2021年04月19日
内外政治経済
研究員
河内 康高
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、全国の自治体は予算・マンパワーの厳しい制約の下でフル回転を余儀なくされる。行政のデジタル化がもっと進んでいればと思わざるを得ない。こうした中、地方行政を所管する総務省は2020年12月、「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を策定し、業務システムの統一やマイナンバーカードの普及促進などに注力する方針を示した。これに対し、財政力などでは自治体間の格差が開いており、デジタル化の進捗にもバラツキが大きい。
「『電子政府』内外動向を探る」(第3回)では、「日経グローカル」(日本経済新聞社、2020年11月発表)の行政デジタル化に関する調査で総合1位にランクされた、豊中市(大阪府)の取り組みを紹介する。
豊中市は人口40万人を擁する中核市。大阪市中心部から私鉄で15分圏内にあり、古くからベッドタウンとして発展。また、伊丹市(兵庫県)との間にまたがる大阪国際空港(伊丹空港)もあり、関西の交通要地として栄えてきた。
市民の憩いの場「ふれあい緑地」
(提供)豊中市
日経グローカルの「市区町村の電子化推進度ランキング」は、総務省の調査データに基づく。それによると、豊中市は情報セキュリティに関する組織体制や監査状況などの「情報セキュリティ対策」が全国1位。また、行政サービスのオンライン利用実績やホームページの充実度など「行政サービスの向上・高度化」が4位、CIO(情報化統括責任者)の有無や情報化に関する人材育成など「電子自治体の推進体制」が5位と、3つの項目で高い評価を受けた。
市区町村の電子化推進度ランキング
(出所)日経グローカルを基に筆者
豊中市は行政効率化の一環として、インターネットが本格普及する前の1994年に「地域情報化計画」を策定。早くから「情報都市づくり」に取り組んできた。具体的にまず手掛けた施策が「地図のデジタル化」である。1995年から3年かけて、市内の道路・家屋などの情報をまとめた「基本図データーベース」を構築した。1999年には庁内LANを通じて各部署で地図情報の共有を実現。2000年にはネット上で住民に対する地図情報の提供も始めた。
2004年、「豊中市情報化アクションプラン」を策定。それに基づき庁内のレガシーシステムを撤廃し、すべての業務システムのオープン化を完了した。同時に市民へのサービス提供の充実も進める。その1つが情報機器に不慣れな市民を支援するための、無料パソコン相談や講習会などの実施。デジタル・デバイド問題に正面から向き合い、市全体のITリテラシーの底上げに取り組んだ。
また、先のアクションプランでは、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返す、いわゆる「PDCAサイクル」を採用し、デジタル化の着実な推進を重視した。その象徴が、情報セキュリティーマネジメントシステム(ISMS)の国際規格であるISO/IEC27001の取得(2006年)。セキュリティポリシーを策定した上で、情報セキュリティ統括責任者を定め、定期的にセキュリティ監査を実施。問題点を見つけては改善を繰り返した。
こうして長年にわたり、豊中市は「当たり前のことを、地道に進める」(デジタル戦略課の伊藤洋輔課長)ことで、電子化推進度ナンバーワン自治体に上り詰めた。その極め付きが、2020年8月に長内繁樹市長が発出した「とよなかデジタル・ガバメント宣言」である。菅義偉首相のデジタル庁創設構想に先んじる形で、長内市長は「デジタルによる新たな価値創造と変革を進める」という熱い思いをトップダウンで発信したのだ。
宣言の翌月、豊中市の情報政策課(現デジタル戦略課)は「とよなかデジタル・ガバメント戦略」を策定。「暮らし・サービス」「学び・教育」「仕事・働き方」の3つの観点からの変革を進める青写真を示した。
「暮らし・サービス」では、情報通信技術(ICT)を活用し、児童の行動見守りやシェアサイクル予約アプリの実証実験などを実施中。また、行政手続きのオンライン化を加速させ、法的・事務的に不可能なものを除き、2023年度までに手続きの100%オンライン申請を目指すという。
「学び・教育」では、文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」(=ICTで子どもたちの個性に合わせた教育を実現)にいち早く対応した。2021年2月に小中学校の生徒1人1台のタブレット端末配備を完了。今後はデジタル学習教材の本格的な活用や、デジタル環境に応じた指導体制の整備などを進める。
「仕事・働き方」では、テレワークやリモート会議はもちろん、人工知能(AI)を活用した保育所の入所選考や、庁内の自動議事録作成など業務効率化に取り組んでいる。さらに今後はAIを一層活用するほか、システムのクラウド化を進めてさらなる効率化・最適化を図る。
とよなかデジタル・ガバメント戦略(イメージ図)
(出所)豊中市
今回、「とよなかデジタル・ガバメント戦略」を取りまとめた、デジタル戦略課の伊藤洋輔課長にオンラインで取材した。デジタル化への取り組みについてうかがうと、意外な答えが返ってきた。「われわれは特別なことは何もしていません。できることを一つひとつ進めてきただけです。民間企業に比べれば、まだまだデジタル化が進んでいない。むしろこれからが本番です」―
また、伊藤氏は豊中市のデジタル化の未来について「今後、行政手続きの100%オンライン対応をはじめ、デジタル・ガバメントの取り組みを加速させ、市民の皆さんに便利で快適な暮らしをお届けするとともに、それを市の発展につなげていきます」と強調する。デジタル化は目的ではなく、あくまで手段なのである。豊中市は自治体トップの評価を得ても手を緩めることなく、さらなるデジタル化に向けて邁進する。
豊中市デジタル戦略課の伊藤洋輔課長
(提供)豊中市
豊中市と大阪市を分ける神崎川
(提供)豊中市
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河内 康高