は子どもを外に連れ出したり、生活音を出さないようにしたりなど、気を遣うという。妻も仕事を抱えているのに、夫への協力依頼を逡巡するなど、精神的につらいケースもあるようだ。この点は家事・育児と仕事の両立を求められる、共働き世帯特有の苦労があるように思う。
一方、夫の悩みの1位は、テレビ会議に生活音が入り込むことだという。もっとも、妻が自分の仕事環境を気遣ってくれていることは理解しており、家事・育児の手伝いをしたい気持ちもある。しかし、家事のやり方が分からず、子どもが妻になつくなど、自分にできることがないと感じる夫たちの姿が浮かび上がる。
では、同居者との摩擦がない単身者が気楽かといえば、そういうわけでもなさそうだ。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大は、働く人の精神衛生にも悪影響を及ぼしている。特に在宅勤務の単身者は孤立しやすく、メンタルを崩すリスクが高まるといわれる。いったん不調になると、家で他者との関わりがないから、気分の切り替えが難しいのだろう。また、同居者の支援がないため、不規則な食事や栄養の偏りによって、成人病などを誘発するリスクも高まるかもしれない。
在宅勤務によって増える摩擦やトラブル。ただし見方を変えれば、社会をより良く変えるきっかけになり得るのではないか。
例えば筆者は、在宅勤務を通じて家事がいかに重労働であるかに改めて気づかされた。妻は家族の中で一番早く起きて朝食をつくり、午前中は一息つく間もなく洗濯・掃除、そして昼食の支度に入る。午後も買い物や洗濯物の取り込み、夕食・風呂の準備などが待っている。これが1年365日、休みなく続くのだ。家事の大変さは頭では分かっていたつもりだったが、実際に間近で見ると皮膚感覚で理解できた。
そこで最近は、簡単な家事の手伝いをしたり、休日に食事をつくったりと、なるべく妻の負担が減るよう心掛ける。「いつもありがとう」と言葉を掛けるようにもなった。筆者が働いている様子を垣間見ることにより、妻も夫の仕事の大変さを理解してくれているようだ。在宅勤務をきっかけに、お互いの存在と役割を認め合うという、夫婦本来のあり方に気づかされた。
考えてみれば、在宅勤務が浮き彫りにした、住環境をめぐる問題や夫婦間の家事・育児協力については、これまで日本社会の取り組みが不十分だった。孤独・孤立についても、菅義偉政権が孤独・孤立問題担当相を任命するなど対応に乗り出したが、コロナ禍前から指摘されていた問題だ。
こうした課題を人々の相互理解・協力によって解決していければ、日本の未来を明るくできるのではないか。それは同時に、男女平等や社会的包摂といった、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向けて避けて通れない道でもある。
筆者手づくりの夕食
(写真)筆者
古賀 雅之