天才だけのものなのか ~創造性は誰もが日常的に発揮~ <リポート>

 「創造性」という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろう。創造性の持ち主としては、レオナルド・ダ・ヴィンチや、スティーブ・ジョブズのような類いまれなる才能を持つ人を思いつく。またデザイナーや映画監督などいわゆるクリエーティブな仕事をイメージするはずだ。これに対して、「私たちは皆、創造性があり、創造的な活動をしている」と言われたとき、あなたはどう感じるだろうか。実は、誰もが日々の仕事の中で意識しないまま何気なく創造性を発揮している。

 生き生きと働き生活するための意識改革、道しるべとして誰もが発揮している創造性について、その定義や種類・特徴などを改めて検証した。

「創造的自己」を高める

 近年、働く上で創造性の重要性がますます高まっている。社会が加速度的に変化する中、変化に柔軟に対応するためには、新たな手法や効果的な方策を継続的に見いだしていくことが求められる。学術的には、創造性は「新しく、かつ有用」なアイデアと一般的に定義される。

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 では、創造性を発揮するためには何をすべきだろうか。その第1歩として注目されているのが、「創造性への自信」という考え方である。これは「創造的自己」とも呼ばれ、自分の内に創造性があり、創造的な存在であると認識する信念を表す言葉。ポーランド・ヴロツワフ大学のマチェイ・カルワウスキー教授(哲学)、米アリゾナ州立大のベゲット教授(教育心理学)らは研究論文「Creative behavior as agentic action.(主体的な行為としての創造的行動)」で、ポテンシャルを持っていても「創造的自己」が低い人は、活動や成果につなげるのが難しいと指摘している(注1)。

 具体的に考えてみたい。例えば、会社の企画会議で独創的で有用なアイデアを思いついたとする。しかし、「自分は凡庸で創造的ではない」という意識からアイデアについて発言をためらうと、創造性を発揮する機会を失ってしまう。創造性とは何かを正しく理解し、「創造的自己」を高めていくことが、成果につなげるための最初のステップとなる。

四つのタイプ

 「創造的自己」を高める第1歩として、まずは4タイプあると言われる創造性について、それぞれの特徴を理解しておきたい。

 4タイプは「学習プロセスの一部である個人内の創造性」(Mini-c)「しっかりとした貢献がある日常的な創造性」(Little-c)「専門分野での創造性」(Pro-c)「社会を変える革新的な創造性」(Big-C)に分類されている。

日常的な工夫や貢献

 まず、Mini-cは他者から見ると特別なものに見えなくても、本人にとって新しく意味のある発見や学びを含む創造性を指す。これは出発点で、高次の創造性へとつながるどだいとなる。例えば料理する際、既存のレシピに加えて「この調味料を加えてみると、さらにおいしくなるかも」と思い、独自の工夫を凝らしてみる。また冷蔵庫にある残り物の食材を使って新しい味に挑戦すれば、創造性そのものだろう。

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 Little-cは社会的な評価とはいかなくとも、自分や身近な人々にとって役に立ち、「ありがたい」と感じてもらえるような小さな改革や日常的な工夫を指す。日々の生活や仕事の中でのちょっとした困りごとや課題を解決し、確かな貢献をもたらす。

 具体的な例で考えてみよう。ある工場で作業員が部品を取りに行くたびに数歩歩く必要があり、1日にこの動作を何十回も繰り返していたとする。部品棚の位置を作業台のすぐ横に移動するよう提案し、これにより1回あたりの移動時間が数秒短縮されれば、1日で合計数10分以上の作業時間削減という成果が得られる。

社会が評価、偉業

 次はPro-c。大きな影響力を成果が持ち、社会から一定以上の評価が得られるような創造性を指している。自分の仕事や専門性を通じて得た知見や経験を生かした開発などがこれに該当する。例えば、あるブランド販売サイトは、アクセス数が多いものの購入率の低さが課題だったとする。販売戦略の担当者が閲覧傾向や購買データを分析し、「商品説明の長さ」や「画像の順番」が購買行動に影響することに気づき、Webサイトのデザイナーと連携してページを再設計する。その結果、購入率が1.8倍に増加し、その知見は他ブランドのサイトにも展開されるといった成果が考えられる。

 このほか、ベテラン技術者や職人が持つ、いわゆる「匠(たくみ)の技」。塾講師が考えた学習効果の高いカリキュラムなどは専門性を生かした創造性の発揮と言える。

 Big-Cは、われわれに最もなじみのある創造性。レオナルド・ダ・ヴィンチが遺(のこ)したモナ・リザや、スティーブ・ジョブズが開発したiPhoneは誰もが知っている創造性の成果で「歴史的偉業」と言える。

 私たちは創造性と聞くと、「Big-C」を思い浮かべがちだが、むしろ4種類の創造性の中で特異な存在と言える。こうした事例は偉人の伝記やニュースで紹介され、日常的に触れる機会が多いため、「創造性といえばBig-C」という認識が強化されている可能性がある。

 しかし、実際には「Mini-c」「Little-c」「Pro-c」といった創造性があり、普通の人々が日々の仕事や生活の中で発揮している。それぞれが十分に価値のある創造性なのである。

創造性の種類  

概要

日常的創造性  

Mini-c

学習プロセスの一部である個人内の創造性

Little-c

しっかりとした貢献がある日常的な創造性

Pro-c

専門分野での創造性

超越的創造性

Big-C

社会を変える革新的な創造性

4種の創造性(出所)Kaufman & Beghetto(2009)を基に作成

実例

Mini-c

・仕事の資料を見やすくするために文字の色やサイズに少し工夫を凝らす。
・知らないことをWEBで調べて自分の知識を深める。

Little-c

・お客さまにお役立ちできるような製品やサービスを提案する。
・生産性を高めるために、職場で働き方の改善活動を行う。

Pro-c

・自社の業績に大きなインパクトを与えるサービスを考案する。
・研究者が既存理論を応用して新しい技術を開発する。

Big-C

・スティーブ・ジョブズがiPhoneを開発して発売する。
・山中伸弥がiPS細胞を発見し医療技術の進歩に貢献する。

4種の創造性が発揮されるシーン

日本人に多い「創造性神話」

 「創造性といえばBig-C」「創造性は天才だけが持っている」―。こうした科学的な知見に基づかない考えを「創造性神話」と呼ぶ。こうした認識は特に日本人に強く表れるという研究結果も示されており、多くの日本人が「創造性は特別で自分とは無関係なもの」だと考えているようだ。

 聖心女子大学の石黒千晶専任講師(教育心理学)らは創造性神話に関する研究「The Japanese Conception of Creativity: Myths and Facts(日本人の創造性についての考え方:神話と事実)」において、創造性に対する認識を国際的に比較した。(注2)。

 この研究は、独グラーツ大学のベネデク・マティアス准教授(心理学)らが創造性の定義や特徴などに関して調べるため開発した「創造性神話とその事実についての質問票」を用いて、日本人3301人を対象にアンケート方式で実施した。質問事項に対する回答「正しい(承認)」「正しくない(非承認)」「分からない」から、創造性に関連した承認率を算出し、ベネデク准教授らの研究に基づく国際平均(米国、中国、ドイツ、オーストリア、ポーランド、ジョージア計6カ国の承認率の平均)と比べ、違いを検証している。

 質問の内、「創造性は類まれなる才能である」という項目への承認率は、日本が68%で国際平均29%の倍以上に達している。この結果から、「創造性といえばBig-C」といったように、日本人が創造性を特別な才能と捉える傾向が他国と比べて際立っていると言える。

AdobeStock_507868424_Editorial_Use_Only.jpegパリ・ルーブル美術館に展示されたレオナルド・ダ・ビンチのモナ・リザ

 さらに、「創造性はアートと本質的に同じである」という項目では、日本の承認率が63%で国際平均の39%を大きく上回っていた。創造性を芸術的なものと同一視する傾向が日本人に強く、日々の仕事や日常生活で発揮されるような、誰もが持ちうる創造的な側面への認識が十分に浸透していない可能性を示している。

 また、「人がもつ創造性は一定であり、なかなかそれを変えることができない」という項目についても、日本の承認率は40%と国際平均の19%よりも大幅に高い。こうした創造性に対する固定的な見方は、創造的なパフォーマンスの発揮に悪影響を及ぼすことが懸念されている。

創造性への意識が低い日本人

 はたらく人の創造性コンソーシアムが2023年に実施した、一般の働く人を対象とした創造性アンケート調査(注3)でも日本と米国の間で意識の違いが浮き彫りになっている。米国では90%以上の回答者が創造性は重要であると答えているのに対して、日本では60%程度にとどまる。控えめな回答をする国民性が現れている可能性もあるが、日本人の創造性に対する無頓着さを示唆しているのかもしれない。

質問.jpg創造性の認識に関する日米比較(出所)「2023年 働く人の創造性アンケート調査 =意識と取り組みの日米比較=」(抜粋)を基に作成

 創造性神話は、創造性に関する狭い解釈を指し、職場における創造性の発揮や、それを支える文化・環境の形成に悪影響を及ぼす可能性がある。多くの人が狭い認識を持ち続けてしまうと、社会全体が重要性を正しく評価しなくなり、結果として創造的な取り組みが軽視される恐れがある。

ハードルを下げる

 創造性には「Big-C」だけでなく、「Mini-c」「Little-c」「Pro-c」といった多様な形があり、私たち一人ひとりが日々の生活や仕事の中で着実に発揮している。こうした事実を理解し、自分自身も創造的な存在であると認識することは、「創造性自己」を高めるだろう。

 創造性は決して特別な人だけのものでも、社会を大きく変える画期的な発明や革新だけを指すものでもない。このような認識を社会全体で共有していくことが、創造性神話を打破して、誰もが創造性を発揮しやすい環境づくりへとつながり、生きがいを感じながら仕事に取り組み生活する第1歩になるはずだ。

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注1)Karwowski, M., & Beghetto, R. A. (2019). Creative behavior as agentic action.
Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 13(4), 402
注2)Ishiguro, C., Sato, T., & Inamizu, N. (2024). The Japanese conception of creativity: Myths and facts. Creativity. Theories--Research--Applications, 11(1), 64-87.
注3)はたらく人の創造性コンソーシアム.(2023). プログレスレポート:「創造性」で切り拓く はたらく人の未来.

仲村 直人